第143話 俺は花摘みさんの思い出話を聞きたい

 別棟の入口近くにあるベンチに腰掛けた俺達は、道中で購入したりんごジュースとファ〇タ(グレープ味)で喉を湿す。

 ちなみにファ〇タってフローズンドリンクにすると結構美味しいんだぜ?ぜひやってみてくれ。

「ふぅ〜」

 ペットボトルから口を離した御手洗さんが、心の中の重い空気を吐き出すようにため息をついた。

「話したいこと、話せるか?」

 ここまで来たはいいが、やっぱり話したくないってことも有り得なくはないだろう。御手洗さんにとって俺は、そこまで信用していい人間じゃないだろうしな。

 しかし、彼女は首を縦に振った。躊躇うことなくしっかりと。その瞳にあるのは決意……だなんてかっこいいナレーションは付けられないけれど、確かに真っ直ぐな何かは感じられた。

「実は私……」

 そして、彼女は言葉を紡ぎ始める。今更ながら、俺の中にも覚悟のようなものが生まれた。彼女の秘密を知る覚悟、そしてそれを否定しない覚悟だ。

 一度深呼吸をした御手洗さんは、もう一度同じ言葉を繰り返し、そしてその秘密を打ち明け始めた。

「碧斗さん、気付いていましたか?私が『真面目』とか『清楚系』だとか、そういう言葉を言われる時に嫌な顔をしてしまうことに」

 彼女の言葉に、俺はしっかりと頷く。体育祭の時も、さっきだって、彼女はそのワードに反応していた。まるで、そこに嫌な思い出でもあるかのように。

「私、今はこんなですけど、昔は悠亜ちゃんみたいだったんですよ」

「……え?」

 驚きのあまり声が漏れてしまう。目の前にいる黒髪の清楚系の女の子が、昔はギャル増し増しだった?容易には信じ難いな……。

「意外ですよね。でも、中学の時はそうだったんです。あ、でも、悠亜ちゃんは逆です。あの頃のあの子は今の私みたいに大人しい子でした」

 まさかの2人の性格が逆転していたパターンだ。こんな話を聞いてすんなりと受け入れることは出来ないが、彼女が嘘をついているとは思えないし、そもそもそこに嘘をつく理由が見当たらない。ということは、彼女は本当に中学時代はギャルだったということになる。

「どうして2人の性格は反対になったんだ?」

 俺がそう聞くと、御手洗さんは少しだけ目を見開いて、「いい質問ですね」と微笑んだ。

「私、いじめられたんです」

 あまりにもあっさりとした告白に、俺は少し遅れてから「どうして?」と聞き返す。

「どうして……理由はそうですね……。『派手すぎてウザかったから』って言われました」

 それを聞いて俺は思い出す。南がいじめられた原因は『地味でウザかったから』だった。育った場所によって、その周りの環境によって、いじめられる理由は様々で時には理由自体が存在しないことだってある。

 いじめられっ子を作り出すのはやっぱり、いじめられっ子自身ではなく周りの環境というわけだ。

 集団がいれば、はみ出し者のひとりやふたりは生まれて当然。人間、合う合わないは自分では決められないのだから。だが、それが悪意のある除外に変わった瞬間、グレーだった両者の間に、ハッキリと色がつくようになる。

 いじめた側が黒で、いじめられっ子が白。

 原因が両者にあるというのならば辛うじて受け入れられるが、人の心を持っていたなら、『いじめられる方が悪い』なんてことは言えないはずだからな。

 だって、生まれる場所さえ違えば、いじめられることもなかったかもしれないのだから。

「一人称は自分の名前、髪は明るめの白金にピンクのメッシュ、恥ずかしながらぶりっ子のようなポーズもよくしていました……」

 なんだろう、どの特徴も神代さんに当てはまる気がする……というか同一人物について話されているのかと思うくらいに同じだ。

「私、仲良くしてた友達に裏切られたんです。ついでにその時にいた彼氏さんにも」

「それってつまり……」

 俺の問い返しに彼女は頷く。

「彼氏をとられちゃったんです。『私の方がいいって言ってたよ』って。彼氏さんにも確認しようとしたんですけど、『前からウザかったんだよね、別れられて清々した』って話してるのを聞いちゃって……」

 これはかなり傷つくやつだ。友達と彼氏、二つのものを同時に失う、それがどれだけのショックかは俺には想像も出来ないが、少なくとも俺が経験してきた全てのショックを足しても尚、足りないくらいだろうと思う。

 いや、この表現はおかしいのか?人それぞれ感じ方が違うとはよく言うが、同じ出来事を経験しても人によって傷つき方は違う。

 要するに、その傷つき方よりも、大切なものを2つ失ったという事実の方が重要視すべきなのだ。俺で言うところの、笹倉と早苗から同時に嫌われるようなものだ。片方だけでも絶対に耐えられないというのに。

