第123話 フードさんはビリヤードを楽しみたい
「関ヶ谷先輩、驚きましたか?」
ローブを脱ぎ、可愛らしい洋服姿になった魅音は、首を傾げてそう聞いてきた。
「ああ、驚いたよ。まさかお前があんなにビリヤードが上手いなんてな。正直かっこよかった」
俺が素直に褒めると、彼女ははにかむような笑顔で「あ、ありがとうございます!」とお辞儀をしてくれる。それから、思い出したように景品のラノベ詰め合わせを手に取ると、それを俺に向けて差し出した。
「これ、どうぞ!欲しかったんですよね?」
「いや、そうだけど……さすがにそれは悪いし……」
景品を手に入れたのは魅音だ。だから、貰うべきなのは彼女であって俺たちじゃない。それでも彼女は押し付けるように袋を手渡してきた。
「いいんです!そもそも先輩にあげるためにチャレンジを受けたんですし、受け取って貰えないと逆に困るというか……」
チラッチラッと視線を送りつつ、彼女はそんなことを言う。なんて優しい子なんだろう。この時代にこんなJKがまだ居たなんてな……。
「ありがとう、この恩は絶対に忘れないよ」
「それなら……女装の件、守ってくださいね♪」
「……あ、はい」
おいおい、ちゃっかりしてんな。俺だって忘れてたってのに……。ただ、約束は約束だし、先延ばしにしても意味無いか。できるだけ早く終わらせることにしよう。
「本当は謎の人みたいな感じで、かっこよく帰りたかったんですけどね。バレちゃったものは仕方ないですし、皆さんに挨拶してきますね!」
魅音はそう言って会釈をすると、既にビリヤードを再開しているおじ様方の元へと走っていった。顔見知りなのだろうか。
「それにしても意外だよな……」
魅音とビリヤード、どこにも接点なんて感じなかったのに……なんて思っていると、ヒョロリと彼女が現れた。
「私も初めはそう思いましたよ」
「あ、三角さん。いたんですね」
「ずっとそちらに立っていましたが?」
え、全然気付かなかったんだけど?俺のそんな驚きの感情が表情に出てしまっていたのだろう。
「いえ、いいんです。存在に気づいてもらえないのは、小学生の時からですから。もう慣れっこですよ」
彼女はそんなことを言いながら乾いた笑い声を出した。なんかすごく悲しい……。
「3年生の時に行った肝試しのせいですかね?私だけ白装束の女の人を見つけて、言われたんです。『呪ってやるぅぅぅ!』と」
「いや、それ絶対藁人形の人ですよね!?見えちゃダメというか、見ちゃダメなもの見ちゃってますよね!?」
「小学生の時なんて、先生にはあてられないし、かくれんぼでは見つからないし、勝手に立ち歩いても何も言われないですし……」
「良いのか悪いのか分からない呪いですね……」
正直、先生にあてられないは羨ましいな。わからない問題があった時、オドオドしなくて済むし。かくれんぼで見つからないまま、気付いたらみんな帰ってた……なんてのは悲しすぎるけど。
「中学時代は中途半端な出席番号なのに、みんな違和感無く24番の私を飛ばして点呼するんですよ」
「あの……なんか話が重くないですか?」
別に俺はこんな話を聞きたいわけじゃないんだけど……。俺がそういうオーラを出すと、それを察知してくれたのか、彼女はゴホンと咳払いをしてから、別の話を始めてくれた。
「エイト様の話の方がいいですよね」
そうそう、それが聞きたかったんだよ。わかってるなら最初からその話しろよな〜なんて心の中で呟きながら、俺は首を縦に振る。
「彼女が初めてこの店に来たのは、確か1年前くらいです。先程の彼女のように、フードを被った大学生くらいの方と一緒でした」
「は、はぁ……」
フードを被った大学生くらいの方?一体誰だろう。
「私は掃除をしながら聞き耳を立てていたのですが、その人はエイト様の話を聞いてあげている風でして……」
三角さんの言葉に「話?」と聞き返すと、彼女は「ええ、そうです」と頷いた。
「『怪我で試合に出れなくて、そのせいで負けた。私はきっとみんなに恨まれてる』……そんな話です」
ああ、その事か。その話なら、魅音と初めて顔を合わせた日に聞いたな。あの時はまだ完治という風では無かったが、あれでもマシになった方だったんだな。
「落ち込んでいるエイト様に、フードの方はこう言いました。『仲間を信じれなくて、どうしてお前がいれば勝てたと言える。もしそいつらがお前を恨んでいるなら、それはお門違いだ。そいつらが恨むべきは、お前ほどの実力を持てなかった自分自身だろうに』」
そんなことを言えるなんて、かっこいい人なんだな。俺だったら多分、途中で噛んじゃうと思う。
「そのフードを被った方というのが、かつて『セブン』と呼ばれたジュニアビリヤード界の絶対王者だということは、今だからこそ話せることです」
「……セブン?」
魅音はエイトで、その人はセブン。ビリヤードの世界では、強いひとに数字をつけていくものなのか?
