第116話 俺は幼馴染ちゃんを遊びに誘いたい
翌日、サンドラがやって来て2日目のこと。
「あおくん、何してるの?」
彼女の部屋で荷物をまとめている俺を見つけた早苗は、不思議そうな顔で首を傾げた。
「いや、そろそろ自分の家での生活に戻ろうかと思ってな。休み中だし、生活リズムを戻すのにも最適だろ?」
俺は昨晩、『いつまで小森家に泊まってるんだろう』と思い至ってから、翌朝にはここを出ていこうと決めていたのだ。その旨を伝えると、早苗はしゅんと肩を落とす。
「ずっと一緒に住めると思ってたのに……」
「さすがにそれは無理だろ。俺もお前も、もう年頃なんだしな。同じ部屋の同じベッドで寝てても、手を出さなかった俺を褒めて欲しいくらいだ」
「まあ、1回は襲われそうになったけどね?」
「ゔっ……」
自分から墓穴を掘ってしまった……。あの時の記憶は早く捨てて欲しいんだけどな。これから先も、ことある事にちらつかされそうで怖いし。
「けど、あおくんが帰りたいって言うなら仕方ないよね。私が自分家が好きなように、あおくんもあおくん家が好きなんだもんね」
「早苗……」
こいつ、いつの間にかこんな大人びたことが言えるようになっていたのか。幼馴染の成長に感動だ。
「しょうがないから、私があおくんの家に住むことにしますっ!」
「丁重にお断りさせていただきます」
「なんで!?」
逆にどうしてお前はその結論に至ったんだよ。流れ的に絶対違ってただろ。
「私があおくんの家に住めば、料理もするし、洗濯もするし、お風呂だって洗うよ?」
「それじゃもう幼馴染じゃなくて家政婦だろ」
「トイレだってついて行ってあげるし、着替えも手伝うよ?望むなら下の世話だって……」
「お前は俺を何歳だと思ってんだ?全部自分で出来るわ!てか、最後のは絶対させねぇよ?」
「涙で枕を濡らす夜も、ずっとそばにいてあげるよ?」
「ポエム!?」
なんだ、その詩的なセリフは。てか、毎晩枕を濡らすわけじゃないから、毎日そばにいられても困るんですけど……。
「とにかく、俺はお前とは住まない。また泊まりに来たりはしてやるから、それで勘弁してくれ」
「むぅ……わかった……」
早苗はほっぺをふくらませながらそう言うと、スマホを取り出していくらか操作をする。それから画面を俺に向けた。
「じゃあ、明日と明後日と明明後日、それから何日間か、泊まりに来てもらう予定入れとくね♪」
「……」
こいつ、何がなんでも俺と住みたいんだな。今だと絶対ついてくる気だろうし、俺が自分の家に帰れる日はもう少し先になりそうだ。
「碧斗君、早苗と遊びに行ってきたら?」
翌朝、台所に立つ咲子さんが思いついたようにそう言った。
「遊びにって……どこへ?」
休みと言えど、特に2人で遊び行く予定なんてなかったからな……。
「それは碧斗君が決めるものよ。デートなんだからエスコートしてあげなくちゃ♪」
「デート……なんですかね?」
早苗と出かけるのって、デートと呼んでいいのか曖昧なんだよな。そこはやっぱり幼馴染って肩書きが強く主張してくるから。
「ていうか、行くことは決定なんですね……」
俺がため息をつきながらそう言うと、咲子さんは「もちろん!」と首を縦に振った。
「実は、買ってきて欲しいものがあるのよ。そのついでに遊んできたらどうかしら、と思って」
「要するにパシリですね」
「ひ、人聞きが悪いわね。自分で行きたいところなのよ?でも、今日の午後はちょっと用事があるのよ……」
どうしても頼まれてもらえない?と顔色を伺ってくる彼女に、さすがの俺も断りきれなかった。なんだかんだ咲子さんにはお世話になっているし、母の日では無いが(幼馴染の)親への孝行として、それくらいは聞いてあげようと思ったのだ。
「分かりました。その代わり、サンドラの面倒見は頼みますよ?」
「ありがとう!用事と言っても家で済むことだから、そこのところは問題ないわ」
