二学期 中間テスト 編
第129話 俺はお見舞いに行きたい
長くも短くも感じた五連休が終わり、俺達はまた朝早くから制服に身を包んだ。同時に中間テスト1週間前に入ったこともあって、通学路を歩く生徒たちを見回せば、血の気の失せた者もチラホラといる。
その中でも一際黒いオーラに身を包む彼女が、いつも俺の隣を歩いている幼馴染だとは、一体誰が気付くことができるだろうか。
「はぁ……勉強したくない……」
まさにダークネス早苗。
いつもなら笹倉が、「勉強はしなくちゃいけないわよ、碧斗くんのお嫁さん枠は私が埋めてるんだもの」とかなんとか言いそうなところだが、今日に限って彼女はいない。
泊まっていったのに一緒に出なかったのか?え、最低だな……等など、苦情はいくらでも受け付けよう。でも、なんと言われようとも俺は悪くないからな?というか、別に誰も悪くは無い。
笹倉は今日の朝イチに、お土産が学校に届くように指定していたのだ。クラスのみんなや薫先生に配る分だから、その方が楽でいいとのことらしい。確かにその大人数分ともなると、1人で運ぶのは難しい。かと言って、俺たちに手伝わせるのも気が引けたのだろう。彼女なりの気遣いってことか。
「文句を言う先生がいたら、お土産を渡して黙らせてあげましょう」と悪い顔をしていたことから、計画的犯行と思われる。
まあ、そういう訳で、笹倉は荷物を受け取るために早めに家を出たのだ。今頃はいくつもの宅配伝票にハンコを押している頃じゃないだろうか。
「まあ、また助けてやるからさ。そんな暗くなるなよ」
「助けるって……前は結局赤点だったし……」
前回のテストでは、笹倉にまで手伝ってもらって、その上での赤点だもんな。俺だけじゃ補いきれないかもしれない。
「今度は大丈夫だって」
「その大丈夫は、『バトルアニメで主人公の親友が、「大丈夫だからここは俺に任せろ!」って言って敵陣の前に立ち塞がるシーン』の大丈夫?それとも『チャラ男が「大丈夫大丈夫、なんにもしないから」って言ってホテルに連れていく時』の大丈夫?」
「いや、例えがややこしいな!」
てか、その『大丈夫』はどっちも信用出来ねぇやつだろ。親友は死んじまうだろうし、チャラ男も色々としてくるだろうよ。
「某有名超次元サッカーアニメにおける、『大丈夫、心配すんな』くらいの大丈夫だよ」
俺がそう言ってやると早苗は、「それなら安心かも」と頷いていた。彼女の理解の範囲がよく分からんな。
「でも、今日は勉強は休みだぞ。放課後に用事があるからな」
「用事?何かあったっけ?」
まじかこいつ、自分の恩人のことを忘れてやがる……。
「今日は栗田さんのお見舞いに行く日だろ?前から決めてたろ」
そう、今日は文化祭の時に演劇の準備中に怪我をしてしまった栗田さんに、顔を見せに行くという予定が入っている。
俺の言葉に、早苗は思い出したように「ああ!」と声を上げた。
5日間も見舞いに行かなかったのは、別に忘れていたからではない。栗田さんが自ら見舞いを断っていたのだ。『歩けもしない状態でみんなに会いたくない、せめて少し回復してからがいい』ということらしかった。
まあ、自分の弱った姿を見られたくないというのは普通の心理だろう。俺だって彼女と同じ状況であれば、きっと同じことを言うと思うし。
「とりあえず、放課後は開けとけよ」
「用事を入れるような友達が――――――――」
「それ以上は言うな」
朝から俺までダークネスになりそうだ。
そして放課後。
用事があるということで来れない人はまた別の日に行ってもらうように伝え、集まった演劇メンバー、俺、早苗、笹倉、響さんの4人だけで栗田さんの家を目指した。
話を聞く限り今は既に自宅療養中で、松葉杖があれば歩けるほどに回復しているらしい。お見舞いに行くことは伝えていないので、どんな顔をされるのか楽しみな反面、俺としてもやはり申し訳ない気持ちが浮き出てきそうで怖い。
