第113話 俺はキャットフードを買いに行きたい
早苗が噛まれたショックから復活した頃、ふとサンドラの食べ物がないことに気が付き、俺は頭を悩ませていた。
「猫ってキャットフードだけでいいのか?」
「ど、どうだろうね……」
サンドラは早苗が近づく度、「シャー!」と牙を剥く。それによって彼女は俺に近づくことが出来ず、部屋の隅でオドオドしていた。こいつ、なんでこんなに嫌われてるんだ?
「笹倉に聞こうにも、今は飛行機の中だろうし……」
さすがに今電話するのは気が引ける。かと言って、何もわからずに買ってくるのもなんだかな……。猫にチョコを食べさせてはいけないことくらいなら聞いたことはあるが、それ以外に何かあったりするんだろうか。ペットショップで店員さんに聞いてみるのもいいかもしれないな。
「じゃあちょっとエサを買いに行ってくるわ」
俺は早苗にそう言って、リュックを背負う。その直後、サンドラがリュックに飛び込んだ。
「ん?お前もついてくるのか?別にいいけど……」
こいつ、やけに俺には懐いてるよな。別に何かしたつもりは無いんだが、好かれて嫌な気はしない。
「え、わ、私も……」
「シャー!」
「あぅぅ……」
早苗もついてこようとこちらに歩み寄ろうとするが、サンドラが威嚇するために、渋々涙目で引き下がることに。
早苗には悪いが、今回は彼女のためにも家に残ってもらうしかないな。
「なんで私、こんなに嫌われてるの……」
「犬みたいだからじゃないか?多分、敵視されてるんだよ」
「そんなぁ……」
猫ちゃん、好きなのに……と肩を落とす早苗。そんな彼女をそっと慰めて、俺は家を出た。確か、ペットショップは公園の近くにあったはずだ。
ペットショップに向かう道中。
「あ、あおっちじゃん!」
後ろから呼ばれて振り返ると、そこにはこちらに向けて手を振る唯奈の姿があった。
「あれ、唯奈さんじゃないですか。どうしてここに?」
「いやぁ、この子の新しいおもちゃを買おうと思ってね〜♪」
唯奈はそう言うと、手に持っていたリードを軽く引く。その先には黒い子犬が繋がれていた。
「『ましゅまろ』っていうんだよ〜♪ほら、マシュマロみたいにもふもふでしょ?」
「可愛い名前ですね。唯奈さんもペット飼ってたんですか」
「私も……ってことはあおっちも?」
「あ、いや、俺は……」
俺がそう言うと、カバンの中からサンドラが飛び出してくる。その姿を見た唯奈は目を丸くした。
「あれ、その子サンドラちゃん?あやっちの家の子だよね?」
「そうです。旅行に行っている間、預かることになったんですよ」
俺の言葉に、唯奈は「そう言えばそんなこと言ってたかも」と小さく頷く。
「それじゃ、あおっちもペットショップに行くの?」
「はい、エサを買おうと思って」
偶然にも目的地が同じということで、俺達は一緒に行くことにした。談笑しながら歩いていたからか、案外すぐに着いたような気がする。
「ここのペットショップ、最近できたんだって。私も来るのは初めてなんだよね〜♪」
「そうなんですか?」
俺はペットを飼ってないから、ペットショップに来ることなんてまず無いもんな。見かけたことがあったから、かろうじて場所は知ってたけど、ペットショップってどんな物が置いてあるんだろうか。
少しワクワクしながら、俺は唯奈に続いて自動ドアをくぐり、店内へと足を踏み入れた。
入店を知らせるピンポーンという音が鳴り、それを聞き付けた店員さんが店の奥から「いらっしゃいませ!」と声をかけてくれる。
「うわ、すごいですね……」
店内を見回した俺は、思わずため息混じりの感想を漏らす。決して大きな店という訳ではなく、むしろ小さいくらいだと言うのに、所狭しとペット用品が並んでいる。
「私が欲しいものはあるかなぁ〜?」
品数の多さに気圧されている俺とは違って、唯奈さんはどんどんと奥へと歩いていってしまう。そんな彼女を追いかけるように、俺も棚を確認しながら、店の奥へと向かった。
