第159話 俺は(偽)彼女さんとゲームがしたい
翌日の朝のHR前。
「私、もうLv.20まで上がったわよ」
そう言ってドヤ顔をする笹倉と話をしていた。どうやら昨日の夜遅くまで、ハーフダイブのゲームをプレイしていたらしい。
「もうそんなに……ちゃんと寝たのか?」
「え、ええ……まあ……」
その反応を見るに、あまり寝ていないらしい。一度サーバーと接続してしまえば、あの小さな機械ひとつで、日本の領土内にいる限りはあのゲームがプレイできるらしいからな。なかなか面白かったし、笹倉がやり込んでしまう理由もわからなくはないが……。
「ちゃんと寝た方がいいぞ?目の下にクマができてる」
俺がそう言ってやると、彼女は「えっ!?う、嘘……」と慌てて手鏡を取り出した。
「冗談だ。でも、その調子だと本当にクマができるぞ。しんどそうな顔の笹倉は見たくないし、自粛して貰えるとありがたいんだけどな」
「わ、わかったわ……夜更かしはしないようにするわね」
「ああ、テストも近いしな」
今はもう模擬試験の2週間前。普段の笹倉なら、既に勉強を始めている時期だ。天造さんが悪い訳じゃないが、ゲームの話を持ちかけてきたタイミングは少し悪かったな。
「まあ、俺も今日はプレイするつもりだし、時間が合えば一緒にやるか?」
「ええ、もちろんよ!」
不安そうだった彼女の表情は一気に明るくなり、ガッツポーズまでしている。が、ふと思い出したように口を開いた。
「小森さんはどうかしら?」
笹倉は、自分の机に向かって必死に何かをしている早苗の方へと視線を向けた。やっぱり気にするよな。恋敵とは言え、一応パーティメンバーだし。
「ああ、早苗のことは気にしなくていいぞ。あいつ、今日はゲームなんてしてる余裕ないだろうからな」
と言うのも、今日は大事な課題の提出期限だったのだ。量もかなりあったのだが、早苗が手をつけてすらいないという状態で……。
「どうして教えてくれなかったのっ!」と理不尽にも怒られてしまったが、俺は何度も確認したんだよ。ちゃんとやったのか?終わってるのか?ってな。
彼女は確かに終わっていると答えた。それなのに実際はやっていなかったのだ。嘘までついた自業自得ということで、見せて欲しいと頼まれても心を鬼にして、自力で解かせているところだ。
ちなみに予鈴まで残り5分。提出は1時間目。彼女の能力では到底終わるはずがない。
「まあ、自分の嘘を悔い改めて、次のテストで頑張ってくれればいいんだけどな」
俺はそう呟いて、笹倉の方へと視線を戻した。
「私の人生は終わった。あおくんとゲーム出来ないなんて……」
帰り道、俺の隣を歩く早苗が、世界の終わりのような表情でそう呟いた。実際のところ、世界の終わりを体験したことがないので、どんな顔になるのかは分からないけど。
「人生は終わっても、課題は終わってないぞ〜?俺がゲームしてる間も、ちゃんと机に向かっている事だな」
「くっ……笹倉さんと2人っきり……。何か間違いが起こる予感がする!やっぱり私も監視役として――――――――」
「ダメだ、お前は課題をやれ。じゃないと、今度こそゲンコツ食らうぞ?」
あの先生、体罰とか男女とか関係ないからな。俺だって早苗の頭にたんこぶができるのは嫌だし、出来れば穏便に済ませてもらいたい。そういう気持ちがあるからこそ、こうやって厳しい言葉を浴びせているのだ。
「それで課題がなしになるなら喜んで食らうもん!」
えっへん!と言わんばかりに胸を張る早苗。心做しか、嬉しそうな顔にも見える。こいつ、やっぱりM気質なんだろうか。
俺は幼馴染の将来が心配で仕方がないよ……。
晩御飯を食べた後、俺は学校の帰りに寄り道した100円ショップで買っておいた、鎖と南京錠を使って早苗を椅子に固定した後、「ちゃんとやるんだぞ」と釘を刺してからゲームを起動させた。
安全な場所ということで、ベッドに横になってから頭にゲーム機を装着する。
「よし、始めるか」
俺は一度肩の力を抜き、深呼吸をする。そして。
「ゲームスタート!」
その声をスイッチに、俺の意識は古いテレビを切った時のようにプツンと切れた。
目が覚めたのは、前回ログアウトした宿屋のベッドの上。アバターをデータ化していないので、もちろん装備も衣服もちゃんと身につけている。リアルのRINEとリンクしたゲームアカウント宛に『先にログインしてて』とメッセージが届いているため、笹倉はもう少し遅れるのだろう。
俺はベッドから降りて床に足をつけると、部屋の隅にある姿見の前へと移動した。どうやらここでアバターのパーツ変更ができるらしい。『アバターの編集をしますか?』という選択画面が出てくるが、テストプレイヤーなので『はい』の部分が押せなくなっている。
