第144話 俺は双子ちゃんたちとお出かけしたい

 5日間の学校生活を乗り越え、ようやく訪れた土曜日。家でゴロゴロしようかとも思っていたが、突如用事が出来たので、ちょうど出かける準備をしているところだ。

 もうそろそろ肌寒く感じるようにもなってきたし、制服も夏服から冬服へと移行する時期になった。俺が何気なくに手に取った外出用の服にも、自然と長袖の羽織ものが追加されている。季節が流れるのは早いもんだな。

「じゃあ、行ってきます」

 玄関で靴を履き、後ろに立っている早苗へと声をかける。彼女は肩をビクッと跳ねさせると、「気付いてたの……?」と首を傾げた。

 彼女は黒を基調とした服装で、黒い帽子を深く被り、黒いサングラスまでかけていた。どうやら俺のあとをつけるつもりだったらしい。家の中でその格好だと、余計に目立ってるんだよな。

「お前、家で待っててくれるんじゃなかったのか?」

 先程、用事が出来た時に『今日は一緒に来ない』という約束を取り付けたはずだ。きちんと先払いでバリバリ君も渡しておいたっていうのに。

「ほ、本当に行っちゃダメ……?」

 彼女はサングラスを外し、うるうるとした瞳で見つめてくる。そういう作戦か……でも、それくらいは俺にも想像できていたからな。心の準備さえできていれば、揺らがない自信はある。

「ああ、ダメだ」

「どうしてダメなの?」

「ダメだからだ」

 早苗は不満そうな表情のまま、「理由になってないよ……」と呟いた。やはりバリバリ君ひとつでは拘束力が弱かったか。彼女の手には、既にアイス部分の消え失せたアイスの棒が握られている。もう食べ終えてしまったらしい。

 早苗をこの家の中に留めておけるような、そんな彼女の興味を引く何かはないだろうか……。そう思い、きょろきょろと当たりを見回してみるも、玄関なので置いてあるのは靴や消臭剤くらいだ。

 これでは待ち合わせにも遅れてしまうし、待ち合わせ相手の『早苗は連れてこない事』という約束も破ってしまう。

「でも、デートなんでしょ……?」

「ああ、見方によっちゃそうなるな。向こうもそう言ってたし」

 生物学上の男と女で出かけることをデートと呼ぶこの世界でなら、きっと今日のもデートということになるだろう。

「私とだって最近デートしてないのに……」

「お前とは毎日お家デートだろ」

 からかうようにそう言ってやると、彼女は少し頬を赤らめたものの、「デートっていうか、同棲だし……」と納得が出来ていなさそうに視線を逸らした。いや、明らかに同棲の方がハードルが高いんだよな。感覚バグってんじゃねぇか。

「とにかく着いてきたら怒るぞ?今日我慢したら代わりにどこかに連れてってやるから、今日だけは着いてこないでくれ」

「……本当?」

「ああ、本当だ」

 俺がしっかりと頷いて見せてやると、早苗は「仕方ないな〜♪」と言いながら、サングラスを俺に渡してきた。

「私だと思って大事に持ってて!」

「お前だと思うなら、家に置いていきたいんだが?」

「ただのサングラスだと思ってください……」

「……わかったよ」

 早苗が何をしたいのかは分からないが、サングラスくらいなら別にいいかと、カバンの中のポケットへと入れる。コケたりしない限りは割れないだろう。

「じゃあ、今度こそ行ってくるからな」

「うん!気をつけてね!」

 見送ってくれる早苗に手を振り返し、玄関の扉を開いて外に出る。やっぱり肌に触れる空気は、テスト前に比べると少し冷たくなっていた。

「1枚羽織っておいて正解だったな」

 そんな独り言を呟きながら、俺は駅への道を歩き始めた。



「――――――って感じだから、早苗はちゃんと来てないと思うぞ」

 待ち合わせ場所に着いた俺は、少し遅れてやってきた少女にそう伝える。すると、彼女はあからさまにホッとした表情を見せた。よっぽど早苗、嫌がられてるんだな。まあ、無理もないか。