途中、ましゅまろが気に入ったおもちゃをいくつか手に取り、最後にブラシを選んでからそれらをレジに持っていく唯奈。俺の捜し物はレジ横に置いてあった。
「これでいいんですかね?」
唯奈にそう聞いてみるが、彼女は猫のことはよく分からないと首を傾げていた。猫の餌って言っても、メーカーや種類が沢山あるものなんだな。サンドラに合うのはどれなんだろうか。カバンから顔を出したサンドラがクンクンの匂いを嗅いでいるが、きっと本人に聞いてもわからないよな……。そもそも喋れないし。
「そうね、その子ならこっちの方がいいんじゃないかしら?」
俺が悩んでいるのを見兼ねたのか、突然歩いてきた若い女の人が、そう言いながら赤い袋のキャットフードを抱え上げた。
「あ、ありがとうございます!」
礼を言って顔をあげると、目に映ったのはこの店のロゴが描かれたエプロン。女の人はここの店員さんなのだろう。
「ふふっ、いいのよ。碧斗くんだもの」
「……え?なんで俺の名前を……」
名前を呼ばれて驚いた俺は、反射的に女の人の顔を見る。この店に来るのは初めてだし、そもそも彼女を街で見かけることはあっても、名前を知るような仲になったなら、ちゃんと覚えているはずだ。
「私のこと、覚えてないかしら?あまり雰囲気も変わっていないと思うけど……」
「いや、えっと……」
待てよ、この声……どこかで聞き覚えがある。どことなく雰囲気が唯奈に似ていて、なんだかとても懐かしい気持ちになるような……。
「パン屋さんで働いてた、って言えばわかるかな?」
「えっ!?まさか……あのお姉さん!?」
思い出した!俺が小さい頃に通っていた、森野ベーカリーのお姉さんだ!確か、名前は
「そうだよ!大きくなったね、碧斗くん♪」
そう言ってニコッと笑うお姉さん。いやはや、まさかこんな場所で再開するとは……。
「この人が前にあおっちが言ってた、パン屋さんの話に出てきた女の子?」
唯奈はそう言いながら首を傾げる。そう言えば、彼女に麦さんから聞いた話をしたんだっけ。
「はい、
俺がそう紹介すると、麦さんは「何の話?」と首を傾げながらも、唯奈に向かって会釈をした。
「でも、パン屋さんはどうしたんですか?お母さん、元気になったんですよね?」
あの話の中では確か、疎遠になった麦さんのお父さんのおかげでお金が貯まり、お母さんに手術を受けさせてあげられたはずだ。
店で麦さんのお母さんに会ったことは無いが、元気にはなっているはず……。
「うん、その通り!お母さん、私が大きくなってからは1人で店を切り盛りするようになったの。それで私は、ずっとやってみたかったペットショップの店員になろうと思ったのよ」
なるほど、だからここで働いているのか。
「ということは、麦さんはここでアルバイトを?」
店員ということはそういうことになるだろう。だが、俺がそう聞いた途端、彼女は眉間にシワを寄せた。
「私、こう見えてもう28よ?アルバイトなんてやってる歳じゃないんだから」
俺が小さい時に、彼女は既に高校生だったのだから、もうそれくらいの年齢か。時の流れるのは早いもんだな。
麦さんは得意げな表情で胸を張ると、近くにあった店のチラシを俺に見えるように広げた。そこに書かれている店名は……。
「『森野ペット店』って、もしかして……」
「その通り!この店は私が作ったのよ♪」
アルバイトかと思ったら、まさかの店長だった。もう28だと言ったが、その年齢で店を持つのは、いくらなんでも凄過ぎるだろ……。
俺の驚き様に気を良くしたのか、麦さんは「ふふふっ♪」と満足そうに笑うと、両手を腹の前で重ね合わせ、ピシッと姿勢を正してから真っ直ぐに俺を見つめる。
「改めて……いらっしゃいませ!森野ペット店へようこそ♪」
そう言って深々とお辞儀をした。
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