第126話 俺は(男)友達とプレイしたい
結論から言うと、ものすごかった。
早苗の時とは違って、内容が本当に18禁のエロゲだったから、そのせいで終始鼻の下が伸びっぱなしだった。
このエロゲ、『普通の男子高校生が、ある日突然目覚めた力を使って女子高生といい感じになる』というストーリーなのだが、お値段の割に無駄にハイクオリティだった。
高校生でも背伸びをすればなんとか……という価格だったと思う。それなのに3Dの画質がすごく綺麗で、本当にあれで良かったのかとこちらが心配になるくらいだ。
エロゲなのでもちろんそういうシーンもあった。あまり大きな声では言えないが、とにかく良ゲーだったと記しておこう。
俺も男なので、こういうゲームをプレイするとドキドキする。でも、今回のそれはエロゲだけのせいではない。隣でコントローラーを握っていた千鶴のせいでもあるのだ。
主人公の3Dキャラを操作して街や学校を探索し、女の子を見つけてはちょっかいを出していく。スカートめくりやら、ハグやら、鷲掴みやら……。
このゲームのおかしい所は、そういうコマンドを実行する度に、女の子達の好感度が上がっていくところだな。スカートをめくられたり、突然現れた男にハグされたりして、どこの女子高生がそんな変態に惚れるというのだろうか。控えめに言ってぶっ飛んでる。
でも、それもこれも『ゲームだから』という魔法の言葉で押さえつけられてしまうほど弱いもので、やはり男のロマンには勝てやしない。
そのロマンだかマロンだかを、千鶴もしっかりと味わっているらしく、コマンドを入力する度に彼は息を荒くしていた。
肩をゆっくりと上下させ、頬を赤く染め、画面を見つめる瞳とその唇を微かに震えさせる。そんな姿を見ていると、どうも胸の内で得体の知れない感情が疼いてしまった。それが何なのかはわからずじまいだったが、恋でないことは確かだ。
「お前って、いわゆるむっつりだよな」
エンディングを迎え、俺がそう口にした時には既に、ゲーム開始から2時間半が経っていた。俺のエロゲプレイ時間史上最長だな。いや、あんまりやった事ないけど。
「明日から学校か……嫌だなぁ……」
ゲームディスクを机の奥に隠した後、千鶴はベッドに寝転びながらそう言った。そんな彼の言葉を聞いて、俺は思わず笑みをこぼす。
「早苗と同じこと言ってる。てか、お前でも嫌だと思うんだな」
「俺も男子高校生だぞ?学校だるいくらいは思うだろ」
「それならウィッグを外してから言え、男にゃ見えん」
千鶴はいつも楽しそうに学校生活を送っているし、学校が好きなんだと思っていた。まあ、男子高校生というか、高校生で学校に行きたいと思うやつの方が少ないか。無ければ無いでうれしいもんな。
「いや、俺も学校は好きだぞ?でも、やっぱり行かなくていいなら行きたくないって言うか……。勉強より他のことしてたいな……って」
つまり、千鶴も女装趣味はともあれ、ほかと何も変わらない普通の高校生ってことだ。そして俺も例に漏れぬ普通な訳で……。
「……でも、俺は久しぶりに笹倉に会えるからな。楽しみっちゃ楽しみだ」
「私といる時に他の女の話しないで!……なんてな」
「本心だろ、それ」
「あ、ばれた?」
千鶴はクスクスと笑いつつ、「でもさ……」と言葉を続ける。
「俺のことは置いておくとしても、そろそろ小森か笹倉さんか、決めるべきだと思うぞ?2人とも口にはしないけど、答えを待ってるはずだ」
彼の真剣な視線が、俺の脳へと言葉を運んでくる。それらは奥深くまで届くと、水風船のように弾け散らした。
「……確かにな」
今まで考えなかった……いや、考えないようにしてきたこと。2人のうちどちらかを選ぶという行為。俺がずっと先延ばしにしてきていることを、2人はどう思っているのだろうか。もしかしたらいい加減呆れたりなんて……。
そんなことを思ってしまうものの――――――――――。
「でも、俺にはまだ決められないな。もう少し時間をもらいたい」
やっぱり俺にはまだ決断する勇気がない。一方を幸せにする代わりに、もう一方を傷つけてしまう。その後者を生み出してしまうことに、まだ恐怖を感じてしまっているのだ。
千鶴はそんな俺をからかうように笑うと、小さくため息をついた。
「まあ、俺としては長引いた方が逆転できるかもしれないし、嬉しいんだけどな〜」
これはある意味三つ巴の戦いなのかもしれない。心理的にも距離的にも1番近い早苗、偽の取れかけている彼女という立場的にいちばん有利な立場の笹倉、時間を与えればどんどん有利になるかもしれない千鶴。
「まあ、いつかは答えを出せよ?ハーレムエンドなんかじゃ誰も幸せになれねぇからな」
鋭い彼の言葉が、俺の心にグサリと刺さった。
その後、『ピーチメタルロード』というボードゲームをプレイし、千鶴の家を出たのが5時ごろのことだった。
「泊まっていけばいいのに……」
そう呟く彼に、「身の危険を感じるからパスだな」と手を振って、真っ直ぐ小森宅へと向かう。途中、夕日の光が背中を押してくるような気がして、少し歩みを早めた。
そんな時、ふと、子供の頃よく遊んでいた公園のことを思い出す。あそこはここから少し寄り道したところにあったはずだ。
そう思った瞬間から、俺の足は自然と向きを変えていた。少しくらいなら立ち寄っても問題ないだろう。ほんの少しだけ、懐かしい気持ちに浸りたいだけだ。そう、ほんの少しだけ―――――――――。
小さい頃は大きく見えた公園も、今となっては狭く感じる。家の天井が、昔より近くなっていることに気がついた時と同じ気持ちだ。自身の成長に驚くと同時に、どこか悲しくもなる。
……あのブランコ、よく乗ったよな。
赤と黄色……だったブランコ。確か、誰かが変なノリ方をして壊したとかで、一度作り替えられたんだとか。今は色も形も変わっているけれど、場所は昔と同じままだ。
……あの滑り台も、よく水溜まりに突っ込んじゃったりしてたよな。
雨の日に来たりすると、滑り台の下に水たまりができていたりすることが多かった。そのまま滑ると、いつもよりスピードが出てしまって、止まれずに水たまりに……。
新品の服を汚したりして、よく怒られてたな。
……さすがにオブジェは変わってるな。
昔はタコの像が置かれていた場所に、今はイカの像が置かれている。変える必要があったのかは疑問だが、どっちも揚げると美味しいよな。
目に映る全てに思い出が投影されていく。久しぶりに来ると、こんなにも心温まる場所だったんだな。もっと早くこればよかった……。
そんなことを思いながら、入った場所とは反対側から外に出ようと歩き出した時、ふと頭に何かが当たった。
なんだろうかと地面に落ちたものを見てみると、それは半分にちぎられた形跡のある消しゴムだった。
そして、拾い上げた時に見えた。側面に油性ペンで書かれた文字。
『さあや』
「久しぶりだね、あおと」
頭上から降り注いだその声に、俺は木の上を見上げ、そして目を見開いた。
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