「あいつが居ないならあたしは満足だ」

 この女の子らしくない話し方。相変わらずだな。まあ、これがこいつのいい所でもあるから別にいいんだけど。

 少女は俺に向かってニッと笑うと、後ろを振り返って何かに向かって手招きをする。

「あ……うぅ……」

 すると、オブジェの影から目の前にいた少女と顔が瓜二つの少女が現れた。居ないのかと思ったがやっぱり居たのか。

 彼女は明らかにオドオドしながら、ゆっくりと俺の前まで歩いてくる。そして目を合わせないままペコリとお辞儀をした。こちらも相変わらずだな。

 彼女らが一体誰なのか、きっと気になっているところだろう。俺がロリを連れ回す悪徳お兄ちゃんじゃないことを証明するためにも、2人との関係値は明確にしておいた方がいいと思う。だから、紹介しておこう。



「早苗がいないなら楽しめそうだな」

 男勝りな言葉遣いと、ショートカットという髪型でよく男だと勘違いされるこちらの少女は、俺のいとこの冴木さえき あかね。身長は135くらいの、小学五年生だ。

 早苗を連れてくるなと言ったのは彼女の方で、いつだったか早苗に「かわいいかわいい!」と言われながらベタベタされまくったせいで、それがトラウマになり、早苗と会うことを断固拒否しているのだ。

 まあ、あの時はかなり酷かったからな。抱きしめて離さないって感じだったし、小さい頃にあれをされたら、トラウマになっていてもおかしくはないかもしれない。


「お、お久しぶり……ですぅ……」

 そしてもう1人の大人しい方の少女。彼女は茜の双子の妹の冴木さえきあおい。見た目が茜とそっくりで、顔だけだったらまず見分けがつかない。いつもどことなく感じる雰囲気と、話し方や髪型で見分けていたりする。ちなみにこちらは長めのストレートだ。

 活発な茜とは違って葵の方は、昔の早苗を思い出すほどの人見知りはまだ継続中らしく、心を開いてくれたと思っても、会う度によそよそしさが復活しているような気もする。

 それでも初めましての頃よりかは遥かに進歩していて、今では手くらいなら繋いでくれるようになった。彼女の小さな手は、いつ握っても妹感がひしひしと伝わってきて、守ってあげたくなるんだよな。茜の方はむしろ一人で頑張ってこい!ってくらいなんだけど。



「それで、今日はどうしたんだ?いきなり呼び出すなんて珍しいな」

 というかそれ以前に、2人がここまで来ること自体が珍しい。彼女らの家はここから2、3県分離れたところにある。小学五年生の女の子2人だけでは、そこまでの長旅は難しいはずだ。それなのに、2人の両親の姿はどこにも見当たらない。

「あ、それはさ……えっと……」

「…………」

 俺の質問に茜は言葉を詰まらせ、葵は目を泳がせた。明らかに何かを隠しているよな。

「お前たちもしかして――――――――――」

「あ、あたしたち行きたいところがあるんだ!兄貴、連れて行ってくれよ!」

「え?あ、おう。別にいいけど……」

 今、明らかに言葉を邪魔してきた。何としてでも隠しておきたいってことか。それなら俺にも考えがある。

「よし、じゃあどこに行きたいんだ?」

「え、えっと……あっちだ!」

 茜が指さす方向には、確かラウ〇ドワンがあったはず。1日遊ぶなら持ってこいの場所だよな。

「葵もそれでいいか?」

「…………」

 葵は無言で頷く。反応が薄いようにも感じるが、彼女としては十分了解の意を示す動きだ。まあ、隠し事をしているという罪悪感もあって、緊張しているというのもあるのかもしれないけどな。

 まあ、とりあえずは彼女らの言う通りに1日遊ぶことにするか。隠し事についてはその後だ。

「茜、昔みたいにおんぶして連れてってやろうか?」

「するか!子供扱いはやめろよ!」

「じゃあ、葵は?手を繋いで歩こうか」

「い、いいですぅ……」

 二人共に断られてしまった。今日はお兄ちゃんヅラはさせて貰えそうにないな。残念だか仕方ない、2人の成長を喜んであげるとしよう。

 俺はスタスタと先に行ってしまう茜の背中を見失わないようにしながら、スローペースな葵の隣に並んで歩きだした。

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