まあ、笹倉たちも変更していないし、変える必要も無いだろうと大人しく『いいえ』を選択肢する。そしてもう一度姿見に写る自分に視線を戻した。
やっぱり、いくらなんでもスカートは無いよな。ストレートヘアーもちょっと落ち着かないし……。でも、こんな格好をしているからか、顔は自分のままなのにどこか『可愛いかも?』の思ってしまっている。多分、周りの反応がそんな感じだから勘違いしているだけだろうと思うけど……。
「って、何考えんだ!俺は男だ、こんな格好して喜ぶわけがない……」
そうだ、千鶴のように完璧に着こなしているわけでも、そうなる理由となった過去があるわけじゃない。あくまで『普通の人』である俺は、きっとこんな格好を強制されたことで脳が戸惑ってるんだ。そうに違いない。
「天造さんに頼んで、何とか男の姿に戻してもらおう。そうじゃないとテストプレイにも集中できないし……」
俺がそんな独り言を呟いて、姿見に背を向けた瞬間だった。
「そうかなぁ、私はいいと思うんだけど……ね?」
耳元で誰かがそう囁いた。驚いて反射的に反対側へと体を移動させ、声の主の正体を目で探す。すると、何もいないように見えた空間から、笹倉が姿を現した。
「笹倉か……全然気づかなかったぞ?」
彼女は今回、天造さんと同じ部屋だったはずだ。つまり、ドアを開けて入ってくるという動作があったはずなのだが……。
「ハイディングのステータスが高いもの。気付かれないように近づくなんて簡単よ」
そう言えばレベルを上げたって言ってたもんな。それなら他のステータスも格段に上がっているだろう。
「ねぇ、碧斗くん」
「どうした?」
俺が首を傾げると、彼女は少しこちらへと歩み寄ってきた。
「私ね、碧斗くんの女装、結構好きよ?別に女装が好きな訳じゃないけれど、好きな人のだからかしら、すごく可愛いと思えるの」
「そ、それはどうも……って、近くないか?」
吐息混じりの声を発しながら、彼女はグイグイと俺を壁に追い詰めてくる。ついにはこれ以上逃げられないようになり、彼女の口が耳から数ミリのところまで距離を詰めてきた。
「私がレベルを上げた理由……わかる?」
そう聞いてくる彼女に、俺は「わ、わからない……」と答える。それとこの行動とに、何か関係があるとは思えなかったからだ。だが、次の彼女の行動で、俺はその全てを察した。
「こうするためよ」
耳元から顔を離した笹倉は、俺の腕を掴むと、無理矢理ベッドの上へと投げ飛ばした。そして素早い移動で俺の上へと跨る。
「レベルを上げたら、力もスピードも上がるのよ?つまり、まだレベル1の碧斗くんよりも、私の方が強いということになるわ」
彼女がレベルを上げたのは、リアルで力づくでは勝てない俺を無理矢理押し倒すため……。それを察した瞬間、俺は背筋を駆け上がる危機感みたいなものを感じた。
「ふふふ、逃げられないわよ?」
俺の手首を掴んで押さえた彼女は、ゆっくりとその唇を近づけてくる。どこか、俺の反応を楽しんでいるような、そんな意地悪な笑顔を浮かべながら。
「もっと抵抗してもいいのよ?それとも……碧斗くんはこういうのが好きだったのかしら?」
何とも言えない大人の女性感を出しながら、余裕の笑みでキスをしようとしてくる彼女。もう唇の距離は数センチしかない……。
いくら力を込めても、押さえられる腕はビクともしない。レベル差というものに諦めを感じ、俺は意を決して目を閉じた。……が。
「ふふ、なーんちゃって。全部冗談よ」
目を開くと、そこには『禁止行為!』と表示された画面が浮いていた。
「じょ、冗談って……?」
「このゲーム、キスとか……まあ、濃厚な絡み合い?みたいなのは禁止行為として出来ないようになってるのよ。天造さんに聞いていたから、確かめてみたくて……てへっ♪」
笹倉はそう言いながら、軽く握った拳をコツンと頭に当てた。…………クッソかわいいな、おい。
「そ、そういうことなら……まあ、いいけど……」
「あれ?碧斗くん、顔赤いわよ?もしかして期待しちゃった?」
こういう時に限って、子供っぽくからかってくるんだよな。さっきの大人っぽさからのギャップが凄すぎて……本当に笹倉はずるい。
「そ、そんなことないぞ?ほ、ほら!早くモンスターを倒しに行こうぜ!」
俺は顔を背けながら、慌ててベッドから飛び降り、部屋を飛び出した。これ以上あの場所にいると、顔から火が出る火炎魔法でも覚えてしまいそうで怖かったから。
「ふふ、やっぱり碧斗くんのこと好きよ」
真面目なトーンでそんなことを言ってくる笹倉に、俺はしばらく目を向けられなかった。こういうのをヘタレって言うんだろうか……。
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