第155話 俺は職業を選択したい

 橋の上を歩きながら話を聞いたところ、笹倉と早苗の前に現れたのはアカウント作成の女神ではなく、アカウント作成の女将だったと言っていた。

 天造さん曰く、ランダムで出てくるキャラが変わるらしいのだが、基本的には長々と関係の無い話をされるんだとか。アカウント作成の女神は端的に話していたし、当たりキャラを引いたってことだろうか。俺はあそこで運を使い果たしたんだろうな……。

 橋の上で聞いた話はそれだけではない。天造さんからも、いくらかの情報を貰っている。


 ・この世界は設定を少しずつ変えた、5つのAIが共同で構築したものであること。

 ・世界観的にはファンタジーで、主人公の目的は世界樹のてっぺんにある『神の玉座』へ、2つの秘宝を収めるというものであるということ。

 ・時間の感覚を調整しているため、この世界での一日は、現実世界での1時間に値すること。


 あとは必要な時が来たら教えてくれると言っていた。戦闘だとか、アイテムの使い方とかだろう。普通に歩いたり走ったりするのは、現実世界でやるのと同じようにすれば出来たし、あまり違和感も感じない。ハーフダイブってすごいんだな。

「では、この奥へ入ってください」

 宮殿の前に着くと大きな門が勝手に開き、俺たちは天造さんに言われた通り奥へ向かって歩く。暗い通路を歩いてしばらくすると、明るく開けた場所に出た。正面にはヒゲを蓄えた太めのおじさんが偉そうに座っている。

「初めまして、テストプレイヤーの方々」

 おじさんは勢いよく立ち上がると、わざわざこちらまで歩いてきてくれた。意外にも礼儀正しいNPCだ。

「私はチュートリアルの王様じゃ。ここでは職業選択やストーリーの進め方などが学べたりするぞぃ」

 派手な格好だとは思ったが、王様だったのか。それならあの偉そうな態度も納得できる。あのヒゲの生やし方だって……。

「ねぇねぇ、あおくん」

 考え事をしていると、ふと早苗がクイクイっと引っ張ってきた。別に服を引っ張るのはいいが、スカートを引っ張るのはやめて欲しい。ちょっと恥ずかしいから。

「なんだ?」

 そう聞いてやると、彼女は背伸びをして耳元に口を当ててきた。

「職業選択って、私たちまだ高校生だよ?学生っていう職業を選ぶの?」

 早苗はこういうゲームをあまりやった事がないんだっけ?彼女がやっているのを見かけるのって、マリモパーティだとか、リア充爆発ゲームとかだもんな。RPG系は無知なのかもしれない。こういう時はなんて説明すればいいんだろうか。

「ジョブだよ、ジョブ。自分のやってみたいジョブを選ぶんだよ。魔法使いとか、剣士とか……」

「もぉ、あおくんったら何言ってるの。ジョ〇スは仕事じゃなくて人名だよ?」

「お前こそ何言ってんだ」

 俺は説明を諦め、早苗の身柄を天造さんに引き渡した。彼女なら詳しく教えてくれるだろう。

「職業選択はこの中からできるぞぃ。ゆっくりと悩んでから決めるんじゃ」

 王様がそう言うと、目の前に様々なジョブの説明が書かれた画面が現れた。スライドして見てみると、全部で十数種類ほどあるらしい。

「今回はテストプレイじゃから、人気な職業を3つと、目新しいものを9つほど用意させてもらったんじゃ。製品版では100ほどにもなる予定じゃがな」

 王様はその後小さい声で、「製品版ではわしもいなくなる予定なんじゃ……」と呟いたのが聞こえた。裏側の事情をこちらに持ってこないで欲しい……。


 とりあえずざっと見て見たところ、人気な職業である3つというのは、『勇者』『魔法使い』『シーフ』の辺りだろう。

 世界を構築しているのはAIであるため、それぞれのキャラがどんなスキルを手に入れるのかは、プレイヤー次第だと書いてある。要するに、同じ職業を選択しても、全く違ったものになる可能性があるということだ。

