第120話 俺は棒と玉を嗜みたい
やはり身長的な問題で、白い球まで届きにくかったのが原因だろう。不安定だった棒先は、球ではなくビリヤードの台に突き刺さり、勢いのまま折れてしまった。
幸い台に目立った傷はついておらず、棒も古びていてそろそろ交換する予定だったこともあり、弁償はしなくていいと言ってもらえた。
ここの店長らしき人がすごくいい人で、「気にしなくていいから、これを機にビリヤードを嫌いになっちゃやーよ♡」と換えの棒まで貸してくれた。オネエっぽい喋り方のマッチョだったけど、あの人のおかげでビリヤードが好きになりそうだ。
とりあえず練習を続け、最後の球を穴に入れた後、もう一度玉を三角の枠にセットする。
「次はどうする?他に遊び方もあるみたいだけど……」
俺は球や棒と一緒に渡された、ルールの書かれた紙を見ながらそう聞いた。
「他に遊び方……棒を穴に突き刺すとか?」
「お前、絶対ビリヤード以外のことを想像してるだろ」
「し、シテナイデスマスヨ?」
なんでカタコトなんだよ。そもそも日本語がおかしいし。こいつ、本当にわかり易いな。
「ほら、ここにいくつか書いてあるだろ?」
俺は紙を彼女に見せる。そこにはルールの他にも、いくつかの遊び方が書かれてあった。
『ベーシック』
全15個の球を交互に訪れる手番で多く落とした方の勝利。番号に関係無く全ての球が1点で、落とす順番も決まっていない。
『
名前の通り、8番の球をポケットインさせた方が勝ちのルール。しかし、8番の球を落とせるのは、ローボール(1~7)かハイボール(9~15)のどちらか、自分に割り振られたグループボールを全てポケットインさせてから。
グループボールの決定は、ブレイクショット(ゲーム初めのショット)後、いずれかのプレイヤーが一番初めにポケットインさせたボールの数字によって決まる。
例1)相手が1~7の的球をポケットインさせた場合、相手は1~7の落とした的球が含まれるローボールを自らのグループボールとし、自分はハイボールをポケットインさせなければならない。
例2)相手が9~15の的球をポケットインさせた場合、相手は9~15の落とした的球が含まれるハイボールを自らのグループボールとし、自分はローボールをポケットインさせなければならない。
なお、8番の球を、自分のグループボールを全て落とす前にポケットインさせてしまったり、台の外へと飛び出させてしまった場合などは、そのプレイヤーの負けとなる。
『
9個の球を用いるルール。常に最小の数字が書かれた球を落としていき、最後に9番ボールをポケットインさせたプレイヤーが勝利する。
ナインボールはエイトボールと違い、9番ボール以外が全てポケットインされていなくても、ショットされた球や、それにぶつかって転がった球などによって弾かれてポケットインした場合なども、そのショットを行ったプレイヤーの勝利となる。
なお、このルールではワンゲームに一度だけ※『プッシュアウト』をすることが出来る。
※プッシュアウトとは
ポケットビリヤードと共通のルールであるノーヒット(手球が最初に最小の的球に当たらなかった場合)、ノークッション(ショットされた手球が最小番号の的球に当たった後、手球、的球のどちらもがクッションに届かなかった場合)、そのどちらものファウルを取られることなく、手玉を任意の位置にショット出来るルール。
なお、プッシュアウト後の手番では、プッシュアウトされた側のプレイヤーはパスを選択することが出来る。
「他にも『ローテーション』だったり、『ワンポケット』に『カイルン』、3人以上なら『隠し球』ってルールもあるみたいだな」
ビリヤードにこんなに沢山のルールがあるなんて知らなかった。ただ球を突き合うだけの競技かと思えば、意外と奥が深いんだな。
早苗はしばらくの間、ルールの書かれた髪を見つめたあと、その内の一つを指差して口を開いた。
「この『カットボール』って言うの、面白そう!」
「カットボールか。隠し球ってのと似たルールのやつだったか?」
