第133話 俺は幼馴染ちゃんを止めたい

「待ち合わせ場所はここみたいだな」

「そうですね……」

 俺達は大きな柱に隠れて早苗の様子を観察する。ここは駅前。待ち合わせをするにはもってこいの場所だ。

 彼女は先程からスマホの画面をチラチラとみている。恐らく時間を確認しているのだろう。男が来るのがそんなにも待ち遠しいのか……。

 それにしても、テスト前だと言うのにそこまでして会いたい相手とは、一体どんなやつなのか。まさか俺の知ってるやつとかじゃないよな?

「あ、関ヶ谷さん。魅音から連絡来ましたよ。『私も用事が出来たので、気にしないでください』ですって」

 結城がそう言ってスマホの画面を見せてくる。

「魅音も用事か。今日はみんな忙しい日なんだな」

「魅音の事だから、彼氏とデートとかかもしれないですね〜」

「え?」

 魅音って彼氏がいたのか、それは初耳だ。まあ、あの見た目だもんな。いない方が不思議か。

「いや、居ませんよ?私が知る限りでは。例えばの話ですよ、例えばの話」

 なんだ、例えばかよ。なんだか魅音がすごく成長してしまったような気がして、悲しい気分になっちゃったじゃねぇか。

「あれ、関ヶ谷さん今、ホッとしてます?まさか魅音のことを狙っていたり……」

「いや、それは無いな」

「それはそれで可哀想ですけど……」

 俺にとって魅音は放っておけない妹みたいなものだからな。そこに恋愛感情は一切ない。成長して欲しい反面、遠くに行ってしまうのが寂しいというのは、仕方の無いことなのかもしれないな。

「まあ、不純な気持ちでわっちの後輩に手を出したら、さすがに許しませんからね〜」

 こいつにもそういう先輩らしい気持ちってのがあったんだな。今世紀最大の意外性かもしれない。

「じゃあ、お前に手を出したら?」

「へ?わっちですか?」

 ふと気になったから聞いてみたんだが、よく考えたら絶対に聞くべきことじゃなかったよな。結城は俺の中で、女子から最も離れている女子だから、こういうこともうっかり口にしちゃうんだよな……。

「わっちは……まあ、特に好きな人もいないですし、構わないっちゃ構わないですけど……」

 結城は言い淀むようにモゴモゴとそう言うと、サッと目線を逸らした。やっぱり悪いこと聞いちゃったな。

「そんなオブラートに包まなくていいぞ?お前らしくないし。変な事聞いちゃってごめんな」

「あ、いや……はい……」

 俺のせいでちょっと空気が悪くなってしまった。ここは少しくらい盛り上げる努力をしないと……。

「って、あれ……早苗のデート相手じゃないか?」

 ふと顔をあげると、早苗に向けて手を振る男の姿が見えた。帽子を深く被っているから顔はよく見えないが、俺と同じ制服を着ていることから、同じ学校の男子生徒で間違いない。

「いつの間にそんな仲良くなってたんだ……」

 俺の知る限りでは、早苗が仲良くしている男子なんてほとんど居ないはずだ。あっても千鶴か、もしくは時々話す塩田とかくらいだろう。でも、その2人とは明らかに体型が違った。

 身長はそこまで高くないし、しかも細身。そんな人物を俺は知らない。つまり、早苗は俺の知らないところで関係を育んで来たということだ。そう思うとなんだかすごく悔しいな……。

「あ、移動するみたいですよ」

 早苗と男子生徒は仲良さげに手を繋ぎ、ゲームセンターやカラオケ館などがある方向へと歩き始めた。俺達もそれを追いかける。

 まさか、2人きりの密室になんて……行ったりしないよな?




