第151話 俺は名言をまとめたい
俺は小森家に帰ると、早速ノートを広げてペンを握った。とりあえずはみんなの考えた名言からいいとこ取りをして、それを自分風に書き換えてみよう。
笹倉と早苗、あと千鶴もか。恋愛系なら誰が書いても、当たり障りなく自分らしくなるだろう。
ただ、この3人は自分という主役の心を文字にしているだけなので、心は動いてもそこに物理的な動作というものがない。
一方塩田のはと言うと、彼もまた恋愛系であるにも関わらず、中心にいるのは自分ではなく好きな相手なのだ。
好きな相手を守りたい。だから努力して力をつけた。短い言葉の中に、そんな濃密な想いのストーリーがあることが伺える。
あの名言は、共感させて心を動かす類のものではなく、真っ直ぐな気持ちを素直に書くことで、直接的に聞く人の心を揺らし感動させるものなのだ。
だから、俺は恋愛系を書くなら塩田系のものを書こうと思う。
それから結城の書いた『○○べからず』という少し古風な文体と、同じ言葉を何度も使うことで、特定の言葉に強さを持たせるという手法。これもできる限り取り入れたいと思っている。
歌の歌詞にと使われていたりするので、取り入れて間違いは無いと思っている。闇だとか光だとか、そういう厨二臭いワードチョイスは遠慮させてもらうけど。
って、それを言ったら美里先輩のにも光と闇って入ってたよな。使う人によって厨二臭さが出るだけで、必ずしもダメという訳では無さそうだ。
現に、美里先輩の名言は心に響いてきたし、嫌悪感は微塵も感じなかった。むしろかっこよくみえたくらいだ。
あんなふうに比喩表現を用いることも、時には必要なのかもしれない。
しかし、逆に薫先生が書いたような、シンプルでわかりやすいものが良かったりもする。変に捻らず、蛇口を捻って出した水が真っ直ぐに排水口へと落ちていくような、そんな素直な受け止め方をされやすいからな。
答えまでの道のりが遠ければ遠いほど、途中で断念してしまう人が増えるのは目に見えている。名言において、かっこよさも大事ではあるが、多くの人に理解してもらえるということが一番重要なことなのだ。
そして唯奈の名言(?)だよな。もはやあれは迷言と言ってもいいと思っている。俺が胸の話を聞いた後だからなのかは分からないが、どうしても『大きければいいってもんじゃない』の対象が胸だとしか思えないのだ。
むしろ、他に大きくて困るものってなんだ?態度とか、顔とかだろうか。指折り数えられる程度しかないと思うのだ。そして唯奈は顔も態度も大きくない。顔に関してはむしろ小さいくらいだ。
だから、思い当たるのは胸の大小くらいなのだが……彼女は本当にあれを名言として発表するのだろうか。正直心配だ。
でも、自分の周りの感じている『当たり前』に対して物申している感は、刺さる人には刺さるので参考にしてもいいかもしれない。
とまあ、色んなことを考えながら机に向かってはいるものの、一向にペンは動かない。思い返してみれば、みんなのいいとこ取りをしようとしていたが、あまりにも要素が多すぎる。恋愛で努力系、同じ言葉を使って強調し、考えさせるものorシンプルなものにする。そしてオマケに物申し。
聞き回っておいてなんだが、一度考え直した方がいいのかもしれない。頭の中を真っ白にリセットすれば、自分らしい答えもひょっこりと顔を出したりして……。
「……喉乾いたな」
考え事をしているとやけに喉が乾燥する。俺は部屋を出て、キッチンへと向かった。
「あ、あおくん!課題は終わった?」
コップにお茶を注いでいると、リビングの方から早苗がやってきた。髪が乱れているところを見るに、双子たちと遊んでいたのだろう。いや、遊ばれていたという方が正しいか。
「いや、まだだ。喉が渇いたから飲みに来ただけだから」
「なんだ……」
あからさまに肩を落とす彼女。課題が終わるまで集中したいから部屋には来ないでくれと頼んでいるので、彼女は俺と遊びたい気持ちを我慢してもらっているのだ。そこで無理矢理じゃれついたり駄々をこねたりしないあたり、ちゃんと成長してくれてるんだよな。