 想像するだけで、未来が見えなくなるほどに苦しい。ただただ生きるのが怖くなる。最も信用していた者に見捨てられ、周りの全てが悪に見える。

 御手洗さんはそんな感覚を、想像ではなく現実で体験したのだ。その絶望は数字なんかで量れるものじゃない。

 けれど、そんな彼女は今こうして生きて話している。つまりそこには何か支えがあったわけで……。

「そんな時、悠亜ちゃんが今のようなギャルの姿になったんです。もちろん私は気付きました、彼女が私の身代わりになろうとしてくれていることに」

 あの神代さんにそんな友達想いな一面があるのか。やっぱり人は見た目に寄らないな。

「私はやめて欲しいと頼みましたが、彼女は聞いてくれませんでした。それどころか私に、髪を黒に戻して欲しいと言ってきたんです。自分みたいな大人しい子はクラスに1人は必要だから、リコちゃんが代わりになってくれる?って」

 なんだろう、神代さんが見た目よりも悪い人じゃないということがわかると、さっきの対応が申し訳なくなってきた。今度会ったら謝っておこう。

でも、その前に聞いておきたいことがある。

「……神代さんはいじめられたのか?」

 俺がそう聞くと、御手洗さんは小さく頷いた。やっぱり、いじめっ子たちはいじめられるなら誰でもいいと思ってるんだな。だから、そんなにも優しい彼女のことを……。

「でも、悠亜ちゃんはあまりに突然変わったから、いじめてた子達も驚いてしまって、しばらくは何も無かったんです。それにいじめられ始めても、あの子には守ってくれる友達が沢山いたから……」

 神代さん、意外と人望があるんだな。早苗が突然ギャルになったら、俺は少し距離を置いてしまうかもしれない。そう考えると、彼女の周りはみんないい子ばかりだったってわけだ。

「高校で同じ学校に行くということが分かった時、悠亜ちゃんは言ったんです。『髪と性格はこのままで行こうね!ユアちゃんが異質で、リコちゃんが普通。それならリコちゃんがいじめられることは無いからね♪』って」

 あのギャル増し増しの裏には、そんなドラマティックなエピソードがあったのか。友達を守るために髪色も性格も変えるなんて、なかなかできる事じゃないぞ。

「そういう訳で、清楚系だとか真面目だとか言われると、私は胸が苦しくなってしまうんです。おそらく悠亜ちゃんへの罪悪感だと思います」

 彼女の人生を歪ませてしまったことへの……と彼女は付け足した。だが、俺はその一言に首を傾げる。

「それは違うんじゃないか?」

 神代さんが色々とイメチェンしたのは、確かに御手洗さんが原因だ。でも、神代さんは嫌そうな顔なんてしていなかった。むしろ楽しそうだっただろう。

 そう伝えると、御手洗さんは「でも……」と俯いてしまう。

「言っていないだけかもしれないですし、わからないですから……」

 まあ、確かに友達にも言えないことだってある。人間は家族のような親しい間柄にだって秘密を作るくらいに秘密好きの生き物だ。でも、この話ばかりはそんな性はないと考えてもいいと思えた。

「自分を変えてまで人を助ける人間が、そんなしょうもない嘘をつくとは思えないけどな」

 あんなエピソードを聞いた後だから、神代さんのことを過大評価しているのかもしれない。ほとんど話したこともないのに、彼女の何がわかるんだと言われてしまえばそれまでだ。だが……。

「話を聞く限り、神代さんは優しい人間だ。優しい人間は嘘をつくのが苦手なものなんだよ。ずっと一緒にいて、彼女は御手洗さんの前で文句を呟いたことはあるか?ため息をついたことはあるか?」

「………………ないです。いつもニコニコしてて、私を笑顔にしてくれます」

「だろ?だから信じていいんだよ。その優しさになら、どれだけ甘えてもいいんだよ。むしろそうしてくれない方が、彼女にとっての苦だと思うぞ?」

 優しいことをしたら、ありがとうと言われないと満足出来ないのが人間だ。でも、神代さんが求めているのはそうじゃない。単純な言葉なんかじゃなくて、自分の作った『いじめられない世界』の中で、御手洗さんが幸せに過ごしてくれる。それこそが最大級のお礼なのだ。

「その思い出、ずっと忘れられないんだろ?なら、ちゃんと見せつけないと。お前のおかげで自分は今幸せだ、どうだ!……ってな」

 そこまで言うと、俺は彼女の両肩に手を置き、その目を真っ直ぐに見つめる。そして伝えるべきことを端的に口にした。


「神代さんの前で思いっきり笑ってこい!」


 御手洗さんは少しの間俺を見つめ返していたが、その全てを受け入れたような笑みを見せると、「行ってきます!」と言ってベンチから立ち上がる。そして軽く手を振ると、給品部のある方へと走り出した。

 これで彼女の問題も解決するだろう。これからは気兼ねせず、二人でさらに仲を深めていってくれるとありがたいな……。

 そんなことを思いながら、ふと時計を見る。


「…………って、いつの間にか予鈴鳴り終わってるじゃねぇか!御手洗さん!?授業遅れるから放課後にしなよ!」


 俺は慌てて彼女の背中を追いかけた。結局遅刻して怒られたんだけど。まあ、こういう怒られ方なら悪い気はしない。

「あなた、最近たるんでるわね?後で職員室に来なさい」

 二面相女教師にまた呼び出されたのは、ちょっとばかり腹立たしいけど。

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