第150話 俺は放課後にもみんなの名言が聞きたい

「ちょっといいですか?」

「ん?あおっち、どしたの?」

 放課後、せっせと帰る準備をしている唯奈に声をかけた。最後に聞いておきたいというのは彼女の事だ。

 金髪でギャルという、見た目は完全に名言とはかけ離れた存在にも感じるが、母親の店を手伝う親想いな一面や、塩田のダイエットを自ら指導する他人想いな一面も持ち合わせていて、俺も背中を押してもらったことは何度かある。だから、彼女の内面の良さは十分に理解しているつもりだ。

 それ故に、俺は彼女の名言を参考にしたいと思っている。

「唯奈さん、名言ってもう思いつきました?」

 やっぱり2人で話す時に敬語になってしまう癖は、まだ抜けないな。唯奈も気にしていない……というか、むしろ敬語の方がどこか嬉しそうに見えるからいいんだろうけど。

「名言かぁ〜♪んー、正直まだ思いついてないかな〜♪」

 そうか。俺も思いついてないわけだし、他にまだの人がいても何ら不思議じゃないよな。

「でも、今すぐ絞り出せって言うなら頑張るけど……どうする?」

「いや、そこまでしてもらわなくていいですから……。それに名言って絞り出せるものなんですか?」

 誰か偉いおじさんが言ってたぞ。名言は考えるものじゃない、涙のように突然こぼれ落ちるものだって。

「頑張れば名言のひとつやふたつ!この唯奈様に任せなさいっ♪」

 そう言って寂しげな胸を張る唯奈。やっぱり彼女って着痩せするタイプだよな。海の時はもっとこう、ボリューミーだったはずだし……。

「…………はっ!」

 気が付くと、唯奈が冷たい視線をこちらに向けていた。胸に目がいっていたことがバレたらしい。

「あおっち、前からずっと思ってたことなんだけど、この際だから言うね?」

「は、はい!」

 俺はむしろ落ち着いた彼女の口調から、反射的に背筋が伸びる。さすがに怒られるよな。そう覚悟したのだが―――――――――――――。


「胸の大きさはステータスじゃなくてデバフだから!」


 ………………んんん?何言ってんだ、この人。

「……今のが名言?」

「違うわ!」

 あれ?ツッコまれた……。

「男の子は大きい胸の方がいいのかもしれないけど、女の子にとったら大きくても重いだけなんだよね。だから、ステータスじゃなくてデバフなの!」

 なるほど……男目線を抜きにすれば、胸は小さい方が楽だし有利というわけか。こいつは別の意味で参考になるな。後でメモしておこう。

「だから、あおっちは私が胸を張っても、寂しい人を見るような目をするのはやめてよ?」

「俺、そんな目をしてたのか……」

「バッチリしてた。何回目?ってくらいに」

 マジか……無意識にやっちゃってたんだな。これからは気をつけようとは思うが、やっぱり寂しいものは寂しいので、おそらくまたやってしまうと思うけど。

「それで、名言は……」

「何事も、大きけりゃいいってもんじゃない!これでいいや♪」

「…………」

 唯奈、こうは言ってるけど絶対気にしてるよな……。彼女の前で大きい小さいの話をするのはやめておこう。見えないところで傷つけてしまうかもしれないし。

「だから、寂しいものを見るような目はやめてってば!」

 あ、早速やっちまった。てへぺろ……って古いか。


 唯奈と別れた後、俺は教室を出て階段で下の階へと下りる。色んな人の名言を聞いては見たが、色々と種類がありすぎて、逆にまとまらなさそうだ。

 俺はどんな感じのにしよう……そう悩みながら踊り場に足をつけた時、下から薫先生が上がってくるのが見えた。

 ……ついでに彼女にも聞いておくか。一応教師だし、もしかしたら参考になるかもしれないもんな。

「先生、ちょっといいですか?」

「何かしら?」

 一応人目に付く場所なので、厳しい方の言葉遣いで返してくるつもりらしい。自分らしさが大事なので、素である優しいバージョンの方が嬉しいのだが、こればかりは仕方ないか。

