第119話 俺は幼馴染の歌声が聞きたい
7冊目のあらすじを読み終えたところで、ちょうど早苗が戻ってきた。その時には既に顔の熱は冷め切っていて、「ただいまっ!」という彼女に落ち着いて「おかえり」と言うことが出来た。
ちなみに、6冊目は異能系学園ファンタジー、7冊目は学園遊戯系だった。次回作の参考にするためだからだろうか、色んなジャンルのを求めてたんだな。(エロ本も含めて)借りて読むのが楽しみだ。
「よし、じゃあ行くか」
「うんっ!」
嬉しそうに頷く早苗とともに、俺は駅の出口へと向かった。
「本当にここで良かったのか?」
「うん!久しぶりにあおくんと二人で来たかったんだ〜♪」
テーブルの上にジュースの入ったコップを置きながら、早苗はそう言って微笑んだ。
ここは狭い個室の中。テレビやスピーカー、ディスプレイなどが置かれている――――――――――そう、カラオケルームだ。
俺もここに来るのはかなり久しぶりで、最後は確か、唯奈と二人で来た時だったはず。正確には連れてこられたんだけど。
一方で、早苗と来るのは中学の時以来になるな。あの時はもう一人いたんだけど……あれ、誰と来たんだっけ?忘れちまったな。
「じゃあ、私からでいい?」
早苗のその言葉に、俺は「ああ、むしろありがたい」と言って頷く。カラオケって1番目に歌うのって何気に勇気いるよな。早苗とだから気を遣う必要はないはずなのだが、自分の歌声にあまり自信が無いからだろうか。無意識に遠慮しちゃってるのかもしれない。
「ふふ♪じゃあ、これにしよっ♪」
早苗は鼻歌を歌いながら曲を送信すると、マイクを手に取る。スイッチをオンにして、あーあーと声を出しながら音量を調整してから、曲をスタートさせた。
軽快なリズムの前奏が流れ始め、彼女はそれに合わせて肩を揺らす。それを見ていると、俺も少しずつ気持ちが昂ってきて、体は無意識にリズムを刻んでいた。
そして長めの前奏が終わり、スピーカーから早苗が息を吸う音が聞こえてくる。――――――――――――――――その直後。
俺は思い出したのだ。中学の時、一緒にカラオケに来た友達の名前を。そして、彼女がどうして二度と一緒に遊ばなくなったのかについても。
―――――――――――こいつ、ありえないくらい音痴なんだったよ。
狭い個室の中が地獄と化したのは言うまでもない。そこから俺が解放されたのは、早苗が満足してマイクを手放した5時間後の事だった。
「あおくん、大丈夫?」
心配そうな表情で俺の顔を覗き込んでくる早苗。どうやら、しばらくの間気絶していたらしい。その理由は単純明快、目の前にいる彼女の歌声だ。
しばらく聞いていなかったから忘れていたが、早苗は歌がとてつもなく下手だった。鼻歌や料理の時に口ずさむ歌など、大きな声で歌わないものは普通なのに、マイクを握った途端、その口から発せられるのはジャ〇アンもびっくりな地獄の旋律に変わる。
そんなものを5時間……いや、2時間半も聞かされれば、あの中学の時の友達だって二度と遊びたくもなくなるよな。あの人、早苗の歌のせいで一時的な精神不安定に陥ったらしいし。
俺だって幼馴染じゃなかったらとっくに逃げていた。彼女の歌声は、彼女の姿中身のプラスポイントを全てひっくるめてもなお、マイナスに変えてしまうほどの絶望性を持っているのだ。
結局、俺が歌ったのはまだ元気が残っていた初めの方だけで、残りは全部早苗のワンマンショー。あまり楽しそうに歌うものだから、止めるにも止められず、トイレに行くふりをして回復したり、こうして気絶をすることで自分の身と精神を保護していた。
「だ、大丈夫……だ」
できれば心配は歌っている途中にでもしてもらいたかったのだが、今となってはもう文句を言っても仕方が無い。まだ帰るには早い時間だし、次に遊びに行く場所で挽回しよう。
なに、これ以上悪い状況になんてなるはずがないのだ。今度は安心していけるだろう。
「よし、次はどこに行こうか」
早苗に誘われ、俺達はとある競技ができるエリアへとやってきた。
「お前、こんなのやったことあるのか?」
俺は近くの椅子に荷物を置きながらそう聞いた。
「ううん!でも、やり方は知ってるよ?玉と棒を扱う遊びでしょ?」
