第125話 俺は(男)友達の家に行きたい

「あーあ、お休みも今日までかぁ……」

 早苗はそう言って肩を落としながら、玄関で靴を履くために腰を下ろしている俺の背中に触れてくる。

「それなのにあおくんはお出掛けしちゃうし……一緒に過ごそうよぉ……」

「お前とはいつでも一緒にいられるだろ?」

 俺は立ち上がると、彼女の方を振り返ってそう言う。確かに一緒にいてやりたいのは山々だが、既に先約が入っているが故、その頼みはどうしても聞けないのだ。

「いつでも……?10年後とか?」

「一緒に居られたらいいな。それじゃ、行ってくる」

「いや、あっさり流さないで!?遠回しな告白だよ?少しは照れてよ!」

 早苗の「もぉ……!」という声を背中に受けながら、俺は玄関を出た。向かう先は少しばかり久しい場所だ。



「来たぞ〜」

 事前に玄関は開けておくと言われていたので、インターホンを鳴らさず、直接家の中に入る。節電のためか、相変わらず廊下に電気はついておらず、家の中は真っ暗だ。

 俺は靴を脱いで揃えると、真っ直ぐ歩き、途中で右に曲がったその突き当たりにあるドアの前へと立った。

「入ってもいいか?」

 ドア越しにそう声をかけると、「少し待って!」と返ってくる。ドタドタと聞こえることから、片付けか着替えでもしているのだろう。友達なのだから気にしなくてもいいのに。


 数分後。鍵をがちゃりと開いて、部屋の主、千鶴が隙間から目元だけを覗かせた。

「も、もういいぞ?」

「ああ、じゃあ入れてくれ」

「えっと、うん……」

 俺の言葉に小さく頷いた彼は、一瞬扉の向こうに顔を引っ込めたかと思うと、すぐにまた顔を見せた。

「……どうかしたか?」

「いや、その……」

 何やら視線を泳がせる千鶴。

「なんだ、片付けが終わってないなら待ってるぞ?」

「その、そうじゃなくてさ……」

 なんだ、いつに無くまどろっこしいな。

「自分から来いって言ったんだろ?それなら部屋にくらい入れてくれよ」

「こ、恋……言ったけど……」

「多分お前の解釈は間違ってるぞ」

 どうしてこの場面で顔を赤らめるんだよ。部屋に入れる入れないがそんなに重要な事か?去年から何度も入ってるってのに……。

「面倒臭いな、入るぞ」

「あ、ちょ、心の準備が……!」

 慌てる千鶴の声も聞かず、俺は隙間に手を突っ込んで無理矢理ドアを開く。

「…………あっ」

 俺は扉の影から現れた彼の全貌を見て、どうしてあんなに躊躇っていたのかを理解した。

「もぅ……碧斗は強引なんだよ……」

 恥ずかしそうに背中側で腕を組みながら、不満そうな顔をする千鶴。その髪は、いつものストレートヘアーとは違って、後ろ側で2つにまとめられていた。いわゆるツインテールってやつだ。

 髪型を変えたから、俺に見せるのが恥ずかしかったのか。目元しか見えてなかったから、全然気づかなかったぞ。

「あ、あんまり見るなよ……」

 俺が舐めるように見ていたからか、彼はツインテールの先をクルクルと指で弄りつつ、唇を尖らせた。そんな彼に対して「見せたかったくせに」とからかいの言葉を投げかけてやると、その羞恥心は限界に達し、ついにはウィッグを外してしまった。

「そ、そんな事ないし!見て貰えて嬉しいとか思ってないし!」

 ……俺が言えたことでもないけどないと思うが、本当に千鶴は分かりやすいな。からかうと少し楽しいし。

 でも、あんまりやりすぎると傷つけてしまうかもしれないよな。女の子の姿の時の千鶴はデリケートなのだ。オーバーキルは避けるのが得策。

 そう考えた俺は彼に近づくと、外したばかりのウィッグを手に取って、そっと頭に乗せてやった。

 付け方が分からないから雑ではあるが、「似合ってると思うぞ」と囁いてやれば、彼も素直になって自力で装着し直す。

「あ、ありがと……」

「どういたしまして」

 そんなに恥ずかしいなら女装しなけりゃいいのに……と思ってしまうほど耳まで真っ赤にする千鶴。彼を正面から見るといつも思うのだが、やたら綺麗な顔立ちをしてるよな。ツインテールにしても女子にしか見えない。

 この髪型特有のあざとさも、可愛さの方が際立っていて悪い印象は感じないし、俺よりも少し高いくらいの彼の身長から見下ろされる感じも悪くはないな、なんて思ってしまったりもする。いや、Mとかじゃないよ?

「初めて髪型変えたんだけど……どう?」

 俺の顔色を伺うように、少し弱々しい声でそう聞いてくる千鶴。

「いいと思う。その髪型も可愛いぞ」

「……っ?!か、可愛い……?」

 目を丸くして聞き返す彼に、俺は何度も頷いて見せた。すると、彼ははにかむように笑って。

「じゃあ、付き合う?」

 そう言って俺の手を握ってきた。

 そうなんだよな……文化祭の時にも言われたばかりなんだった。『一度好きになった相手を簡単に諦められるわけない』って。それはつまり、まだ俺のことを好きという意味で……。

「友達から始めよう」

 絞り出した返事がこれだった。傷つけないように、悲しませないように……と思っていたのだが、何気に傷つくやつだよな、これ。

「俺たちまだその段階!?」

「あ、いや……今のは言葉のあやだ」

「じゃあ付き合ってくれるの?」

「そ、それは……」

 自分でも思う。ハッキリしないやつだなって。俺が悩んでいるのは『(偽)彼女』か『幼馴染』かであって、そこに『(男)友達』は入っていない。つまり、千鶴と付き合う気は無いのだ。

 それなのに、彼を傷つけたくないと思うばかりに、遠回しな言い方をしてここまで引きずらせてしまっている。……いや、1度はハッキリと断ったはずなんだけどな。やっぱり俺の断り方が悪かったのだろうか。

「答えられないってことは、その気は無いってことだよな……」

 しゅんと肩を落とし、とぼとぼと歩いてベッドに腰掛ける千鶴。ベッドの軋む音が壁に響いた。

「……ごめん」

 彼の表情を見ると、謝らずにはいられなかった。そんな俺に千鶴は、「気にしなくていいよ」と微笑んでみせると、ポンポンとすぐ隣を叩く。座れということだろう。

 俺がその通りにすると、彼はほんの数ミリ程度の距離さえも詰め寄ってきて、俺の肩に頭を乗せてくる。

「碧斗の中には、俺と付き合う未来の構図はないんだろ?それくらいは分かってる」

 小さいけれど、2人しか居ないこの空間では十分に聞こえてくる声。それに対して、俺は少し呆れたような声色で。

「わかってて聞いたのか?」

 そう問い返した。

「気持ちって、わかってても確かめたくなるものだろ?」

「……そうかもな」

 なんだか深いことを言われている気がするが、その気持ちは俺にもよくわかった。口にされなくてもわかる。でも、言葉にしてくれないとどこか不安になってしまう。こういう考えなのは、きっと俺たちだけでは無いはずだ。

「俺の場合、確かめられるのは拒否の意思だけどけどな」

 おどけたように言ってみせる千鶴。俺は「そうだな」と笑みを浮かべつつも、その自虐的な発言に胸がチクチクするのを感じていた。


 それから少しの間、千鶴に肩を貸してやっていると、彼は突然立ち上がってこんなことを言い出した。

「最近買ったゲームがあるんだ!一緒ににやらないか?」

「お、いいな!お前とやるの、何気に久しぶりだからな」

「じゃあ、コントローラーを用意しといてくれ。俺はソフトを持ってくる!」

 千鶴が部屋から飛び出していくのを見送り、俺は引き出しからコントローラーを2つ取り出して、ゲーム機に接続する。

 テレビの電源をONにして、コントローラーの感度やら接続状況を調節していると、少し昔のことが頭に浮かんできた。


 そう言えば、千鶴と仲良くなるきっかけもゲームだったんだっけ。そもそもは完璧メンズな彼に嫉妬した俺が、唯一勝てるであろうゲームで勝負した所からなんだが、今思えばあれすらも運命みたいなものだったのかもしれないよな。

 友達が少なくて、1人行動を好んでいた俺が普通に生活していれば、決して交わることのなかった相手だし。

 それが今となっては、女装すら見せられるほどの仲良し……いや、恋愛対象になるほどなのか。まあ、ほんと仲良くなったよな。


「お待たせ!それじゃやろうか!」

 四角い板状のものを手にして戻ってきた千鶴。思い出のせいもあってか、彼を見た途端、胸の奥が熱くなるのを感じた。

「千鶴……ありがとうな」

「んぇ!?い、いきなりどうしたんだよ!」

 気がつくと、俺の目からは涙が零れていた。悲しくなんてないのに……不思議だな。そんな俺の目元を、千鶴は慌てながらティッシュで拭ってくれる。

「ゲームが出来ることに、そんなに感動したのか……?」

「ああ、お前と出来ることに感謝してたところなんだ……」

 俺の言葉に、訳が分からないと首を傾げるも、彼は「喜んでくれてるならいっか!」と持ってきたゲームのパッケージを開ける。そして取り出したディスクをゲーム機へと挿入。テレビ画面には、軽快な音楽と共にかわいい水着の女の子たちが映し出された。

 …………あれ?このスタート画面、どこかで見たことある気がするな。

 ふと、そんな思いが頭を過る。確か、俺もこのゲームを買って―――――――――――。


「って、これエロゲじゃねぇか!」

 思わずそう叫んでしまう。ご近所さんに聞こえてないといいけど……。

「よく分かったな!」

「いや、俺も持ってるし……って、このことは内緒だぞ?」

 早苗や笹倉に言われたら、からかわれるか一緒にプレイさせられるに決まってる。そもそも、今の状況がそれなんだけどな。

「持ってるならプレイしてもいいってことだよな?」

 彼は口元をニヤリと歪ませて、コントローラーをほれほれと差し出してくる。

 くそっ、楽しそうな顔しやがって……。そんな顔されたら断れないだろ。

「俺、お前の中では男友達なんだろ?それならエロゲくらい一緒にしても問題ないよな?」

「それ、自分で言ってて辛くないのか?」

「代償として不足なしだ!」

 こいつ、都合のいい時だけ男を使いやがる。もしかしたら俺は、この家に来た時から彼の罠にハマっていたのかもしれない。そんなことを思いながら、俺は観念してコントローラーを受け取った。

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