第131話 俺はみんなと勉強がしたい

 栗田さんのお見舞いに行った次の日。テスト6日前から俺達は勉強を始めた。

 と言っても、俺はそれなりに頭に入っているし、笹倉も全くもって問題ない。問題があるのは抜け殻のようになっている早苗。それと。

「笹倉、ここはどうやって解けばいいの?」

「ここは……こうやって、この公式を応用すれば……」

「ああ、なるほど……。なら、こっちの問題はこうね!」

「そうよ。やれば出来るじゃない、南さん」

「あはっ♪当然よ」

 こんな感じで笹倉と親しげに話している南 七海だ。彼女と顔を合わせたのは文化祭ぶりか。どこぞのバトル漫画とも知れない激闘を繰り広げた2人が、今は同じ机で仲良く勉強をしている。誰もつっこまないから放置しているのだが、やっぱり異常な光景だよな。

「な、なあ、笹倉。いつの間に南と仲良くなったんだ?」

 俺は意を決してそう聞いてみた。その瞬間、教科書に向けられていた2人の視線がキッとこちらを捉える。

「「仲良くなんかないわよ!」」

 いや、息ぴったりなんですけど……。なんだ、本気で戦ったら仲良くなるっていう、スポ根とかバトル漫画でありがちな展開なのだろうか。

「大体、嫌いって言い合ったのだから、仲良いわけないでしょう?いくら碧斗くんでも、それは聞き捨てならないわよ」

「そうよ、関ヶ谷。私たちは嫌い合ってるの、断じて仲良くなんてないわ。今は勉強を教えてもらうために利用しているけれど」

 そう言って互いに顔を背け合う2人。なるほど、俺の目は間違っていなかったらしい。言わば、2人はライバルのようなものなんだな。

 仲良きことは美しきかな。昨日の敵は今日の友。2人の友情に乾杯だ。

「まあ、またバトらない程度に仲良くしてくれよ?止めれる気がしないし」

「「だから仲良くないってば!」」

 うんうん、美しきかな美しきかな。


「ていうか南って意外と馬鹿だったんだな」

 彼女の解いた問題の丸つけをしながら、俺は思わずそう口にした。だって、超簡単な問題でミスを連発していたから。


『関ヶ原の戦いで勝利した東軍の武将の名を答えなさい――――――――A.千利休』


「いや、そもそも武将じゃないんだよな……。てか、なに?茶を立てながら戦うの?ちょっと心踊らされちゃうなぁ!」

「何言ってるのよ、馬鹿なの?」

 相変わらずお口が悪いようで……。てか、こいつにだけは馬鹿って言われたくねぇな。

「わからなかったから適当に書いただけ。余計なことばかり言わないでくれる?」

「はいはい、分かりましたよ〜」

 分からなかったからって……この問題、かなり簡単な方だと思うんだけどな。まあ、彼女が言うなら適当に流すか。

 俺は次の問題へと視線を移す。だが、これまた大間違いで……。


『1685年、徳川綱吉によって出された法令を答えなさい―――――――――A.生涯哀れみの霊』


「おしいっちゃおしいんだが、なんか悲しいな」

 自らの人生を哀れむ幽霊……こりゃ、憐れみしかねぇわ。

「ち、違うわよ?漢字がわからなくて……」

「だからってこうなるか?やっぱり南って馬鹿なんじゃ……」

「ああ、もう!馬鹿馬鹿うるさいわね!ならわかるように教えなさいよ!」

 ついには逆ギレか。まあ、わからないなら学ぶしかないからな。彼女もテストで切羽詰っているわけだし、俺も復讐……じゃなくて復習のつもりで教えてやるか。

「くくく……」

「何が面白いのよ。早く教えてくれる?」

「わかったわかった、じゃあ保健体育からやろうか」

「「「…………」」」

「……すみません、冗談でございます」

 さすがに女子3人からドン引きされるのは傷付く。俺は大人しく日本史から教えてやることにした。場合によっては保健体育は教えないかもしれないな……。



「ここらで休憩にするか」

 俺がペンを置いたのは3時ごろのこと。1時間ごとに休憩するつもりが、気が付けば3時間も集中していた。おかげで南の方はだんだんと理解して言ってくれている。だが、早苗の方はと言うと……。

「わかんないよぉ……」

 相変わらず勉強に後ろ向きだ。笹倉も丁寧に教えてくれているんだが、どうも身が入っていない。やっぱり何か目標がないと、単に勉強するだけじゃ無理があるか……。

「じゃあ、飲み物とお菓子を貰ってくる」

 俺がそう言って立ち上がると、「私も」と笹倉が着いてきた。1人で全部運ぶのは危なっかしいから有難い。

「2人も今は休んでていいぞ。休憩の後はまた勉強だからな」

 部屋を出る直前にそう言ってやると、「はぁーい……」という気だるそうな声が二つ聞こえてきた。

 嫌々させるのは心苦しいが、ここでやらなければ彼女らのためにもならない。俺も心を鬼にしないとな。

 そう決心した俺であった。


 咲子さんに断ってからお菓子と飲み物を用意する。コップにりんごジュースを注いでいると、お菓子を用意し終えた笹倉が近づいてきた。

「ねえ、あの様子だとテストまでに間に合わなさそうよね」

「ああ、南はともかく早苗はな……。何か目標があればマシになると思うんだが……」

 そうは言ってもその目標とやらが見つからない。どうすれば彼女をやる気にさせられるんだろうか……。

「私に一つ提案があるんだけど……」

 笹倉はお菓子の入ったお盆を持ち上げると、真剣な表情で言った。

「でも、これにはかなりのリスクが伴うわ」

「か、かなりのリスク……」

 それほどの提案とは、一体どんなものなのか。怖いもの見たさで気になってしまう。俺のそんな気持ちを察したのか、彼女はゆっくりと口を開いた。

「その提案というのが――――――――――――」



「え、ほんと!?本当にあおくんのパンツくれるの!?」

「あ、ああ……ただし、赤点を回避した教科数分だけだ」

 そう、笹倉の提案とは、『早苗が赤点を回避したらパンツ(使用済み)をプレゼントする』というもの。笹倉は、以前に俺のパンツを所望していたことがあったから絶対に上手くいく……と言い切っておられた。

 確かに反応的には上手く行きそうではあるが……。まさかリスクってのが『パンツを買い足すための金銭的リスク』だとは思いもしなかった。

 確かに早苗が全教科で赤点を回避すれば、俺は全てのパンツを買い換えなくてはならなくなる。いや、むしろ今持っているのでは足りないくらいだ。そう考えると、ついにお年玉貯金を崩す日がやってきてしまうかもしれない。

「わかった!やってやるぞぉぉぉぉぉぉぉ!」

 まあ、やる気になっているみたいだし、今更断るなんてことは出来ない。仕方ない、近々新しいパンツを買いに行くとするか。

 俺が心の中でため息をつくと、ふと南がこちらを見つめていることに気がつく。

「……お前もパンツが欲しいのか?」

「そ、そんなわけないでしょ!馬鹿なの!?」

「そうだよな!よかった……」

 馬鹿と言われたことは腹立たしいが、パンツ代が2倍にならなくて済んで良かった。パンツ破産なんてことにだけはなりたくないもんな……。

「……あげたくないなら聞かないでよ……」

 南のそのつぶやきは、誰の耳にも届かなかった。

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