第142話 俺はノートを買いたい
ある金曜日の昼休み。俺は足早に階段を降りていた。目的地は給品部、買うものはノート2冊。5時間目の科目で使っている授業用ノートを使い切ってしまっていたことをすっかり忘れていて、このままではノート忘れになってしまうのだ。だから慌てて買いに来たのだが……。
「あれ?」
そこには既に先客がいて、彼女はノートを5冊も抱えていた。
「御手洗さん?」
その顔に見覚えがあって、咄嗟に声をかける。彼女の「ああ、碧斗さん!」という声で、その認識は確信に変わった。
彼女は1年生の時にお昼の放送を担当していた御手洗さん。そして体育祭の司会を手伝わせられた……いや、一緒に頑張った御手洗さんだ。
「久しぶりだな。御手洗さんもノートを忘れたのか?」
「いえ、買い溜めをしておこうと思いまして。知ってます?この給品部、ポイントカードがあるんですよ?」
「そんなものがあるのか……」
コンビニならわかるが、給品部でポイントカードってのは初耳だな。まあ、無いよりかはある方がいいのかもしれないが、果たして3年間で溜まるものなのだろうか。そんな頻繁に来る場所でもないからな。
「それを考えたのが、この
御手洗さんはそう言うと、給品部のレジカウンターの向こう側にいる女の子を示した。
「うぃっす!初めまして〜♪ユアちゃんだお!」
元気に挨拶をしてくれる彼女の胸元には、『
緩やかにカールを描いた明るめの白金髪、メッシュで所々にピンクも混ざっている。色つきのリップでも塗っているんだろうか、明るくて魅力的に見えるピンク色の唇。片手ピースをあえて左目の周りに持ってくるその仕草。
なんだろう、唯奈とはまた違ったギャル感を感じる。正直あまり得意なタイプではない。こういうタイプは距離感が掴めないからな。
「お兄さん、ユアちゃんに会いに来たの〜?それとも何か買いに来たの〜?」
ほら、やっぱり。初対面なのに会いに来るわけねぇだろ……と思いつつ、御手洗さんの知り合いっぽいので何も言わないでおく。
どうやら、彼女は今日の給品部担当らしい。俺の高校では、立候補制で曜日ごとの給品部担当を生徒から選出している。少しでも給品部のおばちゃんの負担を減らそうと、何年か前の生徒会長が決めたんだとか。
もちろん昼休み以外の休憩時間は短すぎるので、担当するのは昼休みと放課後の30分間だけとなっているものの、選出されれば給品部で買い物をする時に2割引になるバッチが貰えるらしい。ちなみにそのバッチの貸し借りは禁止だ。
「悠亜ちゃん、あんまり馴れ馴れしくしちゃダメだよ?すみません、碧斗さん……」
「いやいや、全然気にしてないよ。元気があってよろしい!って感じかな」
御手洗さんはなんていい人なんだろうか。こんなギャル感増し増し野郎の味方をするなんて……。
「御手洗さんは神代さんのこと、苦手じゃないの?」
俺は自然とそう聞いていた。よく考えたら、本人の前で苦手とか酷いよな。
「いえ、私と悠亜ちゃんはもう10年以上の付き合いなので……」
「……え?幼馴染ってこと?」
俺の質問に、御手洗さんはしっかりと頷いて見せる。
こんなにも噛み合わなさそうな2人が幼馴染なのか……。清楚系とギャル……いや、笹倉と唯奈のこともあるし、意外といい組み合わせなのかもしれないな。
「あ、お兄さんお兄さん!実はね〜昔はユアちゃんとリコちゃん、性格が――――――――――」
「ちょっと悠亜ちゃん!?それは言わない約束でしょ!」
何かを言おうとした神代さんの口を、慌てた様子の御手洗さんが塞ぐ。リコちゃんというのは御手洗さんの名前だろう。お昼の放送でそう言っていた記憶がある。
でも、そんな慌てた様子で隠すようなことって、一体なんなのだろうか。少し気になっちゃうな。
「もぅ……分かったよぉ……。ユアちゃん優しいから、黙っていてあげる♪で?お兄さんは何を買いに来たの?」