俺が了承したことで、表情をぱっと明るくした咲子さん。彼女も昨日、サンドラに懸命にエサを手渡しで与え続けたおかげで、『変な人』から『食べ物をくれる人』に昇格しているらしいからな。噛まれたりすることもそう多くはないだろう。これなら安心して遊びに行ける。
「それで、何を買ってこればいいんですか?」
当然の質問だと思う。買ってきて欲しいものを聞かなければ、根本的な目的が達成されないからな。
俺の問いに、咲子さんは「それはねぇ……」と少しの間視線をキョロキョロとさせる。そして意を決したような真面目な表情で言った。
「18禁コーナーの―――――――――」
「ああ、やっぱり今日はサンドラと遊ぶことにします」
「冗談!冗談よ!だから部屋に戻ろうとするのはやめて頂戴!」
遊び相手の名前が『さ』しか合ってないわよ!と俺の足にすがりついてくる咲子さん。名前以前に種族が違ぇよ。てか、そのツッコミは初めて聞いたわ。
さすがに彼女を引きずりながら階段を上ることも出来ないので、俺はため息をつきつつ、足を止める。
「本当に買ってきて欲しいものはなんですか?ちゃんと必要なものを言ってください。じゃないと買ってきませんから」
俺の本気の呆れ度合いを感じたのか、咲子さんはふざけるのを観念したらしい。そしていくつかの商品名をメモしたものを手渡してくれた。
「――――――――ああ、なるほど」
「――――――――というわけで、お前を遊びに誘ったんだ」
最寄り駅から数駅間電車に揺られ、終点である梅井駅の改札を出たところ。横を歩く早苗に咲子さんとのやり取りの始終を話した。
「なんだ……突然誘ってくれたと思ったらお母さんが……」
早苗はどこかガッカリしているようにも見えるが、遊びに行くのは同じなのだから、俺的には別にいいのでは?と思ってしまう。こういうのって女心がわかってないとか言われそうだよな。
「とりあえずどこに遊びに行くかは後で決めるとして、先に咲子さんのための買い物、済ませてもいいか?」
もちろん買い物に必要なお金は咲子さんが出しているのだが、買う予定のもののわりに多く渡されたのだ。それを何故かと聞けば、必要なものを買ってきてくれる代わりに、遊ぶのに必要なお小遣いくらいは私が出してあげる……ということらしい。
彼女にしては太っ腹だ。有難く楽しませてもらうとしよう。早苗が頷いたのを確認して、俺は足をエスカレーターへと向けた。あそこを降りて少し歩けば、必要な物が売っている場所がある。
「ここらにあると思うんだけどな……」
メモを確認しながら、俺は本棚の間を練り歩く。
陳列された本の背表紙にはやたら長いタイトルがあったり、表紙には可愛い女の子の絵が書いてあるものばかり。
そう、俺達がやってきたの梅井駅の建物の中にある本屋さん、『
ぶっちゃけてしまうと、咲子さんは今まで書いていた『ちょっとおかしいけれど日常』が完結し、執筆もひと段落……と思っていた。けど、編集者から「名前が売れている今が稼ぎ時!だからすぐに新作の案を持ってきてね!バイビー!」と言われたらしく、その参考として気になるライトノベルを読み漁ることにしたんだとか。
早咲 苗子の執筆の役に立てるなら俺も文句はないし……と快くOKしてここまで足を運んだのだ。
日の国屋はここら一帯でも、かなり大きい書店だから、咲子さんに頼まれたものもきっと置いてあると思う。俺は1冊ずつタイトルを確認しながら、メモに書かれたのと同じものを見つけては、本棚から抜き取って早苗に手渡していく。
しかし、順調に7冊は抜き取ったものの、最後の1冊だけがどうしても見つからない。他のものなら『また今度』で済んだのだが、こればかりはそうはいかなかった。
「これだけは何がなんでも見つけて来いって言われてるんだよな……」
あれだけ釘を刺されたら、やすやすと買えずに帰るわけにもいかない。これはどうしたものか……。
そう頭を抱える俺に、彼女はやってきた。
「お客様、何かお探しですか?」
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