第132話 俺は幼馴染ちゃんを尾行したい
南らと勉強した日の翌日。
「ほら、昨日言ってたやつだ」
放課後、荷物をまとめている南に十数枚のプリントを手渡した。
「ああ、忘れてた!ありがと♪」
満面の笑みで、俺が一晩かけて用意した教科別の復習プリントを受け取る南。やっぱり学校ではこっちの顔なんだな。昨日はあんなに口悪かったくせに……。
「なんかバカにされてるような気がするんだけど?」
「いや、そんな事ないぞ?それじゃ、頑張って勉強するんだぞ〜」
危ない危ない……俺は顔に出やすいタイプらしいな。これから悪口を考える時は気をつけるようにしよう。
俺は手を振りながら教室の出口へと向かう。
「ちょっと、誤魔化さないでよ〜♪逃げるつもり?」
「帰るんだよ。俺だって勉強しなきゃなんだからいつまでもお前に構っていられねぇって」
俺の言葉に彼女は「あ、そっか……」と不満そうな顔をする。やっぱりプリントだけじゃ不安なのだろうか。
「ちゃんと丁寧にまとめてるから安心しろ。そのプリントを覚えるだけで平均点くらいは取れるから」
なにせ、馬鹿でも覚えられる○○という本を見ながら、
「覚えるだけって、十数枚もあるんだけど〜?これが覚えれるなら赤点なんてとってないと思うんだよね〜?」
あくまで笑顔で、でもそれは少し引き攣っていて……。
「覚えるべきところをまとめてやってるんだ。自分で一からやるよりはマシだろ」
「そうかもしれないけど……あと五日よ?時間が足りないに決まって――――――――――」
「そう思うならすぐに始めろよ。俺とおしゃべりしてる時間すら勿体ないだろ」
「じゃあな」と片手を振りながら教室を後にすると、背後から「絶対に見返してやるからぁぁぁぁ!」という怒鳴り声が飛んできた。
「やる気になってんじゃねぇか」
まあ、彼女が勉強するに越したことはない。せいぜい頑張れよと心の中で呟いた。
校舎を出て正門をくぐった時。
「関ヶ谷さ〜ん……ククク……」
影から何者かがヌッと顔を出した。
「おお!?……って結城かよ」
昼なのに幽霊が出たのかと思った。こういうびっくり系は苦手だからやめてもらいたい……。
「驚きました?ふふふ……関ヶ谷さんも案外可愛らしいところがあるんですね〜」
「うるせぇ……」
こいつはいつ絡んでもウザイな。ウザ神でも憑依してんのか。
「こんなところで何してるんだ?」
「魅音を待ってるんですよ、忘れ物をしたみたいで。関ヶ谷さんこそ、早苗ちゃんはどうしたんです?」
早苗は今日は帰ろうと誘うと、何か用事があるらしく断られ、先に教室を出ていってしまった。その旨を伝えると、結城は眉をひそめる。
「どこに行くかとかは聞いてないんです?」
「ああ、言われなかったから聞きもしてないな」
俺の言葉を聞いた彼女は、「それはまずいですね……」と顎に手を当てて唸った。
「俺と早苗ってセットだと思われてるのか?」
確かにずっと一緒にいるが、たまには別行動をする時もあるし、特に珍しいことでは無いと思うんだが……。
「もちろんですよ!むしろ一緒じゃない方が異常です!」
「そ、そんなにか……」
「はい!なのに早苗ちゃんは帰りの誘いを断った……これがどういう意味か分かりますか?」
結城はグイッと顔の距離を縮めてくる。
「ど、どういう意味なんだ?」
彼女は呆れたようにため息をつくと、「これだから鈍感は……」と首を振った。なんだかすごい馬鹿にされているような気がする。南はこういう気持ちだったのか、悪いことしたな。
「早苗ちゃんはですね、好きな人の誘いを断ったんです。それはつまり、それよりも優先すべき用事であるということ」
結城は俺の肩をガシッと掴む。ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえてきた。
「きっと早苗ちゃんには男がいるんですよ!」
「…………は?」
早苗に男が?いや、そんなわけないだろ。だってあの早苗だぞ?俺以外とはまともに話せない人見知りの早苗だぞ?
