二学期中盤 編

第139話 俺は二面相女教師に呼び出されたい

 ある日の昼休み。いつものように早苗&笹倉と昼飯を食べた俺は、ふくれた腹に感じる満足感に浸りながらウトウトとしていた。

「あおくん、眠いの?じゃあ私が子守唄を歌ってあげよっか?」

「あら、碧斗くんはもう高校生よ?膝枕で安眠する方がいいに決まってるわよ」

 相も変わらず昼休みは一段と騒がしい2人。俺としてはどちらも恥ずかしいので、喜んで拒ませて頂きたいところである。

 眠気が全力で引き下げてこようとするまぶたを開いて、教室の前方を見てみれば、唯奈ら女子グループに混ざって、一回り年上の女性がいるのが分かる。薫先生だ。

 彼女は最近になって、『生徒との積極的なコミュニケーションは大事よね!』などと言い始め、時々昼休みにやって来ては、生徒と一緒に昼食を食べるようになったのだ。

 確か、前回は塩田達のグループと食べてたな。確率的に、次が俺達のところである可能性……いや、恐れはかなりある。来週は毎日食堂で食べることにしようかな。

 まあ、この状況を素直に受け止めるなら、『本当の顔を隠している先生が、生徒たちと打ち解けようと努力している』という感じで、なんとも微笑ましい関係値ではある。

 しかし、俺は知っている。薫先生、実は職員室でハブられているのだ。ほかの先生が噂しているのを偶然にも聞いてしまってな。

 作ったキャラではあるものの、上から目線と強気な態度が、先輩教師らから目をつけられているのだ。この現状も重ねて見てみると、現実はこんな感じだ。


『薫先生は、ハブられている職員室内にいるのが苦痛で、適当な理由をつけては生徒たちと食事をすることでぼっちを回避している。』


 友達が多くない俺が言うのもなんだが、あの人にはすごく悲しいことをしている自覚を持って欲しい。本性を知ってもなお、誰にも言いふらしていない俺を褒めて欲しいくらいだ。


「ふわぁぁ……眠っ……」

 余計なことを考えたせいで、さらに眠くなってしまった。これでは午後の授業が心配だ。今のうちに睡眠を取っておかないと……。

「あおくんにされるなら膝枕より腕枕だよ!守られてる感じがして安心するもん!」

「ふっ……胸枕の方がいいに決まってるわよ。碧斗くんの男の子らしい胸筋を枕にすれば、安らかに眠れるのよ!」

 お前ら、まだ口論してたのか。いつの間にか子守唄が消えて枕の話になってるしそもそも俺がする側なの?眠いのは俺なんですけど。……てか胸枕ってなんだよ、初耳だわ。

 最近よく耳にするJK語ってやつだろうか。やっぱり住んでる次元が違うんじゃないかってくらいよく分からないな。

「で、あおくんは肉じゃがとハンバーグ、どっちが好きなの?」

「碧斗くんのために作るんだから、碧斗くんの好きな方を選んでいいわよ。ちなみにハンバーグは私の案だから」

 いやいや、話の展開が謎ムーブすぎる……。俺だけ時間飛んでんの?ってくらい間の話がぶっ飛んでるな。最近の女子高生はみんなこんななのか?コミュ力高すぎだろ。

「どっちでもいい……」

 眠気が限界に達しそうな俺は、適当にそう答えると、ゆっくりと額を机に着けた。何やら2人の批判の声が聞こえてくるが、対応する気力も残っていないので、そのまままぶたを閉じる。

 何度かふわっとした感覚を味わった後、俺は夢の世界へと引き込まれていった。



「関ヶ谷君、起きなさい」

 名前を呼ばれ、机に伏せていた顔を上げる。寝ぼけ眼をゴシゴシと擦って前を見てみれば、薫先生(Ver.怖)の顔がすぐ目の前にあった。

「ひぃぃ!来るな、この反面教師!」

「誰が反面教師よ。関ヶ谷君は後で職員室に来なさい」

「あ、は、はい……」

 やっちまった。寝ぼけていたとはいえ、悪口を言ってしまうなんて……。彼女が俺を呼び出す時は、どんな形であれ大抵が人生相談をしてくれという隠語みたいなものだ。だから、これ自体はどうって事ないのだが、俺としてはみんなの前で寝ぼけているところを見られたことの方が恥ずかしい。

 なんで起こしてくれなかったんだよ!という気持ちで早苗と笹倉の方を見ると、彼女らは同時にニヤリと笑った。あいつら、こうなることを予測してたのか?本当にいい性格してやがる……。

「あなた達、ちゃんと授業に集中しなさい。それくらいなら猿でも出来るわよ」

 いつも持ち歩いているやけに長い定規をパチパチと手のひらに打ち付けながら、冷たい視線を送ってくる薫先生。今日も怖い先生の仮面は取れないままらしい。



 そして放課後。HRが終わると同時に教室を出た俺は、薫先生に連れられて職員室……ではなく、空き教室へとやってきた。

 本当に怒られるわけではなさそうだ。まあ、彼女が怒ったところで、本性を知っているから怖くはないが、内申点のことを出されると対抗できないからな。慎重になることこの上なしだ。

