第111話 俺達は文化祭で優勝したい

「実は俺―――――――――――」

 ドラムロールが鳴り響き、スポットライトが駆け巡る。想像以上にドキドキするが、ここで一言いえば開放されるんだ。笑われるくらい軽い代償だろう。

 俺はそう心を決めて、ドラムロールが鳴り止むと同時に、大声で叫んだ。


「父親を事故で亡くしてますっ!」


 俺の言葉に、盛り上がっていた会場が一気に静まり返る。……あれ、俺間違えたのか?一瞬そう思ったものの、その考えはすぐに打ち消される。


「少年、よく言った!」

「辛かっただろう!泣いてもいいんだぞ!」

「強く生きろよ!応援するぞぉ!」


 そんな温かい声が聞こえてきたから。正直なところ、父親に関する記憶はそんなに多くないし、悲しくなるかと言われれば、そんなことはあまりない。母さんから聞いた話だと、父さんは建設会社の社員で、現場を見に行った時に運悪く落ちてきた鉄骨の下敷きになったらしい。

 そんな父さんの葬式の時、母さんが泣いていなかったことを俺は覚えている。『お父さんが言ってたのよ。俺が死んだ時は絶対に泣くな。天国で再開した時に、思い出話でもしながら、一緒に嬉し泣きをしようって……だから今は泣かないわ』と歯を食いしばっていた母さんは、今でも強く印象に残っている。


 父さんに関する記憶と言えば、あとは『さあや』と巡り合わせてくれた事くらいか。あの日、父さんが公園に行こうと言わなければ、俺は彼女と出会うこともなかった。そして別れることも……。


「大丈夫ですか?」

 司会者にそう声をかけられ、俺は我に返る。ダメだ、『さあや』のことになると、いつも自分の世界に入ってしまう。

「大丈夫です。ありがとうございました」

 俺はそう言って、足早にステージを後にした。登ってきた方とは反対側から降りると、早苗が心配そうな表情で立っているのが目に入る。

「あおくん……あんなこと言ってよかったの?」

「ああ、大丈夫だろ。今の時代、母子家庭なんて珍しくないからな」

「そ、そうだけど……」

 今まであまり人に言ったことがなかったが故に、彼女は俺が無理をしていないかと心配してくれているのだろう。

 俺は母さんと二人暮しでも、不自由だなんて感じたことは無いし、そもそもそれは、小森家が隣に住んでいてくれたおかげでもある。

 父さんが亡くなった時、落ち込む母を慰めてくれたのは咲子さんだった。

 母さんの落ち込む姿に動揺し、訳もわからず公園でぼーっとしていた俺に、汚い字で『げんきになーれ』と書いた手紙をくれたのは早苗だった。

 あんなにも俺たちに寄り添ってくれたのは、彼女ら家族もまた、父親を失った家族だったからだろう。小森家の場合は事故ではなく、旦那側の不倫が原因の離婚という形ではあったが、それでも家族を失ったということに変わりはない。

 今でも咲子さんは時々、「早苗には私みたいに失敗して欲しくないの」と呟いているくらいだから、ショックはかなりの物だったはずだ。

 それを考えると、俺達は不幸でありながらも幸せだったんだなと思わされる。

「心配してくれてありがとうな。俺は平気だから」

 そう言ってお礼に頭を撫でてやると、早苗は嬉しそうに目を細めた。もっともっと!と言わんばかりに首を伸ばして擦り寄ってくるも、俺のなでなではそこで中断される。笹倉が舞台に上がったのが見えたからだ。

「お名前と学年をどうぞ!」

「ええ。笹倉 彩葉、2年生よ」

 お馴染みのやり取りをいくらかした後、本題へと映る。

「では、最後の参加者である笹倉さん!ぶっちゃけちゃってくださいっ!」

 司会者がそう言うとドラムロールが流れ始める。笹倉が真剣な表情をしているからか、俺までドキドキしてきた。そして連続する音が鳴り止んだ瞬間、スポットライトによって笹倉が照らし出され、まるでその場に彼女しかいないかのように錯覚してしまう。

「実は私――――――――――――」

 笹倉は大きく息を吸うと、落ち着いた、でもハッキリとした口調で打ち明けた。


「私、んです」


 彼女の声は、星の見え始めた空の闇に溶けるように消え、観客達は少しずつざわつき始めた。笹倉のことを知らないような他校の生徒達はきょとんとしているが、逆に彼女を知っている生徒達は「え?」という声を漏らしている。それは俺も同じだった。

 笹倉に姉がいるなんて話は聞いたことがない。そもそも彼女の家族構成を聞いたことは無いが、これだけ長く一緒にいれば、姉がいることくらいわかるだろう。

 ……いや、待てよ。彼女は姉がとわざわざ過去形にしていた。それってつまり、今は居ないってことなんじゃないか?