「あの、王様」

 笹倉が突然手を挙げた。なにか質問があるらしい。

「なんじゃ?定型文リストに乗っちょることなら、何でも答えられるぞぃ?スリーサイズはやめてね」

 メタい発言するなよ、仮にも王様キャラだろうが。てか、誰がお前のスリーサイズが気になるんだよ。

「…………」

 笹倉も引いちゃったじゃねぇか。質問する気、失せちゃってるぞ。どーすんだよ。

「…………ごめんなさい。普通に答えますから、質問してください」

 普通に謝ったよ。そういうのも定型文リストに乗ってるんだな……。てかそれじゃあ、スリーサイズなんてワードを話せるように設定したやつ誰だよ。

 まあ、謝ったことで笹倉の機嫌も治ったらしく、もう一度口を開いた。

「あの、『碧斗くんの嫁』って職業はないんですか?」

「笹倉、お前……そんなものがあるわけ……」

「あるぞぃ」

「あるんかいな!?」

 驚きのあまり、ついつい関西弁になってしまった。それにしても、そんな珍しいどころじゃないジョブまであるってのかよ……。

「まあ、嫁ではないんじゃけどな。いずれ嫁になるものなら、そこにいる開発者に用意しとけと言われとったからな」

 王様は遠隔で笹倉の前の画面を操作すると、そこに13個目の職業を追加した。



 職業名:『碧斗くんの彼女』

 内容:関ヶ谷 碧斗の彼女。関ヶ谷 碧斗と親密であることが条件で着くことの出来るジョブ。この職業を選択しているだけで、お互いの仲の良さを見せつけることが出来る。より親密になることで、『碧斗くんの嫁』へと進化する。

 ※このジョブは副業設定なので、同時に別のジョブも選択することが出来る。



「要するに、肩書きだけのジョブってことか。別のも選択出来るって書いてあるし、進めるにあたっての問題は無いみたいだな」

 まあ、テストプレイ用のサーバーだと言っていたし、天造さんが俺達の関係を知っているなら、こういうのがあってもおかしくはないか。

「じゃあ、私は『碧斗くんの彼女』ね!もうひとつは何にしようかしら……」

 笹倉は本職を考え始めたらしい。顎に手を当てて、画面と睨めっこを始めた。一方早苗の方はと言うと……。

「王様!私も碧斗くんの彼女がいいですっ!」

 笹倉に対抗するためか、彼女と同じことを言い始めた。だが……。

「すまんが、『碧斗くんの彼女』の枠は一つしかないんじゃ……」

 まあ、倫理的にそうだよな。彼女は1人!それ以上は浮気!ってのが日本人の考え方だし。残念だが早苗には諦めてもらうしかない。

「まあ、『あおくんの彼女』というジョブならあるんじゃがな」

「あるんかい!」

『碧斗くんの彼女』と『あおくんの彼女』って、別音同義語じゃねぇのかよ。俺への呼び方が違うだけだろ。



 職業名:『あおくんの彼女』

 内容:関ヶ谷 碧斗の彼女。関ヶ谷 碧斗と親密であることが条件で着くことの出来るジョブ。この職業を選択しているだけで、お互いの仲の良さを見せつけることが出来る。より親密になることで、『あおくんの嫁』へと進化する。

 ※このジョブは副業設定なので、同時に別のジョブも選択することが出来る。



 内容まできっちり一緒じゃねぇか。ていうか、俺の意思に関係なく、彼女が2人いることになってるんですけど……。ゲーム性以前に、人間性的に大丈夫なんですかね?『二股は許さない!』という設定をされたNPCからボコボコにされたりしないだろうか、不安だ……。

「まあ、とりあえず関ヶ谷 碧斗の副業は『ハーレム野郎』に決定じゃな」

「勝手に決定すんな!」

 とりあえずってなんだよ、とりあえずって。

「進化したら『ハーレムクソ野郎』にしておこうかの。王様権限で確定事項じゃ!」

「それ、むしろ退化してんだろ!いきなり職権乱用すんなよ!」

 この王様、絶対ろくな奴じゃねぇだろ。だから製品版では消されるんじゃないのか?自業自得じゃねぇか。

「わしにも彼女が欲しいんじゃ!お主だけなんてずるいんじゃ!だから『ハーレムクソ野郎』にするんじゃ!」

「単なる妬みだけで人のゲームライフ決定するなよ!?てか、それだと進化済みじゃねぇか!」

 俺は勝手に副業を決定しようとする王様NPCを取っ捕まえて、渾身の背負い投げを決めた。初めてやったけど、意外と投げれるもんなんだな。

 ただ、王様のHPは思ったよりも少なく、死亡判定になってしまった彼は、砂の塊が崩れるようにパラパラ……っとその場から消えてしまった。

「お、王様……」

 俺が消してしまったのか。チュートリアルも終わっていないと言うのに、NPCを殺してしまったのか……。

「ごめんよ、王様……あまりにもあんたがウザかったからつい……」

 謝ってもこの声は彼には届かないのだろう。その罪悪感と怖さで、俺はその場に崩れ落ちた。

「……とまあ、死亡判定になるとこんな風になるので、気をつけて行くんじゃぞ!」

「…………え?」

 振り返ると、そこには偉そうに腰掛ける王様の姿があった。

「NPCは死んでも元の位置に戻るだけじゃからな、殺めてしまっても問題ないわい」

 なんだ、生き返るのか。もう二度と戻って来なくなるのかと思った。でも、そういうことなら……。

「反省するまで何度でも投げてやるよ」

 俺はもう一度王様を背負い投げするのだった。

「じゃが、あまりNPCを倒しすぎると、王国の兵士たちから敵視されることがあるから注意じゃ……ぶへっ!」


『単体技 「背負い投げ」を習得しました』


 あまりに何回も何回も投げたからだろうか。そんな表示が現れたりした。

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