「終わったら遊んでやるから、もうちょっと待っててくれ」
「約束だよ?頑張ってねっ!」
早苗はそう言うと、手を振ってリビングへと戻っていった。
「もう来るなって!あたしは葵と遊んでんだから!」
「いいじゃんかぁ!仲良くしよ?お膝乗ってくれたでしょ〜?」
「あ、あれは宿泊代とか言うから……な、撫でるなって!葵もこいつ嫌だよな!?」
「え、あ……わ、わたしは別に……」
「葵ちゃんはいいって言ってるよ?観念しなさいっ♪」
「ど、どこ触ってんだ!離れろぉ〜!」
そんな楽しそうな会話が聞こえてくる。俺も早くあそこに混ざりたいな……。
そんなことを思いながら、中身を飲み干したコップを洗ってから水切り台に乗せる。そして振り返って…………。
「おわっ!?い、いつから居たんですか!?」
咲子さんの顔が目の前にあった。足音なんか聴こえなかったぞ?忍者の修行でもしてんのか、この人。
「碧斗君、名言を作る課題で困っているそうじゃない」
「ま、まあ、そうですけど……俺の質問は無視ですか」
咲子さんは気味の悪い笑い方をすると、俺に手招きをしながらキッチンを出ていった。どうやら2階に上がったらしい。俺も彼女を追いかけて階段を上る。扉の閉まる音から、早苗の部屋に入ったことはわかったが、どうしてわざわざここに……?
俺は首を傾げつつも、入ってみないと分からないとすぐにドアノブを回した。
開いたドアの先には、もちろん咲子さんがいた。けれど、彼女は何を手に持っている。近づいて見てみれば、それは俺の家の玄関に飾られた、幼い頃の家族写真だった。家族写真と言っても、『さあや』も一緒に写っているやつだけど。
「それ、勝手に持ってきたんですか?」
「もちろん。でも、碧斗君のためになると思っての行動よ」
「その写真のどこが俺のためになるって言うんですか?俺にはさっぱり分からないんですけど……」
俺はため息混じりに言葉を発する。名言作りを手伝ってくれるのかと思ったら、邪魔をしてくるんじゃないか。暇なら早苗たちと遊んでくればいいのに……と。
「私、小説の題材として碧斗君と他の子の話を使ったりするのよ。早苗から聞いたり、あとは自分の目で確かめたり……」
え、気づかないところで咲子さんに見られてたってことか?何それ怖い……。
「大丈夫、更衣室までは覗いてないわ」
「別にそこの心配をした訳では無いですけど……。んで、それがどうかしたんですか?」
「私、思うのよ。碧斗君の周りには色んな人がいる。だから色々と考えてしまうのよ。一度、誰か一人に向けての言葉に絞ればいいんじゃないかって」
誰か一人……確かに俺は今まで、色んな人の言葉を参考にして、その上で……あれ、誰に向けて書こうとしてたんだ?恋愛系を書くとしたら、相手がいるはずだ。俺は誰にその言葉を届けようとしていたんだ……。
「『さあやちゃん』にしたら?」
咲子さんのその一言で、思考の深くまで落ちていた俺の意識は、自然と目の前の写真に向けられた。
「好きって伝えろって意味じゃないわよ?今の碧斗君の気持ちを書いてみるべきだと思うの。言葉としては届かないけれど、自分の中で整理するためにも」
確かに、俺は幼い頃『さあや』の事が好きだった。でも、つい最近『さあや』と再会して気付いた。今も彼女のことが好きという訳では無いことに。
「……って、あれ?」
咲子さんは幼い頃から俺の面倒を見てくれていたから、『さあや』と顔を合わせることも何度かあった。だから、面識はあると思う。でも、ここでその名前を出してくるということは、彼女がこの辺りに戻ってきていることを知っているということなんじゃないか?
「どうして咲子さんが『さあや』のことを……」
俺のその言葉に、彼女は予想外の答えを口にした。
「さっき、『さあやちゃん』に会ったのよ」
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