第121話 俺はチャレンジを受けたい

「副店長の私、三角みすみからお知らせがあります!」

 そう言って登場したのは、ピシッとしたスーツに身を包んだ女性。ビリヤード場の副店長というよりかは、カジノのディーラーと言われた方がしっくりくる。

「これから、景品をかけて皆さんに挑戦してもらいたいことがあるのです!」

 三角さんが指を鳴らすと、こちらもまたディーラーっ気の強い男の人が、店の奥からケースに入った何かを運んできた。あの中身は……。

「こちら、本日の景品であるです!」

「…………え?」

 俺は思わず声を漏らす。見てみれば、ケースの中にあるのは日ノ国屋の紙袋。俺も今日、ここまで持ってきたものと全く同じだ。

 もしかして……と思い、荷物を置いた場所を探してみる。しかし、そこに紙袋は無かった。

「……あの野郎」

 初対面の人間にまさか、ここまで堂々と盗みを働かれるとは思ってもみないだろう。カッなった俺は三角さんに歩み寄ると、彼女に向かって言った。

「それ、返してください」

 近くまで来ると、彼女は思ったよりも長身で、ハイヒールであることも相まって、俺も見下ろされる威圧感に気圧される。

「……はぃ?」

 三角さんは訳が分からないという表情で首を傾げつつ、「こちらは景品ですので……」と会釈程度に頭を下げた。あくまでシラを切るつもりらしい。こうなれば、俺も出るとこ出るしかない。

「それは俺のだ、景品にされてたまるかよ」

 はっきりと口にしたことで、彼女もわかってくれたのか、うんうんと小さく頷いた。そして俺の肩に手を置くと。

「自分のだとまで言うその心意気、気に入りました!あなたは参加決定ですね!」

 グッと親指を立てながら、ウィンクまでされてしまった。え、何この展開……知らないですけど。

「いや、そういう意味じゃ……」

「他に参加したい方はいらっしゃいますか?いなければ彼のみの挑戦となります!」

「いや、その……」

 こういう時、強気に出れない男って情けないよな。はいそうです、俺のことです。


「そんなやる気のある坊ちゃんがいるのに、俺達が出るなんて大人気ないよなぁ!」

「その通りだよ!あんな熱い少年は久しぶりだ。俺達は見守るとしようじゃないか!」

「「「「「そうだな!」」」」」


 こんな感じで、周りの台でプレイしていたおじ様方は意気投合。みんな揃って椅子に腰を下ろし、俺へと期待の眼差しを向けていた。え、何この展開……知らないですけど!?

「えっと……これ、やらなきゃダメですか?」

 俺が控えめな声でそう聞くと、三角さんは変わらない笑顔のまま、その顔を俺の方へと向けた。

「…………やらないんですか?」

 無言の圧力ってこういうことを言うんだろうな。笑顔なのに、何故かすごく怖い。

「これだけ皆さんをその気にさせておいて、その期待を裏切るんですか?エンターテイナー失格ですよ?」

 いつから俺はエンターテイナーになったんだ……なんてツッコミは出来るはずもなく、俺は目に見えないパワハラによって、首を縦に振ることしか出来なかった。

「や、やらせていただきます……」

 やらなきゃ殺られるって、多分今使う言葉だと思う。あれ、間違ってるかな?



『ルールは簡単です!店内のこのエリアにある6つのビリヤード台、全てでブレイクショットを行ってもらいます!合計12球……つまり、全ての台で平均2球以上ずつポケットインさせることが出来れば、チャレンジ成功です!』


 三角さんはあたかも簡単そうにそう言った。彼女からすれば簡単なのかもしれないし、周りのおじ様方も出来そうな面持ちではある。だが、俺からすれば、まさに二階から目薬だ。偶然入るかもしれないけど、まず無理だよね……程度の難易度。なにせ、今日が初ビリヤードだし。

