第148話 俺たちは名言を考えたい

 翌日の放課後、俺&笹倉&早苗の3人は、小森家への帰路を歩みながら唸っていた。今日、現代文の宿題で、少しややこしいものが出たのだ。

 その内容というのが、『名言を作ってくる』というもので、明後日の授業中にみんなの前で発表しなくてはならないことになっている。つまり、あまり下手なものだと笑いものになる恐れがあるというわけだ。

「碧斗くん、思いついた?」

 笹倉にそう聞かれるが、俺は首を横に振る。彼女もその返事が返ってくるのがわかっていたようで、「そうよね……」とまた首を捻り始めた。

 担当の国語教師が言うには、既存のものの真似はなるべくせずに、尚且つ自分らしさを出した名言がいいらしいのだが、一般的な男子高校生の俺がそんなものを脳内に携帯しているはずもなく、授業中に考えていた時間も合わせれば、もう数時間は悩んでいることになる。

「小森さんも……まあ、まだよね……」

 聞くまでもないとばかりにため息をつく笹倉。早苗も反発しようとはしたが図星だったらしく、大人しく芽生えさせた敵意の芽を摘んでぽいっと捨てた。

 別に、名言を考えるくらいなら簡単なのだ。早咲苗子の小説を読んでいる俺からすれば、そこからワードチョイスのヒントを得ることだってできるし。

 でも、問題なのは俺の中にある名言の引き出しに入っているものが、全て外部媒体を経由しているということ。この課題の条件には、『既存のものの真似はなるべくしない』というものが入っている。つまり、外部から取り入れた情報を組み合わせるだけでは、それは『既存のものの真似』になってしまうのだ。

 だから自分発信の何か、要するに『自分らしさ』をブレンドする必要があるということになる。俺たちはそこに悩んでいるのだ。

「自分らしさってなんなんだ……?」

 独り言のように問いかけてみても、返ってくるのは「わからない」の一種類だけ。わからないにわからないを掛け合わせても、分からない以外に生まれないことは誰が見ても間違いない。

「ただいま〜」

 まあ、3人で考えれば、なにかいい案のひとつくらいは出てくるだろう。そう思って笹倉にも来てもらっているのだ。

 俺はいつの間にかたどり着いていた小森家の玄関をくぐり、靴を脱いで早苗の部屋まで向かう。残りの二人もすぐに後をついてきた。

 早苗の部屋に入ると、茜と葵がベッドの上でゴロゴロしながらゲームをして遊んでいた。相変わらずまだ帰る気は無さそうだ。

「えっと……その子たちは?」

 そう言えば、笹倉は2人の存在を知らないんだったな。首を傾げる笹倉に、2人が俺のいとこであることを説明してやると、彼女はベッドの近くまで歩み寄って、それから小さくお辞儀をした。

「初めまして。碧斗くんの彼女の笹倉 彩葉です、よろしくね」

 さすがは笹倉だ。丁寧な挨拶のおかげか、茜はともかく、引っ込み思案な葵までもが興味ありげな目で彼女のことを見ている。

「兄貴の彼女か!恋バナ聞かせてくれ!」

「あおにいの彼女さん……ラブラブ……?」

 違う、恋バナに興味があるだけだった。片方は男勝りで、もう片方はすごく大人しいと言えど、やっぱり2人も女の子だもんな。そういう話に興味が出てくる年頃か。

「え、あ、そうねぇ……すごくラブラブよ?」

 あ、笹倉が一瞬こっちを見てニヤッてした気がする。そして彼女の思惑通り、早苗が不満そうな顔をし始めた。これはまた始まりそうだ。

「あおくんは私とだってラブラブだもん!独り占めしないでよっ!」

 早苗が笹倉を押し退けて双子の前で胸を張る。

「はぁ?碧斗くんは正真正銘私の彼氏でしょ?そっちこそ横取りしないでもらえるかしら?」

 今度は笹倉が早苗を押し退け、怯んだところを睨みつけた。ここは言うべきなんだろうか。『俺のために争わないで!』と。いや、やめておこう。あれが通用するのは2次元の中だけだ。

