第141話 俺は(男)友達に相談したい

「ねぇ、知ってる?」

 翌朝、登校中のこと。俺の右隣を歩いていた早苗が豆〇ばのように聞いてきた。

「何をだ?」

「ほら、昨日から広まってる噂のこと!」

 噂?一体なんのことだろう。

「碧斗くん、知らないの?遅れてるわね」

 俺の左隣を歩いていた笹倉が、呆れたように首を横に振った。昨日の噂を知らないだけで、遅れてるって言われるのか。JK界隈はシビアだな。

「それで……なんの噂なんだ?」

 俺が笹倉にそう聞いてみると、彼女は一瞬視線を横に逸らす。あれ、なんか怪しくないか?

「それは……その……」

「笹倉、もしかしてお前……」

「ち、違うわよ!?ど、ド忘れしちゃっただけよ!」

 笹倉は意地っ張りだなぁ〜。まだ眠いくらいの朝なので、俺もそこまで深追いする元気はない。なので、「楽になろうや」とだけ言っておいてやった。

「その優しい言葉が人を傷つけるのよ……」と悲しい目をされてしまったけど。やっぱりJK界隈はシビアだな。

「笹倉さんも知らないんですかぁ〜?遅れてますねぇ〜♪」

「お前は無駄に煽るな」

 見たこともないくらいのドヤ顔をする早苗の額にチョップをお見舞し、一度落ち着かせる。

 噂好きが多い俺たちの学校じゃ噂はかなり重要ではあるが、そんなもの知らなくても生きていけるからな。いわば、噂は雑学なのだ。知っていたら便利だけど、知らなくてもいいよね……くらいのものだし。

 少し力を入れすぎたのか、チョップされた所を擦りながら早苗はまた口を開く。

「昨日、黒髪の美少女が廊下を走っていたのを目撃した生徒が沢山いるんだって。しかも、その生徒は名簿には載っていない……2番目のブロンドちゃんとも言われているんです」

 あれ……なんだかこの話、身に覚えがあるんだけど。

「確か……ちょうどあおくんが私を待たせてた頃だよ?」

 その一言で俺は察した。これ、俺の事だ。

 俺は昨日、空き教室を飛び出した後、薫先生を追いかけて学校中を走り回ったからな。予想以上にたくさんの人の目に付いたのだろう。なんとか制服は取り返すことが出来たものの、空き教室に戻ると鍵が閉まっていて……どこで着替えようか悩んだんだよな。

 あの格好で男子トイレに入るのも気が引けたし、逆に男子の姿で女子トイレから出てくるというのも、通報されちゃうからな。結局多目的トイレで着替えることにしたんだが、多目的トイレの『多目的』ってのは、着替えにも使えますよって意味なんだろうか。生涯の謎かもしれない。

「ブロンドちゃんの友達だとも言われてたよ?黒髪ちゃんって呼ばれてるみたい♪」

 まあ、確かに友達ではあるが……どっちも男なんだよな。それに美少女ってなんだよ、どう見ても黒髪ちゃんは男だろ。

 やっぱり走ってたからあんまり顔が見えなかったんだろうか。それならそれで助かったけど。もしバレてたら、かなりやばかったかもしれないもんな……。

「……あおくん、大丈夫?顔色悪いよ?」

「え?あ、いや、なんでもない」

 まずいまずい、不安の色が顔に出ていたらしい。これはどこかで解決しないと、そのうちボロが出るかもしれないな。

「そぅ?ならいいけど……。ふふふ♪私も美少女なんて言われてみたいな〜♪」

 弾むような足取りで、楽しそうにそう口にする早苗。本当に、こいつはお気楽でいいな。

「私も言われてみたいわね、特に碧斗くんから」

 俺の方にチラチラと視線を送り、口元を緩ませる笹倉。え、これ期待されてるのか?

「えっと……笹倉は美少女だな」

 口にするとやっぱり恥ずかしい……。だが、彼女としてはご不満なようで。

「心がこもってない……」

 不服そうにそう言われてしまった。

「笹倉は可愛いよ」

「……っ♪今日一日を乗切る元気が出たわ」

 俺の一言でそんなに嬉しそうな顔をしてくれるのか。なんだか俺まで嬉しくなってしまう。

「あ、あおくん!」

「ん?どうした?」

 笹倉から視線を外し、早苗の方へと向けると、彼女はキラキラとした目でこちらを見つめていた。なんだろう、何かを期待されている気がする。いや、みなまで言わなくてもわかってるんだけどな。