 昔はいたけど今はいない。姉が性転換して兄になった……なんて微笑ましいものでは無いはずだ。この事が示すもの、それは――――――――――。


 笹倉の姉は……既に亡くなっている……?


 にわかには信じ難いことではある。でも、この場で言っていること自体に信憑性があるし、そもそも嘘をつく必要性を感じない。

 笹倉の姉……一体どんな人だったんだろう。彼女に似て、クールで綺麗な人だったのだろうか。もしも生きていたら、話してみたかったな……。

「碧斗くん、お疲れ様」

 気がつくと、笹倉は既に舞台から降りて来ていた。俺が言えたことではないが、彼女の表情は、まさかつい数十秒前に家族の死を暴露した人のものとは、到底思えないほど凛としている。

「あ、ああ、お疲れ様……」

 普通に口にしたつもりなのに、その声には少し戸惑いの色が浮き出ていて、笹倉にもそれは見透かされてしまった。

「私の言ったことに動揺しているの?」

「……ああ」

 弱々しく頷いた俺に、彼女はクスクスと笑う。そして、耳元に口を寄せると小さな声でこう言った。


「そうね。碧斗くんはたくさん悩んだ方がいいわ、私の姉について」


 俺には、彼女の言葉の意味がわからなかった。どうして面識のない人について『悩んだ方がいい』だなんて言うのか。もっと深く聞こうとしたけれど、俺の耳から顔を離した笹倉は、出口に向かって数歩進むと。

「そろそろ終了時間ね。お店の片付けを手伝いに行きましょうか」

 そう言って、優しい笑顔でこちらを振り返った。その表情に俺はどこか、『もう何も聞かないで』と言われているような気がして、それ以上は踏み込むことが出来なかった。



 その後、猫カフェに戻った俺達は、生徒会の人達がクラス別の売上と、文化祭に来てくれた人達の投票の結果を集計してくれている間に、女子は食器や机・イスの片付け、男子は店の解体作業を行った。

 作るのが大変だった割に、解体作業はあっさりと進んでいく。1日を共にした店との別れが惜しいのか、唯奈がちょっと涙目になっているのが見えた。

「わ、私の売上げがぁ……」

 いや、違った。どうやら売上がクラスで均等に分配されるという事実を知って、悔し泣きしているらしい。「私、一日中レジしたのに……なんで均等……」なんて言ってるのが聞こえたから間違いない。

 まあ、時給制ではないからな。勝手にレジから離れなかったのだから、そう言われても困りものだ。ていうか、そもそも唯奈ってこんなキャラだっけ?



 解体作業を終えて、教室に戻って女子と合流。あとは放送で行われる結果発表を待つだけだ。

「楽しみね」

 笹倉がそう言いながら俺の隣に立つ。彼女の反対側の隣には、ドキドキしているのが隠しきれず、少し体が揺れている早苗が立っている。地味に肘が脇腹に当たってきてちょっとウザイが、彼女の気持ちも分からなくないので我慢しておく。

 この場にいる全員が、聞こえてくるであろう放送に耳を澄ましていた。そしてついにその時が――――――――――。


『あーあー、聞こえてる?これ、聞こえてるの?おーい』


 マイクをポンポンと叩く音とともに、なんともアホそうな女の声が聞こえてきた。放送って一方的なものだから、『おーい』なんて言っても確認できねぇだろ。


『あー、聞こえてるって信じて話すね?では、これから文化祭、最優秀出店賞の発表をさせてもらいます!』



 最優秀出店賞。その言葉が聞こえると同時に、笹倉が俺の右手を握った。

 その顔を見てみると、表情が少し強ばっていて、不安さを隠せないでいるんだとわかる。だから、俺は何を言うでもなく、ただその手を強く握り返した。


『まず第3位の発表です!第3位は――――――――――――――1年D組の射的です!』


「ああ、あの射的の……ちっ」

 俺の知らない間に何があったのかは知らないが、笹倉が1年D組をよく思っていないことは確かだ。らしくなく舌打ちまでしていることから、相当なことをされたんだろう。笹倉を怒らせるって、そいつら正気か?


