第158話 俺は初めてのモンスターを倒したい

 宿屋の部屋は、特になんの変哲もなかった。2人部屋しかないと言われ、早苗と笹倉が俺と同じ部屋を取り合いするというイベントはあったものの、これも日常の光景なので回想シーンは割愛しよう。

 結果的には、『毎晩じゃんけんをして、勝った方が俺と同じ部屋で寝る』ということになったらしい。俺としては交互でもいいのではと思ったが、勝ち続ければずっと同じ部屋でいられるという笹倉の話に、早苗がまんまと乗ったからな。

 一言だけ言わせてもらいたい。早苗、お前は毎日同じ部屋で寝てんだろ……と。

「どうせなら私もじゃんけんに参加したかったですけどね」

 そう言って2人を眺める天造さんが、いつもと同じなのにどこか印象的だった。

「あ、先輩と同じ部屋がいいという訳ではありませんから。私だけ話題から仲間はずれというのも、どこか寂しいというだけです」

 まあ、そうでしょうね……。少しだけ浮かれそうになっていた自分が恥ずかしい。



「今日はとりあえず、宿屋の宿泊代稼ぎと、ジョブになれるための練習をしましょう」

 そう言った天造さんに連れてこられたのは、始まりの街から出てすぐにある『草原A』。初心者向けに弱いモンスターしか配置されておらず、レベル上げには向かないものの、この世界になれるという意味ではいい場所らしい。それにしても、もう少し名前は何とかならなかったんだろうか……。

