第149話 俺はみんなの名言を聞きたい
翌日の朝イチで、俺は千鶴のいるB組の教室へと踏み込む。友達と談笑している彼の姿はすぐに見つかった。
「ん?碧斗、どうしたんだ?」
声をかけるよりも先に、俺の存在に気付いた彼が駆け寄って来てくれる。女子の一部が、「あの二人って本当に仲良いよね、BLとか描けそう」と囁いているのが聞こえてしまい、内心焦った俺は彼のことを教室から連れ出した。
「何か用があるんだろ?」
廊下で首を傾げる彼に、俺は早速本題を提示する。
「現代文の宿題で名言を考えるってのがあるだろ?お前がどんなの書いたのか気になってさ」
それを聞いた千鶴は「そんなことか」と笑うと、少し恥ずかしそうにそれを言葉にした。
『好きだから言えないこともあるし、好きだから言いたいこともある。
とりあえず言いたいことからひとつずつ消していこう。』
「これはお前らしい……のか?」
イマイチ千鶴らしさが感じられない気がするんだけどな……。ほら、千鶴なら最後までかっこいいわけないし。
「なんか、バカにされている気がするんだけど?」
「気のせいだ、気にするな。まあ、それなりにタメになったよ。参考にさせてもらう」
納得がいかないという顔をしている千鶴に礼を言って、俺は次の目的地へ向かって歩き出した。
この時間なら、朝のうちにまだもう一人分は聞けそうだ。
「よお、結城」
俺が声をかけると、机を挟んでクラスメイトと会話していた彼女は、すぐに振り向いてくれた。
「なんだ、関ヶ谷さんですか……」
「なんだとはなんだ、俺で悪かったな」
こいつ、今日はなんかトゲがあるな。ていうか、こいつに友達っていたのか……正直いないと思ってた。蓼食う虫も好き好きって言うもんな、さすがに失礼すぎるか。
「冗談ですよ、どうしたんですか?オカルト研究会に入る気になりました?」
「んなわけあるかい。現代文の宿題で出てる名言を考えるってやつ、お前のを参考にさせてもらいたくてな」
「ああ、それなら……」
彼女はそう言うと、机の中からノートを取り出して広げる。
「黒き闇に―――――――――」
「あ、やっぱいいや」
「ちょ!今、厨二臭いと思って言いましたね!?」
帰ろうとする俺を慌てて引き止めてくる結城。そりゃ、いきなり闇なんてワードが出てきたら、参考にならないなって思うだろ。
「じゃあ、全部聞けば厨二臭くないって言うのか?」
「そ、そういうわけでは……でも、自分らしさという面では参考になるかと……」
言われてみれば確かに厨二臭くない名言なら、結城らしくない気もしてきた。自分らしさに悩んでいるのだから、もしかしたら参考になるかもしれない。
俺が聞く気になったのを感じたのか、彼女は引き止めていた手を離し、ノートに視線を戻した。
『黒き闇に心を呑まれるべからず。
白き光に身を委ねるべからず。
自らにおごれるべからず。』
「一応聞いておこう、これはどういう意味だ?」
俺がそう言うと結城は、よくぞ聞いてくれた!といわんばかりの嬉しそうな表情で口を開いた。
「悪いものに心を呑まれてはいけませんよ。かと言って、いいものに全てを任せるのもよくありません。そして自分の地位や権力に頼って、わがままでいることもいけませんよ。……という意味です」
ほう、意味を聞くとそれなりにいいことを言っている気もする。予想に反してためになる名言だった。ただ、俺は一つ言いたい。
「黒魔術にハマってるようなやつが、一行目を口にしていいはずがないだろ」
そして昼休みがやってきた。名言を思いつくまでにはまだサンプルが足りないので、また参考になるものを探しに行くことにする。
弁当を食べ終わってから、俺は手始めに塩田に声をかけた。心までイケメンな彼なら、きっと期待通りの答えが返ってくるはずだ。
