第145話 俺は双子ちゃん達とボーリングがしたい

 その後、俺たちはラウン〇ワンのある建物へと入り、エレベーターでボーリングの受付のある階まで上った。

 受付でレンタル代などを支払い、レーン番号の書かれた札を貰うと、レンタル靴を持った茜と葵と一緒にエレベーターでひとつ上の階に上がる。

「32……32……あ、あった!」

 茜が先に割り振られたレーンを見つけ、せっせと荷物を置いて靴を履き替え始めた。俺と葵も後から追いついて、同じように靴を履き替える。

「あたし、ボール取ってくるな!」

「わ、わたしも……」

「おう、いってらっしゃい」

 2人がボールを取って戻ってくるまでの間、俺は荷物を見張っておく。こんな場所じゃ、どんな人がいるかわからないからな。女子小学生の靴を狙っている輩もいないとも言い切れないし。

 数分後、6ポンドのボールを抱えた茜が戻ってきた。彼女の細い腕では、それくらいがちょうどいいのだろう。

「葵は?」

 そう聞くと彼女は、「向こうで苦戦してたぞ?」と答えた。ボールを取って来るだけなのに、どうして苦戦するんだろうか。

「ちょっと見てくるから待っててくれ」

「はーい」

 荷物の見張り役を茜に託し、俺はボールの並んでいるエリアへと向かった。葵の姿はすぐに見つかったものの、彼女の行動に俺は首を傾げた。

 置かれているボールを両手で掴んで引っ張っているらしいのだが、ボールの方はビクともしていない。パントマイムでやってるのかと思ったが、葵はそんなことをするキャラじゃないし、おそらく違うだろう。

「葵、何やってるんだ?」

「ひっ……あ、あお兄……」

 声をかけると、彼女は体をビクッと跳ねさせ、驚いた様子でこちらを振り返った。声の主が俺だと分かると少し安心してくれたみたいだけど。

「ボール、持っていこうと思ったの……」

 そう言う彼女が触れているボールを見てみると、そこに書かれていたのは『10』。つまり10ポンドの重さということだ。

「葵、これは少しお前には重いと思うぞ?6ポンドくらいのやつにしとこうな?」

 小学五年生には少しばかり厳しい重さかもしれない。これでは肩を痛めてしまうかもしれないし、真っ直ぐも投げれないだろう。そう思って言ったのだが……。

「…………」

 葵は首を横に振る。そして小さな声で言った。

「これ、あお兄の……」

 葵は優しい子だ。臆病だから周りの様子を伺って、それが偶然他人のためになっているだけなのかもしれないが、それでもこの歳で誰かのために動けるというのは、それだけで凄いことだ。

 怯えたように肩を縮こまらせながら、上目遣いで俺の顔色を伺ってくる彼女の頭を、俺はわしゃわしゃと撫でてやる。

「俺のために持ってきてくれようとしたのか?ありがとうな」

 撫でられたのが気持ちよかったのか、褒められたのが嬉しかったのか、葵ははにかんだような笑顔を見せてくれる。

「俺は自分で持っていくから、葵も葵のを持っていこうな」

「うん!」

 元気に頷いた彼女はまた別のボールに手を伸ばして……。

「んーんー!…………動かないですぅ……」

 そりゃそうだ、お前が持ち上げようとしているのは11ポンドのボール。10が持ち上がらない奴に11が持ち上げれるはずないのだから。

「も、もっと軽いのにしような?」

 俺はそう言って、6ポンドのボールを優しく手渡してやった。

「あお兄、ありがとうです……!」

 本当に、この子は賢いのかおバカなのか分からないな……。



 休憩を挟みつつ、ボーリングを5ゲーム楽しんだ俺たちが次に向かったのは、スケートが出来るエリア。アイススケートじゃなくて、ローラーの付いた靴で滑るやつだ。

 ボーリングでかなり疲労していた俺は、少し休憩したかったので、スケートはせずに2人を見守ることにした。別に滑れないからじゃないぞ?