「では、笹倉先輩。自由にあそこのモンスターを倒しちゃってください」

 天造さんが指差した先にいるのは、小さなオオカミ型のモンスター。名前を『ニホンオオカミ』と言うらしい。あれ、これは倒していいのか?ちょっと不安になるな。

 頭上にはLv.3と書かれてあるし、初心者向けなだけあってなかなか手ごろそうだ。

「わかったわ」

 笹倉はそう言ってモンスターに近づくと、ストレージからクナイを取り出すと、『ニホンオオカミ』に向けて構える。そして――――――――――――。

 音もなく彼女の手から放たれたクナイは、毛皮の体に突き刺さり、モンスターはパタリと倒れる。それから投げられた後の王様のように、パラパラっと空中に消えてしまった。

「意外とあっさりなのね」

「まだ低レベルですから。次は小森先輩、あっちのモンスターをお願いします」

 二番手の早苗に割り振られたのは、ヘビ型のモンスター。名前は『ハブ』というらしい。こちらは心置き無く倒せそうだ。

 ただ、先にこちらに気づいたのはあちらの方らしく、モンスターは早苗目掛けてスルスルと近づいてくる。

「へ、へび……」

 女の子はこういう動物が苦手な人が多いと聞くが、早苗もその1人らしい。近づいてくるモンスターに怯え、後ずさりしているうちに、つまづいて転んでしまった。

 そこを狙い目と言わんばかりに、ハブは早苗の足から体、そして首の周りへと巻きついた。これはもう一巻の終わりらしい。

 彼女は慌ててストレージから巫女の杖を取り出す。だが、まだ巫女としてのスキルは何も覚えていない。攻撃する手段がないのだ。

「あおくん助けてぇ……」

 早苗がそう言い終わるが早いか、ハブはその首を持ち上げ、彼女に向かって牙を剥く。そして―――――――――――カプッ。

「…………あれ?痛くない」

 早苗の頭には、ハブが噛み付いているはずなのに、彼女は平然とした顔をしていた。

「それはハブの服従の印ですね。本来なら毒を持った牙で噛み付くのですが、服従した相手には甘噛みをするんです」

 よく見てみれば、ハブの頭の上には『早苗テイム』と表示されている。無意識のうちに『テイマー』としての能力が発動していたのか。

「それならよかった…………って、よかないよっ!テイムしててもヘビはやだよぉ……」

 野生はダメだけどペットなら……とは行かないらしい。そりゃそうだ、ヘビだもの。

「テイムモンスターは言うことを聞いてくれるので、離れて欲しいと頼めば離れてくれますよ?」

「そ、そういうことは早く言ってよぉ……。離れて?」

 早苗が優しくそう言うと、ハブはスルスルと早苗への巻き付きを解除すると、草むらの中へと帰っていった。

「噛まれたところ、腫れてたりしない?」

 早苗は心配そうに頭を擦りながらそう聞いてくるが、甘噛みらしいし大丈夫だろう。

「では、最後に関ヶ谷先輩ですね。……あのモンスターをお願いします」

「おう、任せとけ……って、モンスターってあれのことか?」

 思わず再確認してしまう。

「はい、あのキノコ型のモンスターです」

「だ、だよな……」

 キノコ型のモンスター。名前は『キノピー』というようだ。どこからどう見てもキノコなのだが、その顔があまりにも可愛らしい。仲間たちとダンスを踊りながら、楽しそうに飛び跳ねている姿を見ると、どうにも倒す気にはなれない。

「あれじゃなきゃダメか?」

 俺の質問に、天造さんは深く頷く。真顔だから感情が読み取れないが、どことなく悪意を感じる。オオカミとハブ、比較的怖めのモンスターの後にキノコだぞ?俺だけちょっとやりづらくないか?

「やるしかないのか……」

 近づいて倒すのは罪悪感がすごい。せめて遠距離で、一思いにやってやろう。そう思った俺は、ストレージから魔法使いの杖を取り出す。そして。

「フレイム!」

 唱えながら軽く杖を振ると、杖先から飛び出した炎が真っ直ぐにキノピーへと飛んでいき……。

「キュビィィィィィ!」

 鳴き声を上げながら、モンスターはパラパラと消えてしまった。

「どうです?簡単でしたか?」

「あ、ああ……」

 精神的にはかなり困難だったけどな。

「安心してください、強いモンスターほど怖いものが多いですから」

 俺の心情を察したのか、天造さんはポンポンと背中を叩いてくれる。

「ついでに私も試し斬りしておきますね」

 彼女はそう言うと、ストレージからパラディンの剣を取り出した。そして……。

「ホーリースラッシュ!」

 彼女の剣は空を切り、金色の波動が水平に飛んでいく。その先には、先程俺によって焼かれたキノピーの仲間達がいた。

「「「「「キュビィィィィ!」」」」」

 波動によって切り裂かれたキノピー達は、一斉に鳴き声を上げながら消えていく。俺はその光景に、思わず目眩がした。

「先輩、大丈夫ですか?」

「あ、ああ……」

 ふらっとしたところを天造さんに支えてもらい、何とか耐える。

「俺、もしかしたらこの世界でやっていけないかも……」

「大丈夫ですよ、モンスター達はどうせデータですし」

 そう言って親指を立てる彼女を見て、こんなテストプレイはやるんじゃなかったと後悔する俺であった。



「今日は慣れるだけの予定だったので、これくらいにしておきましょう」

 宿屋に戻った後、俺達は天造さんの指示に従ってログアウトをする。メニューに『Logout』というボタンがあるのを見て、どこかほっとした自分がいた。少しアニメの見すぎかもしれない。

 ベッドに横になり、ログアウトボタンを押した途端、ゲームに入った時と同じように意識が途切れ、そしてまた目が覚める。その時には既に、現実の小森家のリビングだった。

「もう機械、外してもらっていいですよ」

 天造さんの声だ。俺はそれに従ってヘルメット型のゲーム機を外し、机の上にそっと置く。後に目覚めた笹倉と早苗も、同じようにした。

「では、今日のテストプレイは以上です。サーバーと機械の接続は確認できましたし、ゲーム機は置いていくので好きな時にプレイしてもらって構いません」

 天造さんは俺たちがログインしている時に時々様子を見に来ることと、「これからもよろしくお願いします」とを口にすると、小さくお辞儀をしてから帰っていった。


 時計に目をやると、意外にもあれから1時間も経っていない。だが、いくら馴染みやすいように作られていたとはいえ、慣れない環境にいるのは頭が少し疲れたらしい。

「また明日もやって見るか……」

 俺はそう呟いて、ソファーに身を委ねた。

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