第157話 俺は泊まる場所を見つけたい
『設定ガ変更サレマシタ』
光の中、機械のようなカタコトな声で、俺の耳にはそう聞こえた。
「い、今のは……?」
光が収まり、周りを見回す。目に見える範囲では、特に変わったことは無さそうだ。
「職業選択の設定を少し変更しました。王様、説明を」
天造さんがそう言って王様に視線を送ると、彼は少し目を閉じた後、「設定の変更を理解しました」と言って、俺たちの方へと向き直った。
「開発者権限で変更されたのは、就けるジョブの数じゃ。最大3つまでOKということじゃぞぃ」
王様の言葉に、天造さんは頷く。
「テストプレイヤーの皆様がジョブについても、通常なら3つしか情報が得られません。どうせなら全部の情報が欲しいので、特別に3つのジョブを選べるようにしました」
さすがは開発者、難しい設定変更も意のままというわけだな。おかげで悩みも解消されそうだ。なりたいジョブを全部選べるって―――――――――――。
「それじゃあ、私は『くノ一』 『ネクロマンサー』 『癒術師』にしようかしら。機動力と火力、回復魔法も備わっているから強いと思うのよ」
「うむ、では登録しておくぞぃ」
笹倉がパパっと決めてしまった。俺もネクロマンサー使いたかったのに……。
「じゃ、じゃあ、俺は――――――――――」
「私は『テイマー』と『ヴァンパイア』と、あとは……『巫女』にするっ!動物と仲良くしたいし、ヴァンパイアってなんかかっこいいもん!巫女装束も着てみたかったしっ♪」
「うむ、登録しておくぞぃ」
早苗まで……くそっ。残っているのは……。
『アルルカン』『パラディン』『サモナー』の3つ。それと人気職3選だけだ。
「私も選ぶので、人気職から選んでもいいですよ?」
天造さんの優しい言葉のおかげで希望が見えてきた。こうなったら高火力の近遠万能ステータスにしてやる!
「じゃあ、『勇者』『魔法使い』『サモナー』の3つで!」
「えぇ……わしも勇者が良かったのにぃ……」
「王様は王様っていう職があるだろ!」
こいつ、なんで俺の時だけすんなり『登録しておくぞぃ』って言ってくれないんだよ。さっきの『ハーレムクソ野郎』と言い、今と言い、何か俺に恨みでもあるのか?
「はぁ……登録しておくぞぃ……」
「すごい嫌そうだな!?」
王様がポチッた後に見たステータス画面には、ちゃんと3つのジョブが追加されてたし、問題がないなら別にいいけど。
「じゃあ、私も選びますね。残っているのは……『アルルカン』 『パラディン』 『シーフ』ですね。これでお願いします」
「かしこまりました、開発者様。登録しておきます」
「天造さんにだけ、やたらしっかりしてんのな……」
ゲームのキャラだから、開発者には頭が上がらないんだろうけど、いくらなんでも裏表ありすぎだろ。語尾に『ぞぃ』って付けろや。
「こうやって媚びておけば、製品版にも登場させてもらえるかもしれないじゃろ?」
「まあ、そうかもしれないけど……今の一言で多分可能性すら無くなったぞ。思いっきり聞こえてるし」
「はい、村人として登場させる予定でしたが、今の一言で取りやめですね。別のキャラメイクを検討しましょう」
「クソぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
この王様、やっぱりバカだ……。
そんな王様に別れを告げ、俺たちは始まりの転移門から始まりの街へと転移する。
転移の光が弾け、目の前に拡がったのはわいわいと賑わう人々の姿。どうやらここは広場らしい。
「ここからどうするんだ?早速モンスター狩りにでも行くのか?」
俺がそう聞くと、天造さんは静かに首を横に振った。
「製品版では実装する予定ですが、実はデモ版ではログアウト時、プレイヤーアバターをデータ化して保存するということが出来ないんです」
「それって、ログアウトしたらアバターはその場に残ったままってことか?」
俺の言葉に、天造さんは頷く。
「それって結構大事な事じゃないのか?なんで実装されてないんだよ」
「前のテストプレイ時にエラーが起きたんですよ。データ化したアバターを再構築した際、服や装備を構築するのに失敗するという事例がいくつか発生しまして……」
思ったりも大変なエラーだな。ログインした時に、もし隣に人がいたりしたら、生まれたままの姿を見られることになるってことだ。異性なら尚更大変だろう。これは製品版になるまでには解決して欲しいものだ。
「そういうことなら、ログアウト後にアバターを安置できる場所の確保が必要ってことか」