 後ろ手に扉を閉めると、内側から鍵をかける。誰かに見られることの無いように、子窓のカーテンを閉めておいた。

 美人女教師と密室で二人きり。言葉だけならこんなシチュエーション、薫先生ファンのクラスメイトと変わってやりたいくらいだ。きっと鼻血どころじゃ済まないぞ。

「で、今日は何を相談するんですか」

 俺がテンプレのセリフを吐くと、彼女はいつも通りイスを用意……しなかった。

「いえ、今日は違うわ。あなたをここに連れてきたのは、ある人に頼まれたからよ」

「ある人……?」

 なんだか嫌な予感しかしないんだが。これは手遅れになる前に逃げる方が得策だろう。

「そういうことなら俺は帰らせて…………」

 外に出ようと扉の鍵を開けた瞬間、俺ではない誰かによって扉が勢いよく開かれる。そしてその誰かと目が合って、俺の体の動きは止まった。

「関ヶ谷先輩、そろそろお願いを聞いてもらわないと……」

 そこに居たのは魅音だった。彼女は俺の体を押し返すと、扉の影で見えていなかったもう1人の人物と共に、教室に入り鍵を閉める。

 これは……嵌められたのか?完全に逃げ道を塞がれている。無理矢理なら逃げれなくもないだろうが、まだ危害を加えられていない魅音に、怪我をさせるなんてことはしたくない。

 そもそも、俺が逃げたところで元陸上部の彼女にならすぐに追いつかれてしまうだろう。それに、彼女と共に入ってきたもう1人の人物。科学者のような白衣を肩にかけ、茶縁の眼鏡をかけた女の子がどんな人物なのかが分からない。

 逃げようとしたらコンパスの針でも飛んできたり……いや、南じゃないからそれは無いか。でも、彼女はずっと無表情だし、何をされるかわからない以上、下手に動くのは危険だ。

 俺は大人しく教室の中央まで後ずさりする。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 その場にいる4人全員が、しばらくの間沈黙した。誰もが誰もの様子を伺っているように。

「…………って先輩、そんな身構えないでください!普通にお願いを聞いてもらいに来ただけですから!」

 沈黙を破ったのは魅音の声だった。彼女はそう言うと、白衣の女の子から手提げカバンを受け取り、その中身を俺に見せてくる。どうやらこの学校の女子制服のようだ。

「ほら、女装の件ですよ。そろそろやってもらわないとってキミちゃんが……」

 魅音はそう言って、白衣の女の子の方を見る。俺も彼女の方を見ると、その視線に気づいたのか、彼女はゆったりとした口調で自己紹介を始めた。

「……天造あまつくり 希望子きみこ。魅音ちゃんとは同じクラスです。先輩の女装がみたくて来ました」

 ああ、この子が女装を所望していた魅音のお友達か。なんだか、想像していた子と全然違う気がする。もっとパリピみたいなのが来ると思ってたんだけどな。

 とりあえず状況を整理すると、なかなか女装をしてくれない俺に痺れを切らした天造さんが、とうとう直接乗り込んでいたと。

 教室内でも前と後ろから挟み撃ちをされており、逃げ道はどこにもない。つまり、俺は言うことを聞くしかない。

 いや、いつかはしようと思っていたが、いざやるとなるとやっぱり恥ずかしさが勝ってしまって……。

「てか、なんで薫先生まで敵に回ってんだよ!」

 教師が一部の生徒に肩入れしてどうすんだ。

「それは……買収されたのよ。手伝ってくれたら報酬を払うって」

「買収!?いくらでだよ!」

 いくらであってもダメなものはダメだが、この行動は彼女の秘密を知る俺を敵に回すものだ。つまり、秘密をバラされる覚悟があってのこと。余程の金額を握らされたのではないだろうか。

「いえ、お金じゃないわ。写真よ、写真」

「は?」

「関ヶ谷君が女装した写真を貰うのよ。私、初めて会った時から、あなたなら似合うと思ってたのよね。それに写真があれば秘密をバラされることもないもの。私もあなたの弱みを握ることになるのだから……ね?」

 こ、こいつ……ちゃんと考えて行動してやがる。確かに女装している写真なんてばらまかれたら、俺はまたホモ野郎に逆戻りだ。それだけは絶対に避けなくてはならない。

「だから、どうすればいいのかは分かるわよね……?」

 悪い顔をした薫先生がゆっくりと近付いてくる。

「先輩、ごめんなさい。でも、キミちゃんのためですから……」

 申し訳ないという表情をしつつ、グイグイ迫ってくる魅音と。

「先輩、私我慢できないので。早く着替えちゃってくださいよ」

 初対面なのにどうしてこんな積極的なんだ?と思ってしまうほどガツガツ来る天造さん。

 3人に囲まれて、俺の制服のボタンがひとつずつ外されていく。やばい……これはやばい……。

 抵抗しようにも暴れることすら出来ないまま、俺は魅音が差し出す手提げカバンを、泣く泣く受け取るしかなかった。

 もう、勘弁してくれよ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る