『隠し球』というのは、エイトボールと同じように自分の持ち玉を決めるタイプのルールで、自分の持ち玉をポケットインされないようにしながら、他プレイヤーの球を落としていくというものだ。
基本的に3人用のルールで、持ち玉は15番までの球を5個ずつの3グループに分ける。
自分の持ち玉以外は誰のものかを知らないままプレイするのが『隠し球』。持ち玉を明かしてプレイするのが『カットボール』だと考えて問題ないだろう。ここに書かれている分のルール的に大差はないはずだ。
「でも、これ3人用だぞ?」
そう、カットボールは3人用のルール。2人でするには球の数が多いのだ。それを理解しているのか、早苗は11~15の球を手に取り、台の上から除外した。
「それなら球を減らせばいいよ!10番までを使って、持ち玉は5個ずつ。これで問題ないでしょ?」
なるほど……早苗の割になんて言ったらさすがに失礼だが、俺ではそこまで頭が回らなかったな。こういうひらめきというのは、案外テストの点数に関係なかったりするものだ。
「よし、それでいこう」
俺もゲームですらやった事ないルールだ。内心ワクワクしている。
「ボールの並べ方とか、先攻後攻の決め方とか、細かいルールもあるみたいだが、試合でもないし適当でいいよな」
とりあえず1番ボールを先端に置いて、あとのボールは適当に並べる。初心者同士の戦いじゃ、ここらはきっとあまり関係してこないだろうからな。ルールに凝るよりも楽しんだもん勝ちってやつだ。
「よし、じゃあ早苗からでいいぞ」
さっき知ったんだが、このボールを並べるための三角形の枠の名前、『ラック』って言うんだな。球を突くための棒は『キュー』なんだとか。馴染みのない俺はキューなんて言われたら、映画の撮影か最近配信されたアプリゲームかと思ってしまうくらいだ。でも、知ってたらちょっと自慢できそうだよな。
「よしっ!絶対に勝つからね!」
早苗はなかなか張り切っているらしい。それなら、俺もここで彼女にエールを送ってやるとするか。
「今度はその棒、折らないようにな?」
「……はぁ」
あれ、何故か呆れられてしまった?嫌味みたいに聞こえたのだろうか。それなら悪いことをしたな。何か別のエールを……。
そう頭の中で試行錯誤していると、ふと壁に貼られたチラシが目に留まる。そこにはこの店の売り文句的なものが書かれていた。
「『さあ、突き合おう』……か」
「ふぇっ!?」
早苗は変な声を出しながら、構えていた体勢を崩す。そのせいでキューの先がブレて、狙っていた手玉に触れてしまう。手玉は力無くコロコロと転がっていき、そのまま何もない場所で止まった。
その様子を見届けた早苗は、肩をわなわな震わせながら、俺の方をキッと振り返る。
「あ、あおくんが変な事言うから、失敗しちゃったじゃんか!」
「え、俺のせい?」
別に、俺はなにかしたつもりは無いんだけどな……。
「つ、付き合おうなんて言われたら……動揺するに決まってるでしょ!私の心を弄ばないでよっ!」
彼女はそう言いながら、ぎゅっと胸を押える。なるほど、あのチラシは『突き合う』と『付き合う』を掛けていたのか。世界一ダサい告白としてネットに上げられてしまいそうだけど、ギャグとしては悪くは無いな。
だが、そのギャグを本気と捉える人も存在するわけで……。
「で、でも……まあ……あおくんが本当に考えてくれてるなら……?私も付き合いたい……かな、なんて……」
頬を赤らめながら、チラチラとこちらの様子を伺うような視線を送ってくる早苗。せめてキューを抱きしめて、胸の谷間にくい込ませるのはやめてもらいたい。目のやり場に困るからさ。
それにしてもややこしい事になった。俺の言葉が原因だから、無下にも出来ないしな。ここはなんとか穏便な形で解決できないだろうか。
そんな時だ。人生というのは、こういう場面で案外都合がいいように回っているらしい。
「ビリヤードをお楽しみ中の皆さん!副店長の私、
満面の笑みを浮かべた女性が現れてくれたのだから。
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