 早苗たちが入っていくのを確認して、俺達も同じ建物へと入る。なんとか店員を説得し、早苗と隣同士の部屋に入ることが出来た。だが……。

「ああ……もうおしまいだぁ……」

 店員とは結城に対応してもらっていたこともあり、部屋に入ってから気付いた。


 ここがカラオケであることに。


「し、しっかりしてください!まだどうなると決まったわけでは……」

 結城はそう言って励ましてくれるが、俺にはそれが余計に不安感を煽ってくるように感じられた。だってカラオケだぞ?男女2人っきりの密室だぞ?どうなるかなんて大方予想は着くだろ。

 嫌な予感程よく当たるの法則は本当だったんだな……。

「…………」

 壁に耳を当てて、隣の声を盗み聞きする。聞こえてくるのは笑い声や歌声。くそっ、楽しそうにしやがって……。

「今すぐにでも乗り込んで……」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 部屋から飛び出しそうな勢いの俺を、結城は必死に引き止める。

「今行ったら尾行していたのが丸わかりですよ?」

「そ、それは……確かに……」

 デートを尾行されていたなんて知ったら、早苗はどう思うだろうか。気味悪がるかもしれないし、幼馴染という関係にも傷が入るかもしれない。さすがにそれは避けたいが……。


『…………ん……あ………や……』


 隣の部屋から何かが聞こえてくる。よく耳を澄ましてみれば、はっきりと聞き取ることが出来た。


『……あん……あん……』


 ま、待ってくれ……これってまさか……。

「もう耐えられない!」

「あ、ちょ、関ヶ谷さん!?」

 俺は結城の腕を振りほどき、部屋を飛び出す。そしてそのまま隣の部屋の扉を勢いよく押し開いた。

「お前たち、そこまで…………だ……?」

 何のとは言わないが行為の最中……かと思ったのだが、そこで行われていたは、あくまでカラオケだった。画面には『アソパソマソのマーチ』と表示されている。

「あ、あおくん……?」

「……」

 突然の乱入に、早苗は驚いた表情で持っていたスマホを落とし、男は相変わらず帽子で顔を隠しているものの、心做しか隅に寄っているような気もした。

「え、ええと……」

 予想外の健全さに俺は言葉を失う。これでは単にデートの邪魔をしに来ただけじゃないか。だが、ここまでやらかしてしまえば、引き返す方が不自然だ。

 俺はそれならばと男に詰め寄る。

「お前、どこの誰だか知らねぇが答えろ」

 男は怯えながらコクコクと頷いた。それを見て、俺は言葉を続ける。

「早苗のことは好きか?」

 これが一番大事だ。この返答によっては俺も……。

「え、えっと……」

「ハッキリと答えろ!!!」

「ひゃ、ひゃいぃぃ!」

 ヨナヨナと答えをはぐらかそうとする男の胸ぐらを掴むと、彼は情けない声で返事をした。

「す、すき……」

「あ?聞こえねぇぞ!」

「……!すきです!大好きです!」

 やっと答えた。ほぼ脅しのようなものだが、聞きたい答えが聞けてよかったよ。

「……そうか」

 俺は彼を掴んでいた手を離すと。

「邪魔して悪かったな、気にせず楽しんでくれ」

 そう言って体を反転させた。仲睦まじいお二人さんを残して俺は立ち去ろう。そう思ったのだが……。

「おわっ!?」

 その際に手が机の上のコップに当たってしまい、中身を机の上にこぼしてしまった。幸いコップは割れなかったものの、自分の服にもかかってしまったし、床にもポタポタと落ちている。

 これではどう足掻いてもカッコが付かない去り方になってしまうじゃないか。

「だ、大丈夫ですか!?」

 その様子を見た男は慌ててハンカチを取り出し、濡れてしまった俺のズボンを拭いてくれる。四つん這いになってまで裾の先から丁寧に吹いてくれるなんて……こいつは俺が思っていたようなやつじゃないみたいだ。

 だが、勢いよく屈んだせいで、帽子がふわりと落ちてしまい、その中にまとめていた長くて綺麗な髪が姿を現した。早苗はこういう、ロン毛系の男が好きだったのか?

「怪我はしていませんか?どこかベタベタしたりなんて……」

 男は俺のことを心配しながら、スネ、ふくらはぎ、膝、太もも……と順番に拭いていってくれる。拭く部位が上に行けば行くほど、もちろん彼の体勢も上向きになって行くわけで……。

「服は濡れていま――――――――あっ」

「……あっ」

 そしてついに、俺と彼?の目が合ってしまった。

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