「はいはい、早苗も可愛いよ〜」

「私だけなんか雑じゃない!?」

 やっぱり、朝から2人同時に相手するのは疲れるな。俺もイケメンって言われたら、元気出るのかな……言われねぇけど。



「いや、可愛いわ……」

 放課後、千鶴の家に来た俺は、何故か彼にまた女装をさせられていた。もちろん彼自身も女装している。『黒髪ちゃん』の噂について話せるのは彼しかいないと思い、相談に乗ってもらおうと思っていたのだが、彼はあろうことか「女装をして見せてくれ」と頼んできたのだ。

 彼の女装コレクションを借りてしてみたものの、先程から聞こえてくる感想は『かわいい』ばかり。彼にとっては褒め言葉なのかもしれないが、俺にとっては恥辱的なワードでしかない。

 ていうか、聞きたいのはかわいいじゃなくてかっこいいなんだって……。

「あ、あのさ……いつまで続ければいいんだ?」

 もうこれで5、6着目だ。そろそろ俺の羞恥心メーターも振り切れてしまいそうなのだが……。

「ああ、悪い悪い。他の人の女装が見れる機会なんてなかなかないからテンション上がっちまって……」

 千鶴はそう言うが、そういうものなのだろうか。でも、確かに自分が好きなことを一緒にしてくれる人がいたら、楽しくなっちゃうかもな。

「いやぁ、でも想像以上に似合ってるぞ?」

「そ、そうか……?」

 魅音達も同じことを言ってくれたが、自分ではあまり実感がわかない。いつも毎朝鏡で見ているこの顔が、そのまま女装するなんて考えたら寒気がしてくるくらいだし。

「碧斗は女装するとオーラが変わるんだよ。男って感じから女って雰囲気にな。ちょうどスイッチを切り変えるみたいな感じで」

「いや、よく分からん。とりあえず脱いでもいいか?さすがに友達の前でずっと女装は恥ずかしいんだよ」

「それは俺への当て付けか?」

「そういう意味じゃねぇよ!」

 被害妄想が激しいやつだな……。

 俺は千鶴の返事も聞かずにさっさとTシャツを脱ごうとする。を早く男の格好に戻って安心したいからな。だが、そんな俺を彼は止めてきた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

「……なんだよ」

 あからさまに不機嫌な声に、一瞬気まずそうな表情を見せたが、それでも千鶴は脱げかけのTシャツを離そうとはしない。

「俺とツーショットを撮ってくれ!こんな機会、二度とないと思うからさ!」

 ツーショットって……俺のこんな格好を写真に残す気かよ。ただでさえ薫先生に弱みを握られてるってのに……。

 ただ、自慢じゃないが俺は頼まれたら断れないタイプの人間だ。ここまで必死な視線を向けられてお願いされてしまえば、あとは首を縦に振る他ない。まあ、彼の女装姿も写っているなら拡散される心配はないし、そもそも千鶴はそんなやつじゃないって信じてるしな。

「わかった、ちょっとだけだぞ?」

「1枚だけって言わないところが、俺がお前の好きなところだな」

「うるせぇ、早く撮れよ」

 揚げ足を取りやがって……と愚痴をもらしつつ、彼の横へと並ぶ。自撮りの要領で内側に向けられたカメラは、しっかりと俺たちを写していた。でも、彼は不満ならしく。

「もっと寄ってくれよ」

 そう言いながら自分から肩を寄せてきた。

「ち、近くないか……?」

 普段の彼なら別にいいが、女装している時の彼に近付かれると、俺の脳は女子が至近距離にいると勘違いしてしまうらしかった。だから、ほんの少しだけ問題があるのだ。あくまでほんの少しだけだけど。

「ふふふ♪いいだろ〜♪」

 彼はそう言いながら俺の肩に手を回し、グイッと顔を寄せてきた。そして――――――――――。


 ――――――――ちゅっ♡

 ――――――――カシャッ!


 2つの音が同時に聞こえてきた。

「………………は?」

 俺の思考は完全に停止してしまう。右頬に残る感触、あの音、そして顔を赤らめる千鶴。

「い、今のって……」

「……き、キスだけど?」

 視線を逸らしながら、微かに震える声で彼はそう言った。いや、キスだけど?じゃねぇよ……。

「お、お前なぁ!自分がなにした変わってんのか!?」

「分かってるよ!好きなやつのほっぺにちゅーしたんだよ!なんか悪いか!」

「え、えぇ……」

 なんで俺が怒られてるんだよ……。

「ど、どうせファーストでもないんだろ?ならいいじゃねぇかよ……」

「そういう問題じゃねぇってのに……」

 なんだか、(男)友達との超えてはいけないラインを超えてしまった気がする。正確には一方的に乗り越えて来られたんだけど。

「まあ、ちゃんと撮影できたし満足だな♪」

「スマホを寄越しな、お前の脳内データも一緒に削除してやるよ」

「ちょ、そんな怒らなくても…………やめてくれぇぇぇぇぇ!」


 その後、スマホの方のデータは無事に削除することに成功したとさ。めでたしめでたし。

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