「現代文で自分らしい名言を考えるっていう宿題が出ているんです。そこで、先生の考えるものを参考にしようかと思って……」

 そこまで言うと、一瞬彼女の口元が緩んだ。

「それは……私を頼っているということ?」

「あ、はい、まあ……そういうことです」

 薫先生は慌てて口元を隠し、俺から目を逸らす。口調は厳しいままだが、喜んでいるのがバレバレだ。まあ、厳しい先生を演じているせいで、普段は頼られることなんてないもんな。『ついで』ではあったが、今日くらいは良いように思わせておいてやるか。

「そうね、頼られているならいいものを思いつかないといけないわね。えっと……あの……」

 彼女は顎に手を当てて、考える仕草をする。だが、見たところぱっと出せる名言は持っていないようだ。まあ、普通の人間は自分だけの名言なんて持ち歩いてないよな。

「あの、もしも無理なら別にいいんですけど……」

「そ、そういうわけには行かないわよ!生徒に頼られたなら、見捨てる訳には行かないもの!」

 なんというか、熱心なところもあるんだな。頑張ってもらえるなら、俺としてはありがたい限りだけど。

「……そうよ!思いついたわ!」

「聞かせてもらえます?」

 打って変わって自信に満ち溢れた表情に、俺は期待の眼差しを向ける。彼女だって一応は大人だ。歩んできた年月は俺よりも一回り長い。その分、きっといいワードチョイスをしてくれると思うのだ。


「…………あれ?なんだったかしら」


 まさかのド忘れしやがった。

「何やってんですか……」

「ち、違うのっ!ちょっと忘れただけだから……すぐに思い出すから待っててよ?」

 慌てすぎて素のキャラに戻ってるし。こんな薫先生を見た他の生徒は、双子を疑うか、自分の目を疑うかのどちらかだろうな。

「お、思い出した!…………気がしただけだった」

「ふざけてないで早くしてくださいよ。俺、帰りますよ?」

 本来俺が聞かせてもらう側で生徒なのに、パワーバランスがおかしいだろ。教師ならもっとしっかりして欲しいところだ。

「あ!思い出した!…………と思ったんだけどなぁ……」

「あの……バカにしてます?」

 ぱっと表情が明るくなったかと思ったら、勘違いだったらしく頭を抱えてしまった。ここまで来ると逆に俺が悪いことをしている気分になるんだけど……。

「そうだそうだ!思い出した………………フリをしたんです、すみません……」

「謝るの早くないですか?てか、何がしたいんですか?」

 俺、こんなおかしくなってしまうほど、彼女を追い詰めてしまったんだろうか。名言を参考にしたいって言っただけなのに……。

「こ、今度こそ思い出したわ!本当よ!」

「信じていいんですね?」

 俺がそう聞き返すと、薫先生は真面目な表情で頷いた。そして名言を言葉にするべく、その口を開いた。


『嫌なものは嫌、ダメなものはダメ。

 そう言えるようになってからが大人。』


「ということは、薫先生はまだ子供ですね」

「どうして!?」

「だって男子生徒のこと、怖いって言えてないじゃないですか」

「怖いは言えなくても大人なの!」

「ガバガバな名言だな……」

 まあ、思ったよりかはマシなのが出てきたな。考えようによっては深いし、薫先生じゃなくて優しそうなおじいちゃんが言っていたら、きっと感動していただろう。

 人は見かけによらないが、言葉は人の見かけによるってことだ。あれ、名言ってこれでいいんじゃ……いや、もっとちゃんと考えよう。

「とりあえず、ありがとうございました。一応は参考にさせてもらいますね」

「え、ええ。せっかく頑張っているんだから、提出日に忘れないようにしなさいね」

 この人にだけは『忘れないように』なんて言われたくはないが、これ以上追い込んだらどうなるか分からないので黙っておいた。


 早苗を校門前に待たせている。急いでいかないと。俺は薫先生と別れた後、階段を2段飛ばしで駆け下りた。

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