「今、そんなわけないって思いましたね?」
「……思ったけど」
「その『わけない』の隙に付け入るのが女というものなんです!わっちも女ですからよく分かります」
結城は腕を組みながら、うんうんと頷いている。オカルト研究会にいながら普通の女の子と一緒だと思ってるなんて……とかなんとか言ったら呪われそうだからやめておいた。
そんな時、結城の視線が俺の背後へと移る。
「……あれ?早苗ちゃん……?」
振り返ってみると、そこには俯きながら歩いている早苗の姿があった。俺は反射的に門の影へと身を隠す。
早苗は俺に気付くことなく、俺が隠れている側とは反対の方向へと歩いていった。あっちは家とは逆の方向だ。
「早苗ちゃん、先に帰ったはずなんですよね?」
「ああ、なのにどうしてまだ学校に……」
それだけなら先生に怒られていたとか、屋上に呼び出されただとか、いくらでも考えようはある。でも、帰る方向が違うのはどう考えても説明がつかない。まさか―――――――――――――。
「本当に男が……?」
結城の言葉が頭の中で何度もリピートされる。
「早苗ちゃんには男が……早苗ちゃんには男が……早苗ちゃんには男が……」
と思ったら本当に耳元で囁かれていた。こいつ何やってんだよ。てか、地味に声を小さくしていくフェードアウト感を演出するな。ちょっと上手いじゃねぇか。
「でも、早苗は俺のことを好きって……。それなのに男がいるなんてありえるのか?」
俺の問いかけに結城はチッチッチッと人差し指を振る。
「早苗ちゃんがいつから関ヶ谷さんのことを好きだったかって知ってます?」
「いや、知らないな……」
「そうでしょう?少なくとも高一の時からはそうだったと思います。もしかしたら中学……いや、小学校の時から……一目惚れだった可能性も否定できませんよね?」
「あ、ああ、確かに……」
彼女はずっと俺といた。逆に言えば、他の人といる事がなかった。俺以外を恐れていたのだから当たり前だ。それはつまり、本気で好きになるとしたら俺以外にいない訳で……。
「いつからかは分からなくても、ずっと振り向いてもらえなかったんですよ?今だって仲良くはしていますけど、関ヶ谷さんには笹倉さんという彼女がいます」
なんだかすごく心が痛い……。俺が笹倉と早苗で悩んでいることを黙っていることもそうだが、早苗に寂しい思いをさせていたのかと思うと、胸が締め付けられるようだった。
「好きな人に振り向いて貰えない……。そんな悲しみに暮れている中、イケメンに優しく声をかけられたとしたら、どうなっちゃうと思います?」
結城は真剣な目で俺を見る。答えるまでもなく答えは明白だった。
「尾行しよう。早苗がどんなやつと付き合ってるのか、幼馴染として確認しておきたい」
早苗が俺を諦めたなら仕方ない。でも、そのせいで彼女が悪い男に騙されて、不幸せになってしまうとしたら、俺は全力で彼女を止める。
そう、これは幼馴染としてのケジメなのだ。
「なんて言って、本当は他の人に取られたくないんじゃないですか?やっぱり幼馴染想いですね〜」
「そ、そんなんじゃねぇよ!」
……本当はその通りなんだけどな。失うのを怖がっているだけなんだよ、俺は。自分が彼女を幸せにできる保証なんてないのに、早苗が他の奴と育む幸せを潰そうとしてしまっている。そんなことはちゃんとわかってる……。
でも、やっぱりあいつが他の男とイチャイチャしているのは見ていられない。
「早く追いかけるぞ!」
「え、ちょ、魅音が……」
「後で連絡入れればいいだろ!」
俺は校舎の方を気にする結城を引っ張って、早苗が歩いていった方向へと走り出した。
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