第154話 俺たちはゲームの世界に入りたい
俺たちは天造さんの指示に従って、ヘルメット型のゲーム機を装着する。その直後、内蔵されていたセンサーの吸盤部分がこめかみや額などでぺたぺたと張り付いてきた。
「このゲームは最新型のVR技術を使用していて、アニメなどでよく見るフルダイブ技術に近い、『ハーフダイブ技術』というものを用いています」
天造さんも同じようにゲーム機を装着しながら、淡々と説明をする。そんな彼女に、俺は気になったことを聞いてみた。
「フルダイブは何となくわかるが、ハーフダイブは何が違うんだ?」
「フルダイブはゲーム内にリンクすることで、五感の全てが現実でシャットダウンされますが、ハーフダイブでは現実世界での五感も残ったままになります」
要するにハーフダイブ中は、現実世界で体に触れられたり、何かが口に入った時などは、ちゃんと五感が反応するということだ。
天造さん曰く、フルダイブは脳への負荷が大きく、日常生活へ支障が出ることがわかっているので、やむ無くハーフダイブに変更したんだとか。このテストプレイ、本当に安全なんだろうか……。
「一応、意識はゲーム内にあるので、体は安全な場所にいてもらう必要があります。なので、皆さんはソファーに座っておいてもらいますね」
天造さんに言われるままに、俺達はソファーに深く腰かける。彼女は3人それぞれのゲーム機のスイッチを入れると、近くの台の上に小さな機械を置いた。
「この簡易サーバーにはテストプレイ用のマップやクエストが用意されています。向こうに着いたら、私が来るまでその場に居てください。案内役を努めさせていただきますので」
彼女はそこまで言うと、俺たちの顔を順番に見た。それから「準備はよろしいですね?」と聞いてくる。
「もちろんだ」
俺のOKを示す返事を聞いて、笹倉と早苗も笑顔で頷く。2人ともワクワクしていると言った表情だ。
「では、行ってらっしゃい」
天造さんの声をスイッチに、俺の視界はプツンと暗闇に呑まれた。
『初めまして、テストプレイヤーの方』
気がつくと、目の前に綺麗な女の人が立っていた。草の冠を頭に乗せて、白に布のようなものを身にまとっているところを見るに、古代ギリシャの方だろうか。
こんな布みたいな服で恥ずかしくないんだろうか。風通しも良さそうだし、逆にそういうので興奮するタイプの……。
『あの……ゲームなので考えてることが全部筒抜けですよ?あと、私はギリシャの人ではなく、アカウント作成の女神ですから。製品版になったら、ここでアバターなどを作るんです』
マジか!?まあ、ゲームだから不思議ではないが……相手がNPCだと分かっていても、心を読まれるのはなんだか嫌だな。でもなるほどだ、ここはMMORPGで初めに必ずと言っていいほどあるキャラメイクってやつなんだな。
『あなたはテストプレイヤーなので、アバターはこちらで用意してあります。何も質問がなければこのまま始まりの転移門へと移動しますが、どうですか?』
そうだな……。メタなことにはなるが、一応聞いておくか。
「女神さんは今後登場します?解説キャラとしていてくれたら助かるんですけど……」
「あ、いや……わ、私は……その……」
その反応を見て察した。あ、また出てくるんだな……と。
「わかったんで、転移門に行かせてください」
「わ、分かりました……よ、よいゲームライフを……!」
女神の声を受けながら、俺の体はその場からすっと消えた。これから本当にハーフダイブの最新ゲームが始まるんだな。俺も男だし、こういうのにはすごくワクワクする。
それにしても、最近のNPCはよく出来てるんだな。図星だった時の反応が、まるで人間そっくりだったし。
天造さんって、予想以上にすごい人なのかもしれない。俺たちの知らないところで、技術は進歩してるんだなぁ……。そう思いながら、俺は目的の場所へとたどり着いた。
「ここが『始まりの転移門』か……」
俺が降り立ったのは石造りの転移門の上。ボロい作りをしていて、周りにある柱にはツタやらコケやら、色んな物がまとわりついている。
周囲を見回してみるも何も無く、ただ青い空が広がっているだけ。この円形の転移門も何かの力で浮遊しているらしく、下を見てみると白い雲が浮かんでいるのが見えた。つまり、ここは雲よりも高い場所というわけだ。落ちたら一溜りもないだろうな。
天造さんにはここで待っているよう言われている、大人しく待っていよう。そう思った瞬間、俺の足元にある転移門が眩く輝き始めた。その光は徐々に小さくなっていき、目の前で二つに分かれる。その正体は……。
「やっと話し終わったよぉ……」
「なかなかに長かったわね、調子のいい時の校長先生並よ」
早苗と笹倉だった。
「遅かったな、2人とも」
俺がそう言った直後、2人の視線が俺に向けられ、そして同時に固まった。
「碧斗くん……それって……」
「あ、あおくん、その格好は……」
「格好がどうかしたのか?」
2人に言われて、俺は自分の体に視線を向ける。あれ……?なんかおかしくないか?
