第146話 俺は双子ちゃん達とゲーセンに行きたい

 大きな音がしたと同時に、周囲の電気がひとつ残らず消えた。……停電だ。

 大きな音はブレーカーが落ちた音かもしれない。それならそこまで時間はかからずに復旧するだろう。

「茜、大丈夫か?」

 暗闇で見えないが、彼女は目の前にいるはず。俺は様子を確認しようと声をかけた。だが、返事がない。暗闇の中から聞こえるのは、周りの人の声と、係の人の謝罪だけだった。何度呼びかけても、茜の声は聞こえてこない。

 ……そうだ!スマホのライトで周りを見よう。

 そう思いついた俺は、ポケットから取り出したスマホで目の前を照らした。すると、そこにはちゃんと茜がいた。けれど、様子がおかしい。

「……うぅ、暗いよぉ……」

 ポロポロと涙をこぼしながら、不安そうな表情で肩を震えさせている。一瞬、葵と間違えてしまいそうになるほど、その怖がる姿はそっくりだった。

「ああ、そうか……。茜、お兄ちゃんはここにいるぞ」

 性格が男勝りだから忘れていたが、茜は暗いところが大の苦手なのだ。昔一緒に寝る時に、部屋の電気は消さないでとお願いされたことがある。もちろん明るい部屋では寝られないので、手を握ることで安心してもらったんだけど……。

 茜は俺の姿を見つけると、崩れるように寄りかかってくる。そして俺の服をぎゅっと掴んで、胸に顔を填めてきた。

「にぃに……怖いよ……」

「っ……大丈夫だ、俺がそばに居るから」

『にぃに』という呼び方に少しドキッとしてしまった。昔は彼女も可愛らしくそう呼んでくれていたのだ。

 懐かしさと嬉しさに浸りつつも、俺は彼女を安心させるために優しく抱きしめてやる。髪を撫でてやりながら、自分がそばにいることを証明するように、何度も声を聞かせてやる。すると、強ばっていた彼女の体から、少しずつ力が抜けていくのがわかった。

「にぃに……安心する……」

 彼女からもぎゅっとしてくれたりなんかして、俺の胸もぎゅっとなったりしたが、それも数分の間のこと。復旧して明かりがつくと、茜は恥ずかしそうに俺から離れてしまった。

「べ、別に怖くなんてなかったし!にぃ……兄貴が勝手にぎゅうしてきただけだし!」

 素直じゃないところも愛らしいよな。

「じゃあ、今度押し入れにでも閉じ込めようかな?暗いところ、怖くないんだろ?」

「やだぁ……」

 想像しただけで怖くなってしまったのか、彼女はまた目をうるうるとさせる。さっきの今だから、暗闇に対する恐怖心も刺激されやすいのだろう。

「う、嘘だから!閉じ込めたりしないから!な?だから泣かないでくれ!」

 素直すぎるのも、考えものだな……。



 その後、俺たちはゲーセンのある下の階へと降りた。最後に何かを取って帰りたいんだとか。まあ、せっかく遊びに来たんだし、思い出になる品がひとつくらいあってもいいだろう。

 ズラリと並ぶUFOキャッチャーの台を眺めながら、広いゲーセンエリアを歩き回っていると、ふと茜と葵が足を止めた。どうしたんだろうと思って振り返ってみると、2人は同じ台の景品を見つめて、目をキラキラとさせているではないか。

「欲しいならやってみればいいんじゃないか?」

 この台の景品は猫耳がついた肩掛けポーチのようだ。たしかに可愛いし、これを欲しがる気持ちは分からないでもないな。

 俺の言葉を聞くと、2人は嬉しそうに頷いて、台に100円玉を2枚投入した。

 ポップな音楽が流れ始め、横移動の矢印ボタンが点滅する。金を入れた瞬間に元気を出すのは、なんて現金なヤツなんだろうか。

「…………」

「…………」

 2人は可能な限り縦から横から景品の位置を把握し、真剣な表情でボタンに手を重ねる。

「押すぞ?」

「……うん」

 2人は慎重にアームを移動させ、ちょうどいい位置で止めた。後は奥へ移動させるだけだ。もう一度位置を把握し直し、奥移動の矢印ボタンに手を重ねる2人。ウィーンという音を立てながら、アームはゆっくりと移動し始めた。


 ……アームはちょうどいい位置で止まったように見える。だが、安心はできない。ここからどうなるかは運次第だからだ。

 下降したアームは、ポーチの下へと腕を滑らせ、ゆっくりと持ち上げる。今のところ順調だ。だが、誰もが一度は目にするであろう光景が、やはりこの台でも発生した。

 もう少しで景品取り出し口……という所で、突然アームがやる気をなくし、ポーチをポトンと落としてしまったのだ。しかも、落ちたポーチは不規則に転がると、アームの届かない端の方へと行ってしまった。期待させておいて文字通り落としてくる、これがゲーセンの闇と言うやつか。