「私は碧斗くんとキスしたのよ?しかも唇同士で!」

「わ、私だって……さ、されそうになったことはあるもん!」

 ただ、誰も止めないことで2人の発言はヒートアップし、その熱量に双子たちも少し引いているように見える。

「はぁ!?そんなわけないでしょ。あなたの妄想なんじゃないの?」

「違うもん!ね?あおくん!」

 そこで俺に話を振るなよ。そろそろ忘れてきた頃だったのに……。

 てかその話、笹倉は知らないんだよな。『心が弱っていて、思わず押し倒しちゃいました』なんて言ったら、笹倉にどんな顔されるか……怖くて何も言えなかったから……。

「オ、オレシラナイ……」

「ほら、知らないって言ってるじゃない!この妄想癖女!」

「あおくんの嘘も見抜けないなんて、彼女失格なんじゃないの〜?ちゃんとそのベッドで押し倒されて、キス寸前までいったもん!」

 早苗、もうやめてくれ。恥ずかしさで顔がフランベになりそうだから……。てか、『そのベッド』つて言った瞬間に茜達が飛び退いたんだけど……なんかちょっと傷つくな。別にいかがわしいことはしてないってのに。

「じゃあ、どうしてキスはしなかったのかしら?」

「そ、それは……」

 早苗の言葉が詰まったのを見て、笹倉は勝った!とばかりに口元を歪ませる。

「キスする勇気がなかったんでしょう?結局あなたは弱虫なのよ、前に進めない臆病者なのよ!」

 効果音をつけるなら『ガビーン』とか『ズガーン』だろうか。そんな感じの表情で、早苗は力なく床に膝をついた。今回の論争は彼女の敗北だ。俺も流れ弾が当たってK.O.されてるけど。

 そのままの気分で名言など考えられるはずもなく、俺と早苗はしばらくの間ぐったりとしていたのだった。



「よし、出来たわ!」

 笹倉の跳ねるような声で我に返った。少しの間、心が体から離れていたような気がする。ミシシッピ川辺りまで飛んでいたんじゃないだろうか。

「碧斗くん、ようやく出来たわ!」

 嬉しそうにノートを押し付けてくる彼女に、課題が終わったんだなと察した。俺はまだ名言の『め』の字も出てきていないと言うのに、さすがは笹倉だ。

 それじゃあ、どんなものか見てみるか。えっと、なになに……。


『恋は一途じゃなくてもいい。

 誰がいいか、あの子がいいか。

 余所見、目移り、迷うものでいい。

 でも私は一途がいい、あなたがいい。』


「どう?」

「どうと聞かれてもなぁ……」

 俺は名言を採点する能力を持ち合わせていないし、これが世間的によくできている方かと聞かれれば、わからないと答える他ない。ただ、主観だけでいいと言うのなら、首は振れる。

「まあ、いいと思うぞ?笹倉らしいし」

 この名言は俺に向けて言われてるってことでいいんだよな?そう思うと、すごく恥ずかしいけど……。

「はっ!思いついた!」

 いまだにぐったりとしていた早苗が、突然声をあげた。そしてノートを広げると、何かを書き込み始めた。

「何かが降りてきた気がする!これは傑作だよっ!」

 描き終わると同時にバンッ!とペンを置き、ノートを見せつけてくる彼女。そこには……。


『恋はただのかくれんぼハイド&シークじゃない。見つけた瞬間から鬼ごっこキャッチ&ランに変わる。

 今の私は恋を見つけたハンター。でも、鬼のまま終わらせる気は無い。いつかあなたを追わせる側私の虜にしてみせるから。』


「どう?」

「どうと言われてもなぁ……」

 個性的で自分らしさが出ているものだとは思うのだが…………果たしてこれは名言なのか?どちらかと言うと迷言なんじゃ……。

 まあ、これ以上早苗の脳に思考させることこそ鬼だと思うし、一応「いいと思うぞ」と言っておいてやった。でも、彼女は覚えているのだろうか。これをクラスメイトの前で発表しなければならないということを。

「これで2人とも完成したわけか……」

「ええ、碧斗くんもがんばって」

「あおくんらしいのを一丁!」

 そうは言われても、すぐに出てこないんだよな。こういうのって、無駄に考え込んじゃうし。

「まあ、まだ明日がある。色んな人にアドバイスを貰って考えてみることにするよ」

 手始めに千鶴にでも聞いてみるか。あいつならいいのを思いついてくれそうだもんな。

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