「どうかしましたか?」
どこからともなく現れた天造さん。俺は彼女に飛びつくように聞いた。
「天造さん!鏡みたいなものは無いか!?」
「鏡ですか?一応必要そうなものはストレージに入れてありますが……」
彼女は指を上から下にスライドして空中に画面を表示すると、アイテム欄から何かを選択する。すると、俺の目の前に姿見が出現した。
そこに写る俺は、学校の女子用制服に身を包み、黒髪ストレートをした……『黒髪ちゃん』の格好だった。
「な、な……なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ!」
何度目を擦ってみても、鏡を食い入るように見つめてみても、『黒髪ちゃん』の格好をした俺は変わらない。顔は俺自身のままなのに……どことなく似合っている気がするところが、余計に腹立たしい。
「あの黒髪ちゃんの噂……あおくんだったんだ……」
早苗がどこか遠い目をしている気がする。こんな反応されるだろうと思ったから黙っていたってのに……。
「に、似合ってるわよ……?大丈夫、似合ってるから……」
「似合ってりゃいいって問題じゃねぇんだよ!てか、自分に言い聞かせないで!?」
笹倉もまた、遠い目をしている。もはや俺の方すら見ていない。くそっ……なんでこんなことに……。
「って天造さんだろ、こんなこと仕組んだのは!」
「はい、そうですけど……何か?」
彼女は「あれ、悪いことしました?」とでも言いたそうな目でこちらを見る。
「先輩に女装をお願いしたのは、このアバターを作るためだったんですよ。女装男子のアバター、製品版では5000000分の1の確率でしか引けない超絶レアなアカウントなんです」
「んなレア感は要らねぇから、ちゃんと男の格好をさせてくれ!」
「それは出来ませんね。そのアカウントは、性別は男ですが、女性専用の服しか身につけられなくなっているので」
「くそぉぉぉぉぉぉ!」
つまりこのテストプレイ中、俺はずっと女の姿でいないといけないってことか。天造さんめ、ハメやがったな……。
「まあ、よく分からないけど、女装してるのはあおくんの意思じゃないってこと……?」
「碧斗くんの意思じゃないなら、変な目で見る訳にも行かないわよね」
早苗と笹倉は、よく分からないがこの状況を飲み込んでくれたらしく、いつの間にか俺の傍に寄ってきてくれていた。
「お前ら……ありが――――――――」
ありがとう。そうお礼を言おうとしたのに……。
「よく考えたら、こんな機会滅多にないもんね!あおくん似合ってるし、たくさん目に焼き付けておかないと!」
「ほんとよね!碧斗くん、女装したらすごく可愛いもの!下手したら私より可愛いんじゃないかしら?なんと言うか、写真に残しておきたいかも……」
なんで俺の周りの奴らは女装男子に寛容なんだ!?ここまで来ると、むしろもっと引いて欲しいくらいだ。いや、別にマゾじゃないけど……。
「イチャイチャするタイミングはいくらでもありますから。とりあえずはチュートリアルを終わらせましょうね」
どこか誇らしげな天造さんがそう言って2人を制止する。自分が作ったアバターだからだろうか。
「では、チュートリアル宮殿に向かいましょう」
彼女がそう言って指を鳴らすと、何も無かった場所に橋がニョキニョキっと生え、その先にポンっと宮殿が現れた。もちろんこちらも何かの力で浮いている。そこはゲームだからと気にしないでおこう。
先行する天造さんに続いて、俺たちはその橋の上を歩み始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます