第124話 幼馴染ちゃんのお母さんは待ちきれない
それからは寄り道をすること無く、真っ直ぐへ駅へと向かった。遅くなったことをなんと言って謝ろうか……と考えているうちに、気が付けば小森宅前に到着。
まあ、適当に誤魔化せばいいや、と何も考えずに玄関の扉を開けたところ、ちょうど咲子さんが玄関に居た。どうやらトイレに行こうとしていたらしい。
「あら、おかえりなさい」
「ただいま……って、それ何持ってるんですか?」
彼女の手には、読みかけらしく
「……え?」
それを見た俺は、思わず目を疑った。なんか、見たことある表紙だなぁ……今日、日ノ国屋で見たような……って。
「それどうしたんですか!?」
「あはは、驚いた?」
「いや、驚いた?じゃなく……」
俺は目をこすっては見返し、目をこすっては見返し……終いには洗面所でバシャバシャと顔を洗ってから、もう一度表紙を睨むように見つめた。
間違いない……俺が買ったラノベの内の一冊だ。
「なんでそれを持ってるんですか!せっかく買ってきたのに!」
「買ってきた?碧斗君が買ったのはこっちでしょ?」
俺の言葉に首を傾げた咲子さんは、一度部屋に戻ると、紙袋を手にして戻ってくる。その側面には、確かに日ノ国屋のロゴが描かれていた。
「一体どういう……」
確かにラノベ詰め合わせは三角さんに景品にされて、俺はそれを取り返そうと必死に……。
そこまで考えて、俺はふと、あの時の彼女の言葉を思い出す。
『こちらは景品ですので……』
俺が自分のだと主張しても、彼女は訳が分からないという顔をしていた。てっきりシラを切っているのだとばかり思っていたが、これはもしかすると――――――――――。
「いや〜、2人が帰ってくるまで我慢できなくて、自分から取りに行っちゃったのよ〜♪」
…………やっぱり。ビリヤード場の景品がラノベ詰め合わせだったのは、単なる偶然。俺達がビリヤード場に到着してから、紙袋がないことに気付くまでの間に、咲子さんがこっそりラノベを持って帰ってきたのだ。
「それ、梅井駅の近くにあるビリヤード場の景品でしょ?ネットでそれを見て欲しかったんだけど、私ビリヤードってした事ないのよ。だから、同じ物を買ってきてって頼んだの。なのに、まさか持って帰ってきちゃうとはね……」
咲子さんはびっくりとでも言いそうな表情でそう口にする。いや、びっくりするのはこっちなんだけど。
「持って帰るなら声をかけてくれたらいいじゃないですか。俺がどれだけ苦労してこれを手に入れたかわかります?」
いや、手に入れたのは魅音なんだけど、細かいことは今は置いておこう。それよりも咲子さんを責めることの方が優先順位が高い。
「いや、2人だけの時間を邪魔しちゃダメかな?っておばさんなりに思ったのよ。ほら、『突き合う』とか言ってたから……」
「いや、それ一番邪魔して欲しかった瞬間なんですけど!?」
「おばさん、2人を応援してるわ!」
「結構です!」
ああ、この人のペースに巻き込まれると、どうも怒る気が失せるな……。
「ていうか、取りに来れるなら自分で買いに行けばよかったじゃないですか。用事とやらはどうしたんですか?」
俺がそう言うと、彼女は痛いところを突かれた!とでも言いたげな表情をした後、「てへっ♪」とかわいらしく(?)とぼけて見せた。
「すっぽかしたんですね……」
この人の大人げのなさには、心底呆れちまうな。どうやったらこんな大人になれるんだろうか。逆に知りたいくらいだ、将来の対策のために。
「大丈夫だったんですか?大事な用事だったんじゃ?」
「編集担当が様子を見に来たってだけよ。どうせゴロゴロしてた頃だから、すっぽかしてもノープロプレムよ!」
「いや、プロブレムしかねぇよ」
この人、よくこれで小説家になれたな。てか、こんな問題児の担当になった編集さんが気の毒すぎる……。
「まあ、同じものを2冊も必要ないから、碧斗君が持って帰ってきてくれた方はメ〇カリで売ろうかしらね〜」
あ、売っちゃうんだ。俺が大金を叩いても手に入れられなかったラノベ……。
「お母さん、最近はヤ〇オクの方がいいらしいよ?」
「あら、そうなの?じゃあヤ〇オクにしましょうか!」
「うん!ついでに私の古着も出品しよう!」
「じゃあ、私の穴の空いた靴下も……」
「それは売れないよ〜!」