『続いて第2位は―――――――――3年C組のわたがし店です!』


「……あのわたがしね。私の分が残っていなかった、あのわたがし……」

「笹倉、落ち着け。まだ負けたと決まったわけじゃないだろ?な?」

 わたがしの件を根に持っている笹倉は、その瞳から完全に光を失っていた。これ、負けたら本当にやばいんじゃ……?俺まで巻き添えにされそうで怖いんだけど……。


『そして第1位の発表です!』


 その声が聞こえてくると同時に、教室内にドラムロールの音が響く。この学校の奴ら、とりあえずドラムロール鳴らしとけばいいと思ってるだろ。まあ、それで何とかなるもんなんだけどさ。


『第1位は――――――――――あれ、これ本当に合ってんの?私のクラスが優勝じゃないの?』

『違うに決まってんだろ。何がフォークダンス体験教室だ。そんなの人が集まらないことくらい、馬鹿でも分かるだろうが』

『ああ!今、フォークダンスを馬鹿にしたな!フォークダンス協会に訴えてやるから!』

『そ、そんなのがあるのか?』

『……知らない♪』

『おい、お前なぁ!』


 あのぉ……放送でイチャイチャを放送されても困るんで、早く結果を言って貰えませんかねぇ……。

 そう思っているのは俺だけではないらしく、教室を見回すと、みんな呆れた顔をしていた。


『あ、そうそう。第1位は2年A組の猫カフェで〜す。おめでとうございます〜!』


「随分と投げやりだなぁ!?もっと雰囲気を大事にしようぜ?」

 思わずスピーカーに向かってツッコんでしまった。クラスメイト達の呆れた視線が俺に向けられる。かなり恥ずかしい……。


『え?演劇部門も2年A組が優勝?確か、コスプレコンテストの優勝者もそのクラスの子だよね?まさかの三冠達成?グランドスラムじゃん!』


「だからもっと雰囲気を大事にしようぜ!?」


 いや、嬉しいけどさ!早苗達のために頑張った甲斐があったってもんだけど、もっとドキドキできる発表の仕方なかったんですかね?


『3位までのクラスには、後日表彰状が送られます!楽しみにしていてくださいね!』


 発表の仕方はアレだったせいで、優勝の感覚が薄かったが、だんだんと実感が湧いてきたのか、徐々に教室はざわつきはじめた。


「俺達……優勝したのか?」

「猫カフェで勝てたのね!」

「女子の猫姿も見れて、優勝も出来て……俺、人生で一番幸せな日だわ……」


 彼らの言葉に笹倉や早苗も喜びが込み上げてきたらしく、同時に俺に飛びついてきた。

「私達、優勝したのね!」

「あおくんのおかげだよ!ありがとうっ!」

 あまり抱きしめられると暑苦しいし、クラスメイト達の視線が照れ臭い(一部は痛い)が、2人が頑張った今日くらいは――――――――――――。

「やったな!俺達が1位だ!」

 抱きしめ返すくらいなら、してやってもいいかな。


『あっ……ちょっと、ここ放送室……んっ、もうそんな積極的に……あ、マイク切るの忘れて――――――ブツッ』


「あいつら、放送室で何やってるんだろうな……」

 イチャイチャの限度を越えていた気もするが、純粋な俺にはよく分からないな。とりあえず、あの二人のせいで冷めた教室の空気、何とかしてもらわないと。



 ―――――――――――――とまあ、こんな感じで俺の文化祭は終わりを迎えた。

 なんだかんだで抱えていた問題も全て解決できたし、文化祭には不思議な力があるという噂は、本当なのかもしれないな。

 明日からは笹倉と会えない連休が続くということで、若干落ち込み気味の俺は、夜中に彼女から送られてきたメッセージを見て首を傾げていた。


『碧斗くん、猫は好きかしら?』

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