「惜しかったのにな……」

「ダメでした……」

 2人は落ち込んでいる。何か励ましの言葉をかけてやるべきだろう。そう思った俺は、ふと思い出したことを2人に伝えてみた。

「まあ、ゲーセンのUFOキャッチャーって、10回に1回しか取れないらしいからな。アームの強さが変わるらしいぞ?」

 これは本当か嘘か分からない千鶴情報だ。おそらく嘘だろうけど。

 俺がそんなことを言ってしまったからだろうか。2人の横をニコニコと笑う店員のお姉さんが通り過ぎると、2人は彼女のことを鋭い目付きで追った。

「悪魔か……」

「悪魔です……」

 確率的に取れない設定だと認識したのだろう。そのヘイトはもちろん設定した側の店員へと向けられる。多分、お姉さんは下っ端だろうから、恨むべきはもっと格上の存在なのだろうけど、2人にそんなことを言っても無駄だろうな。お姉さんは気付いてないみたいだし、そっとしておこう。そう自分を納得させていると……。

「ちょっといいか?」

 突然声をかけられた。誰かと思って振り返ってみると、そこには目つきの悪い店員のお兄さんが立っていた。まさか、お姉さんにヘイトを向けていたことがバレたのか?

「お前達、今この景品を取ろうとしてたよな?」

 突然の来訪者に2人は身構えつつも、首を縦に振る。

 しかし、警戒する必要はなかったらしい。お兄さんはポケットから鍵を取り出すと、UFOキャッチャーのガラス扉を開き、端に転がってしまった景品を元の位置へと戻してくれたのだ。

「神だ……!」

「神です……!」

 2人の目は、警戒から尊敬へと変化していた。

「あ、あまりに欲しそうにしていたからな。こんな子供に諦めを覚えさせるのはさすがに鬼だろ……?」

 お兄さんは相変わらず目つきは悪いものの、少し照れたようにそう言って、店の奥へと消えていった。なんだ、普通にいい人じゃないか。

「葵、あの神がくれたチャンスを無駄にしちゃダメだからな?慎重にやるんだ」

「うん!わかった!」

 やる気を取り戻した2人はもう一度、せっせとポーチの配置を確認するのだった……。



 無事2つのポーチをゲットしてご機嫌な2人を連れ、俺は最寄り駅から自宅までの道を歩く。

「今日は泊まって行くんだよな?この時間じゃ、もう帰れないだろ」

 2人が頷くのを確認して、俺はふぅとため息をついた。遊んでいる間は忘れるようにしていたが、やっぱり2人は隠し事をしてるよな。

 茜と葵の両親はとても過保護な人達だ。それ故に、2人だけで電車に乗せてこちらまで来させるなんてことをするとは、到底思えない。

 これは一度電話で確認した方がいいんじゃないだろうか。もしかしたら居なくなったと心配しているかもしれないし……。

「…………ん?なんだあれ」

 考え事をしながら歩いていると、気がつけばもう小森家の前だった。いつも歩いている道だと、ぼーっとしていても体が覚えてるんだろうな。

 だが、問題はその隣にある俺の家の前。その前に停まっている1台のトラックだ。見たところ配達業者らしいが、どうやら今到着したところらしく、1人がインターホンを押していた。

「あの……」

 俺が歩み寄って声をかけると、配達業者の人は振り返って「関ヶ谷さんですか?」と聞いてきた。

「そうですけど……一体なんの荷物ですか?」

 今日、荷物が届く予定なんてなかったはずだ。もしかして間違い配達とかだろうか。

「あ、スーツケース2つですね。依頼主は……冴木 茜さんと冴木 葵さんです、ご存知ですか?」

 ああ、なるほど……やっぱりそういうことか。

 点と点が線になるとはまさにこの事。2人がどうして俺のところにやってきたのか、その理由が俺にははっきりとわかったのだ。

「ええ、よく知っていますよ。……な?」

 俺はニッと笑いながら、背後にいる小さな2人に視線をやる。

「あ、あはは……」

「う、うぅ……」

 少し後ずさった2人だが、もう引き下がれないと悟ったのだろう。深呼吸をすると、2人同時にその場で土下座をしてきた。

「「し、しばらくの間お世話になります!」」

 まあ、こいつらの話は後でゆっくり聞くことにしよう。

「あ、印鑑ないんでサインでもいいですか?」

「だ、大丈夫ですよ……」

 配達業者さんの少し引いた目が印象的だった。

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