 小さなローラー靴を履いて、よろよろとした足でスケートエリアに踏み込む2人。お互いに両手を握りあってバランスを取っている姿がとても愛らしい。

「葵、離すぞ?」

「は、はぃ……」

 まだ足元は落ち着かないが、やってみないと始まらないとでも思ったのだろう。茜が自ら葵の手を離した。

「あわわわ!……っいてて……」

 だが、案の定茜はすってんころりん。転んだ時におしりを打ったのだろう。痛そうにさすっていた。

「だ、大丈夫です……?」

 そんな彼女を心配そうな目で見つめながら、手を差し伸べてあげる葵。彼女の方はうまくバランスをとれているみたいだ。

「大丈夫、ひとりで立てるし」

 茜はそう言うが、何度立とうとしても足で踏ん張れないせいで、また尻もちを着いてしまう。

 それでも諦めようとしないのは、彼女が負けず嫌いだからかもしれない。目の前で双子の妹が出来ているのに、自分が出来ないなんて言えない!みたいな感じだと思う。

「うぅ……立てるし……」

 ついには少し目が潤んできてしまった。出来ないことが悔しいのだろう。けれど、そんな彼女を助けてあげるのはいつも葵だ。

「よしよし……大丈夫ですよ、茜ちゃんならできますよ」

 優しく頭を撫でてやると、こぼれそうだった涙も引っ込んで、代わりに勇気がひょこっと顔を見せた。

「あたしなら立てるし!」

 しっかりと足に力を込めて、手でバランスをとりながらゆっくりと立ち上がる茜。ようやく自分の力で立てたのだ。

「茜、すごいぞ!よく頑張った!」

 俺は思わず外野から拍手をしてしまう。周りの視線が少しばかり恥ずかしいが、それ以上に2人の姿に感動していた。

「ふふん、あたしならトーゼンだ」

 はにかんだような笑顔でこちらにピースサインを送る茜。

「あわわわ!……っいてて……」

 けれど、完璧まではもう少し時間がかかりそうだ。

「ひ、ひとりで立てるし!」


「兄貴は滑らないのか?」

 少し滑れるようになってきた茜が、リンクの外から見ていた俺の近くにやってきてそう聞いた。いつからか彼女の俺への呼び方が『兄貴』に変わったんだが、何度聞いても慣れない……。

 なんというか、呼ばれる度に心にグサグサと刺さってくるような気がする。今も昔も可愛いいとこではあるが、ここだけは納得出来ていないんだよな。

「ああ、俺は遠慮しとくよ」

「滑れないからか?」

「ち、違うわ!」

 本当はそれもあるのだが、一番の理由は財布がピンチなことにある。2人のボーリング代とスケートシューズのレンタル代は俺が払っているため、今月のお小遣いが底をつきそうなのだ。

 さすがに小学五年生に気を遣わせる訳にもいかないから、それを理由に出すことは出来ないけれど……。

「その慌てぶり、図星だな?兄貴、高校生なのに滑れないのか〜♪」

 ケラケラと楽しそうな表情でからかってくる茜。お前だってさっきまで滑れなかったくせに……。

「あたしがいいもの見せてやるよ、見てろよ?」

「ああ、見てるけど……」

 茜はそう言うと、ゆっくりとリンクの上を滑り始めた。この短時間でここまで成長したのかと思うと少し驚きだ。でも、だからといって調子に乗っていいわけじゃない。

 勢いをつけた茜は、リンクの上でぴょんとジャンプをした。そして横に1回転して着地―――――――――する予定だったのだろう。

 着地する際に足を滑らせた彼女は、上手く踏ん張れずに顔からリンク面に向かって転んでしまった。ちょうどヘッドスライディングみたいな感じだ。

「だ、大丈夫か!?」

 土足禁止のリンクに、俺は靴を脱ぎ捨てて飛び込むと、急いで茜の元へと駆け寄る。今の転び方は絶対に痛いやつだ。鼻血なんかが出てないといいんだが……。

「う、うぅ……痛い……」

 ゆっくりと顔を上げた茜。良かった、鼻血は出ていないみたいだ。

「あんまり調子に乗ったらダメだろ?こんな怪我じゃ済まないかもしれないぞ?」

「ご、ごめん……」

 さすがに反省したのか、彼女は素直に謝ってくれた。普段は男勝りでぶっきらぼうな感じもするが、やっぱり葵と同じで優しい子なのだ。

「よし、じゃあ今度は転ばないように――――――」

 滑るんだぞ?そう言おうとした時だった。


 ガタンッ!


 大きな音がしたと同時に、周囲の電気がひとつ残らず消えた。

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