彼女が怪我をしたのは早苗を庇ってのことだが、舞台セットの不具合に気付けなかったことは、演劇メンバー全員に責任がある。
一番演劇に出ることを楽しみにしていたであろう彼女が、それに出られなくなるようにしてしまったことは、代役をやったくらいでは到底補いきれないのだ。何よりも、一年に1度しかない文化祭という彼女の思い出に、小さくも深い穴を開けてしまったのだから。
学校から電車で十数分の所にある駅で降り、そこからまた徒歩で十数分。
「ここだよ!」
打ち合わせの時に一度来たことがあるという早苗に案内してもらって辿り着いたのは、少々立派な家だった。
家そのものの大きさはそこまでだが、見るからに庭が広い。そこに面した窓からは陽の光が良く入りそうで、窓際で日向ぼっこなんかをしても気持ちよさそうだ。
真っ白な壁もキラキラと輝いているように見えるし、それに反して庭に咲く色とりどりの花が、さらに景観を良くしていた。
「栗田さん、こんなところに住んでるんだな」
思わずそんな言葉もこぼしてしまうほどだ。
もう少し見蕩れていたいところだが、遅くなると栗田さんにも迷惑をかけてしまうし、帰り道も危険になる。俺は門横のインターホンに歩み寄ると、躊躇うことなくボタンを押した。
ピンポーン♪というお馴染みの音が鼓膜を震わせ、数秒後には女性の声が聞こえてくる。
『はい、どちら様でしょうか』
俺はきちんとカメラに顔が写るように注意しながら、軽く会釈をする。
「栗田さんと同じクラスの関ヶ谷です。お見舞いに……」
『あら、あの子のお友達?是非入ってちょうだい!』
ロックが解除され、門が開くようになる。俺達はおそるおそる敷地に踏み込むと、玄関を開けて手招きをする女性、栗田母に導かれるように前へと歩んだ。
「あの子、昨日まで見舞いを断っていたでしょう?こんな早くに来てくれるなんて、いいお友達がいたのね!」
「いえ、そんなことは……。彼女が怪我をしたのは俺たちにも責任がありますから」
「あら、もしかしてあなた……演劇の?」
その瞬間、栗田母の声色が変わった。明るく社交的だったものから、少しドスの効いた気圧される様なものに。
「そ、そうですが……」
やはり娘に怪我をさせた俺達を恨んでいるのだろうか。それなら追い返されたりなんてことも……。
「そーだったのね!」
無かった。栗田母は嬉しそうな笑顔で両手を合わせると、「あの子の部屋はこっちよ!」と案内をしてくれる。
なんだろう、情緒不安定なのかな?と思ってしまうほどの変わり身だ。違和感しかない。帰り際に後ろから刺されたりしないだろうか……。
そんな心配をしているうちに、階段を上った先にある扉の前で立ち止まった。栗田さんの部屋はここだということだろう。
「では、ごゆっくり」
栗田母はクスクスと笑いながら階段を降りていった。
「じゃあ、入るぞ?」
他の3人が頷いたのを確認して、俺はドアノブを握る。この行動一つだけでも重く感じた。扉の向こうに感じる壁のようなものを吹き飛ばす気持ちで、俺はノブを捻る。
「失礼しま―――――――――あっ……」
扉が開かれた先、栗田さんの部屋の中に彼女はいた。ただ、ベッドに寝ている訳ではなく、机に向かっているわけでもなく、ちょうどパジャマのズボンを脱ぎかけているところだった。俺、タイミング悪すぎだろ。
「……っ!きゃぁぁぁぁっ!」
俺の存在に気付いた彼女は、顔を真っ赤にしてこちらへと近づいてくる。そして――――――――。
ペチンッ!
思いっきりビンタされてしまった。
まあ、そうだよな。着替えシーンを覗かれたんだから、怒って当然だよな……。
栗田さんは「そこで少し待ってて!」と言い残すと、扉を勢いよく閉めてしまった。
ごめん、栗田さん。
うさちゃんパンツ、バッチリ見えちゃったよ……。
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