「ええ、セブン様です。初めて優勝した大会の初戦、彼女はブレイクショットだけで7つの球をブレイクインさせたんです。そこからセブンと呼ばれるように」
なるほど、7つだからセブン。単純ではあるが、それ故に明確な強さを持った呼び名だ。でも、そうなると魅音がエイトと呼ばれているのは……。
「気付きましたか?」
三角さんは俺の顔を覗き込むようにそう聞いてくる。もちろんここまで来れば気付かない方がおかしい。
「魅音は大会で8球も落とした……?」
「ええ、そうです。しかも決勝で」
落とした球の数が呼び名になるのなら、そう考えるのが普通だ。だが、8球自体に特に意味は無い。問題なのは、ビリヤードで使われる球の合計数の方。
「あの大会では数字に関係なく、1球1ポイントとされていました。手玉を覗いた台上の球数は全部で15。つまり――――――――――――」
『ブレイクショットだけで彼女は優勝を決めた。』
それがどれだけ難しいことか、あれだけチャレンジした俺にはわかる。運だけ、実力だけで成し遂げられるものじゃない。その両方を持っていなければ、普通に考えて不可能だ。
「エイト様とお知り合いなのでしょう?優勝した噂、聞いたことありませんよね?」
三角さんに聞かれ、俺は「確かに……」と頷く。あれだけ引っ込み思案でフードを手放せなかった魅音なのだ。そんなすごい人がいるとなれば、学年は違えどすぐに耳に入るだろう。
「そうでしょうね。なにせ、エイト様は大会中、対戦相手にすら、フードで隠して顔を見せていませんから」
「顔を見せないって……どうして?」
確かに彼女の性格を考えれば、顔を見せなくないだけだったのかもしれないが……。わざわざ大会に出るくらいだ、視界の妨げになるフードは無い方がいいに決まってる。それをあえて被るということは、何か意味があるはずだ。
俺は彼女の心理に思考を巡らせる。だが、恥ずかしいから以外の答えが浮かんでこない。
「答え、お聞きになります?」
「ぜひ」
考え始めたことの答えがわからないままだと、どうもむず痒くなってしまう。負けを認めるようだが、ここは素直に答えを聞かせてもらおう。
俺がその考えに至って、三角さんの声に耳を傾けると、彼女は小さく微笑んだ後、囁くようにこう言った。
「エイト様、大会で優勝した時に言っていたんです。『セブン、見てますか?私はあなたのローブと共にここに立つことが出来ましたよ』と。あれはセブン様の形見なんですね」
「形見……?」
「いえ、形見と言っても亡くなってはいませんよ?ただ、事故で腕を折られたらしく、ビリヤードは引退なさったようで……」
なるほど、あれを身に付けることは、単に恥ずかしさを隠すためだけではなくて、自分を救ってくれた恩人への孝行でもあるということか。その優しさがなんとも彼女らしいな。
ぽっと胸の内に灯火がついたような、そんな温かい気持ちになった俺は、おじ様方と勝負を始めた魅音の方へと視線を向ける。
ビリヤードという繋がりがあるからだろうか。そこに一歩引いたような姿勢や、年齢の差、何より魅音がよく見せた他人を怖がる様子、その全てが存在していなかった。
あくまで対等、あくまで仲間。
キューを前に突き出した衝撃で、滲んでいた汗が粒となって床に落ちる。どこか生き生きとした表情に俺はふと思った。
走っていた頃の彼女も、きっとこんな
中学の時のことが心残りで、何も打ち込めることがなく、そのせいでオカルト研究会なんていう、胡散臭さ100%のところに入ったのかとと思っていたが、どうやら違ったらしい。
魅音が自ら言っていた通り、本当に結城へのリスペクトだったんだな。あいつにリスペクトできる部分があるのかは分からないが、2人は中学からの付き合いだ。俺も知らない部分が多々があるのだろう。
「よし、早苗。帰るか」
ラノベ詰め合わせという景品は、魅音という助っ人のおかげで手に入れることが出来たし、この礼はいつか返すとして、なるべく早く咲子さんに届けてあげないとな。予定よりも帰りがずっと遅くなってるし。
「またのご来店、お待ちしております」
三角さんの丁寧な見送りに軽く会釈をしながら、俺達は下の階へ向かうエレベーターへと乗り込んだ。
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