神代さんは不満そうだった表情を一瞬で笑顔に変え、俺にそう聞いてきた。
「えっと……ノートを2冊もらえるか?」
授業用と予備のノートだ。ほかの教科でも同じような事が起こるかもしれないし、その時になって焦ることのないよう、今のうちに買っておこうと思ったのだ。だが……。
「あ、ごめんなさ〜い!リコちゃんに売ったのが最後だったんだ〜♪だから諦めてね〜♪」
……なんとも軽い対応だ。でも、在庫が無いなら仕方ないか。
「そうか、じゃあ諦めるよ」
俺がそう言って帰ろうとした瞬間。
「待ってください!」
御手洗さんに呼び止められた。どうしたんだろうと振り返ると、彼女はノートを2冊、こちらに向かって差し出していた。
「私、今すぐ必要なわけじゃないので譲ります!」
「いや、譲るなんてそんな……。ルーズリーフでも使えば今日はなんとかなるし、そんなことまでしてくれなくていいぞ?」
俺はそう言うも、彼女はノートを差し出した手を引っ込めようとはしない。
「タダで譲られるのが嫌なら、半額を払ってもらえますか?それなら私も満足ですから!」
そんなことをして彼女になんの得があるのかは分からない。むしろ金銭的には損しているわけだし……。でも、ここまでしてくれている厚意を無下にするのも、なんだか違う気がする。
「ありがとう、有難く使わせてもらうよ」
俺は財布から半額分を取り出すと、それらをノートを手放した後の手のひらの上へと置いた。
「いえいえ、どういたしましてです!」
嬉しそうな御手洗さんの笑顔は、例えるならまるで天使のようだった。
「じゃあ、戻りましょうか」
「ああ、そうだな」
俺たちは給品部に背中を向け、教室のある方へと足を向ける。
「毎度あり〜♪」
神代さんの元気な声を背中に受けながら。
「御手洗さんって、小学生の時から放送部だったりするのか?」
「はい、ずっと放送部です。これでも小学生放送部選手権では、全国大会にも出たんですよ?」
誇らしげな顔で胸を張って見せる御手洗さん。放送部選手権というのは初耳だが、彼女ならそれくらいの実力はあるだろうなと思えた。
俺達は階段を上り、2年生の教室が並ぶエリアへとやってくる。廊下には次の授業の用意をしたり、友達と談笑している生徒たちが少なからずいる。
「御手洗さんって、意外と社交性がある方なのかな?」
俺はふと浮かんできたことを、そのまま口にしてしまった。
「意外と……?」
「あ、いや、悪い意味じゃなくてさ……。大人しそうに見えるのに、神代さんみたいな人と仲良くやってるんだな……って」
慌てて弁解するも、変な言い訳しか出てこない。見てみると、御手洗さんは顔を少し俯かせながら、胸の辺りを握りしめていた。
確か、前に清楚系だと口にした時も、彼女は同じような反応をしていた。つまりこの話題は彼女にとってタブーなのだ。
「ご、ごめん!無神経な事聞いちゃって……」
「いえ、いいんです。私だってもうそろそろ乗り越えなきゃいけないんですから……」
乗り越える……というのは、一体どういう意味なのだろう。彼女の過去に何かあったのだろうか。
「お詫びって訳じゃないけど、俺に出来ることがあったら頼ってくれ。友達に話しづらいことがあるなら、俺が全部聞いてやる。全部聞いて、望むなら全部忘れてやるから!」
少し熱がはいりすぎたからか、それを聞いた御手洗さんはクスクスと笑い始めた。そして、教室の扉の小窓から中を覗き込み、頷いてからまた俺の方へと視線を戻す。
「まだ時間はあるみたいなので、今聞いてもらってもいいですか……?」
御手洗はそう言うと、歩いてきた道を戻り始めた。どこが人気の少ない場所で話したいのだろう。
「ああ、いいぞ。いくらでも聞いてやる」
俺は彼女の背中を追いかけて、また廊下を歩き始めた。
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