「なあ、塩田。名言、思いついたか?」
「ああ、関ヶ谷。もちろん思いついたよ、見るかい?」
彼はカバンからノートを取り出すと、パラパラとめくって俺に手渡した。
『見た目の評価なんてどうでもよかった。
大切な人を守れるだけの力。
それが欲しかっただけだ。』
これは、彼が痩せてムキムキになったことを言っているんだろうか。確証はないが、なんだかそんな気がする。
「大切な人って、塩田お前……」
俺が驚いたように顔を上げると、彼は少し恥ずかしそうに後ろ頭をかいた。この反応、やっぱり好きな人がいるってことだよな。おめでてぇ話じゃねぇか。
「もう付き合ってるのか?」
「い、いや、それはまだ……。でも、そろそろ告白しようかなって思ってるんだ」
さすがはイケメン、初々しい感じも様になってやがる。
「俺に出来ることがあったら言ってくれ!全力で応援するぞ!」
「ありがとう、心強いよ」
微笑む彼の肩を叩いて励まし、俺はその場を立ち去った。……あれ、塩田の名言ってなんだっけ?大切な人のインパクトが強すぎて忘れちまったよ。
それから俺は、他に聞けそうなやつはいただろうかと廊下をぶらぶらと散歩していた。すると、ちょうどいいところに知り合いがやってきた。
「美里先輩、お久しぶりです」
文化祭の衣装の縫い直しをしてもらった、手芸部の綿雨 美里先輩だ。
「あら、関ヶ谷くん……だったかしら?」
「覚えていてくれたんですね」
あれから全く顔を合わせていないから、忘れられているものだと思ってたんだけどな。
「もちろんよ〜♪だってかわいい女の子を紹介してくれたんだもの♪」
「ああ、そういうことですか……」
魅音のコスプレ衣装を作ってもらった時だよな。美里先輩、やけに魅音のことを気に入ってたみたいだったし、それで覚えてたのか。
「ふふ、もちろんそれだけじゃないわよ?骨を折りながらも二人三脚で優勝を勝ち取った男だとか、色んな女の子をたぶらかしているだとか……色んな噂は前から聞いていたもの」
美里先輩は、「名前を聞いた時からこの子がそうなんだって思っていたわ♪」と言ってニコッと笑った。いや、なんか悪いやつだと思われてそうで嫌だな……。
「うふふ♪安心して、あなたがいい子だってことくらい、目を見た瞬間にわかってたから♪」
良かった、美里先輩に見る目があって。俺はホッと胸をなで下ろした。そして、ふと気になったことを聞いてみる。
「美里先輩も現代文の宿題で、名言を考えるみたいなのやりました?」
俺の言葉に、彼女はゆっくりと頷いた。
「俺、何書けばいいか悩んでいて……。良かったら参考にさせて貰えませんか?」
「ええ、構わないわよ。あの時、私なんて書いたかしら。確か……」
美里先輩は顎に手を当てて考える仕草をすると、はっ!と思い出したように口を開いた。
『闇の中から光を見つけるよりも、私は光の中から闇を見つけてあげたい。』
「意味を聞いてもいいですか?」
「ええ。闇と光って言うのは悪と善を表しているの。悪の中でも善を持ち続ける子は強い子でしょう?私はそれよりも、周りが善なのに悪でいてしまう子に寄り添ってあげたい……そんな意味なのよ」
なるほど、さすがは美里先輩だ。この短い言葉に、深みと優しさがたっぷりと詰まっている。
「ありがとうございます!タメになりました!」
俺が頭を下げると、「ふふっ、いいのが出来たら教えてね♪」とお姉さん的な笑顔を向けてくれた。
美里先輩にお礼を言って別れたあと、俺はいい名言が作れそうな気分に駆られていた。
よし、それじゃあ最後に一人、放課後に聞いてから帰ることにするか。
心の中でそう呟いて、予鈴の音を聞きながら教室へと戻った。
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