「はい、なので先に宿屋を探しましょう」
なるほど、宿屋なら時間の進むスピードが早いこの世界でも、寝泊まりをすることができるし、おまけにアバターも安全な場所に置くことが出来る。まさに一石二鳥ってわけだ。
「探すと言っても、この街で泊まれる場所は2つしかないんですけどね」
天造さんは「こっちです」と俺たちに手招きをして歩き出すと、そのまま広場を抜けて商店の並ぶエリアへと入った。
しばらく歩くと、天造さんは足を止める。ここが目的地らしいが……。
「では、どちらに泊まりますか?」
道を挟んで右と左にある建物。それぞれを交互に指さしながら彼女は聞いた。
右側の選択肢は、何の変哲もない普通の宿屋。少しボロくはあるが、泊まるにあたっての問題は無さそうだ。
そして左側の選択肢は……。
「んなもん泊まれるわけねぇだろ!?」
簡単に言えば、ピンクのホテルだ。大きなハートマークの描かれた看板をつけた、少し大きめの建物。わかりやすく言おう。あれはおそらく、ラブのつくホテルだ。
「笹倉先輩と小森先輩は、関ヶ谷先輩の彼女ですので。このような場所がお好みかと……」
「天造さんは俺をどういう目で見てるんだ!?」
「えっと……ハーレム野郎……?」
「王様にその言葉を教えたのはお前か!」
開発者だもんな……ペットは飼い主に似るとはよく言うが、作ったキャラも創造主に似るんだろう。
「ていうか、子供も遊ぶであろうゲームにこんな建物作っていいのか?」
「いえ、これは私の意思で作ったのではありません。GFFの偉いさんから作って欲しいと頼まれまして……」
天造さんが言うには、『ゲームの中ならなんの間違いも起きないし、入るにあたっての年齢確認と心からの同意がなければ入れないようにすればいい』と説得されたらしい。確かにそれなら子供も入れないし、無理矢理連れ込まれることも無いだろうからな。でも、俺にはわかる。GFFの偉いさんとやらは、このピンクのホテルを使うつもりなんだろうな……と。
「でも、あっちのホテルでも、可能ならテストプレイしてみろって言われてるんですよね……」
彼女はどこか残念そうな顔をする。それにしても、ホテルでテストプレイってなんか意味深だな。いや、興味なんてないけどな?
「それなら天造さんだけで泊まってきたらどうだ?1人でも泊まり心地くらいは分かるだろ」
細かいことまでは分からないだろうけど、それを理解するのってまず無理だからな。誰かが実際にあの中であんなことやこんなことをするしかないのだから。それをテストプレイヤーにさせるというのは、明らかにおかしいことだろうし。
「ひ、1人でチェックインなんて出来ません……」
「それなら、俺たちと同じ宿屋に泊まるしかないな」
天造さんって意外とシャイなんだな……なんて思いながら、俺は宿屋に向かって歩き出す。
「でも……それならホテルの報告はどうしたら……」
「俺が適当に見繕って書いてやるよ。全部デタラメだけど、それでも別に大丈夫だろ」
俺がそう言ってやると、少し俯いていた彼女の顔が俺の方を向いた。なんだか、表情が明るくなった気がする。
「ありがとうございます。あそこの『運動施設付きホテル』の報告、どうしようかずっと悩んでいたんですよ」
「…………ん?」
あれ、今運動施設付きって言ったか?俺の聞き間違いじゃないよな?
「天造さん、その運動って変な意味じゃないよな?」
「……?」
彼女の表情から察するに、全く違うらしい。
「あそこは、スポーツ大好きホテルという名前で、様々な運動施設が宿泊階より下に作られてるんです」
どうやらこの運動施設付きホテルというのは、スポーツやヨガができる施設が着いているだけの普通のホテルのようだ。あのハートマークはスポーツに対する愛を示すものだったのか……。よく見たら入口前の電光掲示板にもそう書いてあった。
「先輩、どうかしましたか?」
天造さんが心配して顔を覗き込んでくれるが、俺は反射的に顔を逸らしてしまう。
やべぇ……すごいはずかしいんだけど!?
壁がピンク色をしていて、看板にハートが書かれているからと勝手にいかがわしいホテルだと勘違いをしていた……。
「あれ?あおくん、もしかしてピンクのホテ―――――――――」
「わーわー!は、早く宿屋に入ろうぜ!どんな部屋か楽しみだなぁ!」
「あ、誤魔化した……」
どこか冷たい2人の視線と、キョトンとしたままの1人の視線を背中に受けながら、俺は宿屋の扉を押し開いて中に踏み込んだ。
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