 何はともあれ、キューを握って台の前に立たされた時点で、もう俺に拒否権はない。

「頑張れよ!」

「期待してるぞー!」

 おじ様方のそんな声援が、逆に俺の精神を削ってくる。応援は人を殺す……あながち間違いじゃないかもしれない。

 まあ、ここまで来れば逃げるつもりもない。あのライトノベル詰め合わせを持って帰って見せるんだ。金銭的に買い直すほどの持ち合わせもないし。

 何より持って帰れなかった時の咲子さんの反応が、予想出来なさすぎて怖い。小説家になったくらいなのだから、ラノベに対する執着はすごいはずだ。

 それに、あれらは次回作の参考にすると言っていた。つまり、あれがなければ執筆を始められないということ。それすなわち、咲子さんは編集担当から怒られるということ。

 そうなれば、俺はもう怒られる程度じゃ済まないかもしれない……。

「くそっ……やるしかねぇのか……!」

 いっそ、俺もエンターテイナーになろう。どうせならおじ様方にも楽しんでもらいたい。冷めた空気でショットしろと言うのも、逆に無理な気もするし。

「やってやる!俺が次世代のビリヤードマスターじゃぁ!」

 そう言って大袈裟に張り切り、自らを昂らせた。そんな俺の肩を叩く者がひとり……。

「言い忘れていたのですが、ワンチャレンジにつき300円いただきますね♪」

「…………あ、はい」

 まあ、チャレンジだからね。当然の対価なんだけど……そうなんだけどさ……。

「なんだかなぁ……」

 こう、ムード的なものが吹き飛ばされたような気がする。やっぱりマネーは八百万やおよろずをも超越する悪魔のタロット……なのか。いや、自分で言っててもよくわからんけど。


 とりあえず300円を支払って、一つ目の台の前に立つ。俺だって何も一回目で成功するとは思っていない。

 ただ、咲子にもらったお小遣いの残金的には、プレイ出来ても10数回という所だろうか。クレーンゲームのプレイ回数なら、十分に景品が取れる回数だが、それとこれとは話が違う。このチャレンジは100回やっても1000回やっても無理な可能性は十二分にあるのだ。

 なにせ、15個の球のうち2個をポケットインさせるから15分の2……なんて単純な確率で表せるものでは無いからな。

 プロでさえ、ブレイクショットから狙って複数個ブレイクインさせるのは至難の業かもしれない。俺も練習はしたが、入ってもひとつ、ひどい場合はゼロだ。キューを握りなれていないということもあって、強いショットが打てないのが原因だろう。

「……でも、ラノベを返してもらうためだ。ついでにエロ本も……」

 構え、狙い、そして打つ。焦る必要ない。確実に1番ボールにぶつけ、球を散らばらせる。激しく散らばれば散らばるほど、球が落ちる可能性はもちろん高くなる。


 とりあえず、1度目はなんでもいい。感覚を掴むんだ。


 何度も繰り返すその言葉を子守唄に、先程から騒がしい鼓動を落ち着かせた。体が震えなければ、狙いを定めることくらいはできる。

 あとは理科の授業で習った物理演算を思い出し、数学で習った球の中心を求める方程式を並べ、そしてゲームで何度もやった勢いのままの突きをするだけ――――――――――――っ!


 カンッ!


 耳障りのいい音とともに手玉は弾き出され、一直線に三角に並んだボールへと転がる。見事、手玉から衝撃のパスを受け取った1番ボールは、後ろのボール達へと次々と衝撃の受け渡しを行い、緑色の台面上に瞬く間にカラフルな球が散らばった。そして。


 ゴトンッゴトンッ


 穴に落ちた球は2つ。なんとかギリギリクリアだ。

「おめでとうございます!あと5連続クリアで景品ゲットですよ♪」

 ただ、失敗すればもう一度初めから。言わば、5以下を出したら即ふりだしに戻されるすごろくをやっているような感覚だ。

 一度でこの疲労感とプレッシャーだと言うのに、これをあと何回やればいいんだろうか。絶望感がすごい……。

「ではセカンドチャレンジ、いってみましょう!」

「よし、早苗頼んだ!」

「んぇぇぇ!?今、すごく情けないことしてるって気付いてる?!」

 早苗は「無理!絶対無理!」と首が取れるんじゃないかってくらい、ブンブンと横に振った。まあ、そうだよな。ここで責任転嫁するのはいくらなんでもカッコがつかないし……。

「情けなくてもいいからやってくれ!」

「こんなヘタレでも、好きでい続けてる私っておかしいのかな!?心配になってきちゃうよ!」

 なんだろう、罵られているはずなのに喜んでしまう自分がいる。不思議な感覚だ……。

「なら仕方ない、やってみるか……」

「ちょっと格好つけてるけど、私を頼ろうとした事実は消えないからね?」

「……ナニソレボクシラナイ」

「もう忘れてる!?」

 まあ、どちらにしてもやるしかないから2台目に移るんだけど。

 そして先程と同じように構え、狙いを定める。そんな時、俺はふと、いつか聞いた誰かのセリフを思い出した。


奇跡きせきは2回も起きれば既跡きせきなんだよなぁ』


 あれ、これ誰の言葉だっけ。こういうのって一度気になったら、思い出すまで落ち着かないタイプのやつだからな。どうしてこんな大事な場面で思い出しちゃうんだよ……。

 そんな心の乱れが手先のブレとなったのかもしれない。キューの先が手玉にコツンと触れ、数センチ転がってしまった。

 あれ、既視感のある失敗だなぁ……。

「チャレンジ失敗です!300円払ってもう一度やりますか?」

 嬉しそうな笑顔でそう聞いてくる三角さん。ああ、俺はこの人のカモなのかもしれない……ってダジャレじゃないよ。

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