「やっぱりそうかしら?」
「「☆HA・HA・HA☆」」
親子で肩を組みながら大笑いする2人。
まあ、なんとも楽しそうでよかったよ。
ラノベ事件の翌日。
俺は早苗の部屋でごろごろしていた時、ふとあることを思い出した。
「そう言えば、もうすぐ中間テストだよな」
五連休が終われば、もうテスト一週間前。俺もその時期になれば勉強に集中しなくてはならない。それはもちろん早苗も同じで。
「……あおくん、それは言っちゃダメだよ」
彼女は頭に乗せていたサンドラをそっと床に下ろすと、小さくため息をついた。そして、俺の前まで歩いてくると、不満そうな目をこちらに向ける。
「休みを満喫中の人にテストの話をするなんて、チョコアレルギーの人にバレンタインチョコをあげるようなものだよ?」
「いや、その例えは違くないか?」
テストの話はしなきゃ行けないことで、チョコはあげちゃダメなものだろ。真反対どころか、そもそも話題の次元が違うと思う。
「じゃあ、ダイエット中の女の子にあげるチョコでいいや」
「ただの嫌がらせじゃねぇか」
「女子はよくやってるよ?私はしないけど……てか、する相手なんて居ないけど……」
「男の夢を壊すな!てか、テストの話題より暗くなること言うなよ……」
あくまで去年の早苗の話だ。彼女も随分と成長しているし、今年はきっとそういうことをできる相手も沢山できただろう。いや、して欲しくないけど。
できれば俺だけにくれたら……なんて思うのは傲慢だろうか。
「とにかく、テストの話は無し!私の確定進路はあおくんのお嫁さんだからね〜♪」
「確定させるなよ」
今となっては、この手の話も悪い気はしない。むしろ自分を好きでいてくれてるとわかるから、あしらっていた頃に比べれば、嬉しさを感じるくらいだ。
かと言って、本当に進路を絞られてしまっても困る。あまり言いたくないが、『お嫁さん』という進路は、他のどんな職業よりも競争率が高い。何故なら、人類多しと言えども、結婚できる人材というのはある程度決まってくるからだ。
俺みたいに普通で特に取り柄のない奴ほど、結婚できる確率は低い。いっそのこと欠点がひとつ丸見えなくらいの方が、インパクトを与えられるからいいのかもしれない。そこさえも愛してくれる相手が見つかれば、きっと幸せになれるだろう。
だが、基本的には顔や体格が重要視される。男性が女性を見るとき、一番に胸やお尻など魅力的な部分に目が行くように、女性も魅力的なお顔や筋肉に惹かれるものなのだ。通称エロおやじで親しまれている評論家が、この前テレビでそう言っていたのを覚えている。
少し話がそれたな、元に戻そう。
早苗の場合、単に『お嫁さん』という訳ではなく、『俺のお嫁さん』と結婚の対象が絞られている。もちろんそれは嬉しいことで、同時に微笑ましくも思うのだが……。
日本では一夫多妻は認められていない。つまり、俺のお嫁さん枠はひとつしかないのだ。もちろん俺を狙う人物なんて、早苗、笹倉、法律的には無理だが千鶴も。おそらくこの3人くらいだろう。
普通に考えれば倍率3倍。しかし、恋愛というのはそんな単純なものでは無いのだ。時と場合によって大きく左右され、時に緩やかに、時に激しく、常に変化し続けるものなのだ。
事実として、あれだけ笹倉一筋を謳っていた俺でさえ、今は早苗側へと揺れている。もしかすると今後、俺は千鶴への思いに目覚めるかもしれない。
結局、恋の行方は誰にもわからないということだ。
「早苗、まずは普通の会社に就職しようか。一度、社畜としてしごかれた方がいいと思うぞ」
彼女もその方がきっといい人生を送ってくれる。ブラックな企業が、歪んだ根性を真っ直ぐにしてくれるだろう。治るまでに折れなければいいが。
「え、やだよ!私はあおくんのお嫁さんっ!」
「俺もやだ!こんなわがままなお嫁さんはやだっ!」
「話し方、マネしないでよぉ!」
そう言ってほっぺを膨らませる早苗。いつの間にかテストの話題はどこかに行ってしまったけれど、まあいいか。
笹倉が帰ってきたら教えるのを手伝ってもらおう。報酬はポ〇キーでいいかな。必要なら端を咥えてでも……いや、早苗に邪魔される未来しか見えねぇや。
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