「まあ、間違っちゃいないんだが……」
間違ってなくても、説明が大雑把すぎる。誰かが聞いたら「えっ!?」てなるぞ。
「こう、棒を優しく握るんだよね?」
「まあ、優しくなくてもいいと思うが、人様のもんだからな。丁寧なのはいいことだ」
「それで、棒で突いて穴に入れ―――――――――」
「お前、わざとやってるよな?」
ここまで来れば俺にだってわかる。純粋無垢な箱入り娘でない限り、『ビリヤード』の説明に玉と棒、穴なんて言い方はしないはずだ。思春期の高校生なら、この意味をわかってくれると思う。
「な、なんの事かなぁ……?」
早苗はあくまでわかっていないフリをするつもりらしい。こいつが純粋無垢じゃないことは、エロゲーを持ってきた瞬間からわかってたってのに。
「まあいいや、早くやろうぜ」
彼女の相手をしていては、2時間という台借りの制限があっという間に過ぎてしまう。俺は手早く名前も知らない三角の枠に球を並べ、台の上のいい感じの位置に置く。これで三角の枠を外せば、ビリヤードのスタート準備完了って訳だ。
俺は借りてきた棒のうち、1本を早苗に手渡す。
「ところで、あおくんはやったことあるの?」
「いいや?ゲームでしかやった事ないな」
かの有名な『初めましてのうぃー』というゲームだ。何種類かのゲームを遊べるのだが、その中でも特にビリヤードの操作が難しかったのを覚えている。棒で突く位置を決め、専用リモコンを後ろに引き、前に突き出せば玉が転がるって仕様だ。
簡単なように聞こえるかもしれないが、ポインターとの関係で、操作ミスがよく起こるんだよな。リモコンを突き出してるのに玉が動かなかったり、強弱を付けにくかったり、そのせいで白い玉が穴に落ちてしまったり……。
子供の頃は画面に向かって怒ってたな。『違うだろぉぉ!このハゲーっ!』って。いや、こんな言い方はしてないか。とにかく、懐かしい思い出だ。
「まあ、本物をやった事がない点では、俺も早苗と同じだな」
「あおくんと同じ……うへへ……♪」
「そこに喜びを見い出せるお前が羨ましいよ」
日本人口の3分の1……いや、それ以上は俺と同じだと思うけどな。ビリヤードなんて、みんながみんなやる競技じゃないだろうし。
「とりあえず、練習で交互に打っていくか。数字とかは気にせずに、ポケットに玉が入ったら連続で打てる。それでビリヤードに慣れよう」
俺の言葉に、早苗は頷く。そして「あおくんからでいいよ」と白い玉を手渡してくれた。俺はそれを規定の位置にセットし、周りでプレイしている人達の構え方を見よう見まねでやってみる。
「よし、じゃあ始めるぞ」
俺はそう言ってから、棒を突き出した。
勢いよく転がった白い玉は、しっかりと1番の玉にぶつかり、全ての玉が綺麗に散らばる。どの玉もポケットインはしなかったが、初めてにしてはよくできた方だと思う。
「次は私の番だね!」
早苗はそう言うと、俺と入れ替わりで白い玉に向き合う。どうやら、ギリギリのところで穴に落ちなかった8番の玉を狙っているらしい。
「よし……いける!」
どこからその自信が湧いたのかは分からないが、楽しんでいるようで何よりだ。
彼女の身長では、少し台が高いように見える。少し奥にある白い玉には、背伸びをしないと届かないらしい。そういう人のための踏み台も借りれるらしいが、頑張っている姿を見るのも楽しいし、気付くまで黙っておこう。
「……?あおくん、何か悪いこと考えてない?」
「いや、考えてないぞ?」
「そう?気のせいかな……」
首を傾げながら、もう一度台に向き合う早苗。こいつ、意外と勘がいいな……。バレたら文句言われるだろうし、顔や態度に出ないように気をつけないと……。
俺がそんなことを考えていることを知っているのか、知らないのか。早苗は深呼吸をしてから、思いっきり棒を突き出した。これが彼女の初ビリヤード―――――――――バキッ!
「……」
「……」
異様な音に彼女の手元を覗き込んでみると、その手には先端が折れた棒が握られていた。完全にやらかしたな……。
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