第110話 俺は打ち明けたいことを探したい
「あら?」
夕日の赤がさらに濃くなってきた頃。コスプレコンテストを行ったステージ前に戻ってくると、そこでは別のイベントが行われようとしていた。それに気がついた笹倉が、ふと足を止める。
ステージ上の看板には、『その秘めた想い、今日打ち明けちゃおう!』などと書かれていて、その横にちっちゃな文字で『風紀委員会主催』とも書かれている。
「あれかしら、昔テレビでやってたっていう、学生が屋上から告白するみたいな……」
笹倉は不思議なものでも見たみたいな目で、首を傾げながら舞台を見つめている。確かに昔にそういう番組があったという話は聞いたことがあるが、この時代にわざわざ持ってこようと思う奴がいるとはな……。
「私、出たいっ!」
我慢できないと言わんばかりに、早苗が手を挙げてそう言った。まあ、出たいと言うなら止める理由もないし、せっかくの機会だもんな。
「まだ受付はやってるみたいだ。行ってきたらどうだ?」
「いいの?やったぁ!」
彼女は飛び跳ねて喜ぶと、「行ってくる!」とステージ横の受付へと走って行った。
「……」
「……」
笹倉との間に何故か沈黙が流れる。普段の彼女なら「小森さんって子供ね」なんて言って、クスクスと笑うところだと思うんだが……。
「…………」
まあ、俺もそこまで鈍感じゃない。千鶴に鈍感だって言われたけど、それはそれ、これはこれだ。今の笹倉の気持ちなら、そんな俺でもよく分かる。だって、ずっと早苗の背中から目を離さないんだから。
「笹倉も行ってくるか?」
「えっ?いや、私は……」
「じゃあ俺は行ってこようかな〜」
「そ、それなら私も……」
「やっぱり行きたいんじゃないか」
「うぅ……」
良く言えば素直、悪く言えば単純で分かりやすい。でも、だからこそ少し背中を押しただけで、彼女は前に進める。まあ、そんな悩むほどのことでもないけどな。
「い、いいからっ!碧斗くんも一緒に行くわよっ!」
「あれ?結構乗り気だな〜?」
「も、もう!それ以上言ったらベトナムに永住するから!」
「……申し訳ありませんでした」
それを言われちゃ抵抗できない。それをよくわかっていらっしゃる。元々少し興味のあった俺は、笹倉に手を引かれるがまま、受付へと向かった。
最後の参加者としてギリギリ滑り込んだ俺と笹倉は、風紀委員の1人からそれぞれ『49』『50』と書かれた缶バッチを受け取った。胸につけろということらしい。
普通に考えれば、俺の前には48人の『打ち明け隊』が居て、後ろには笹倉だけ。ひとりひとりの打ち明ける内容にもよるが、自分の番が回ってくるのにも、なかなか時間がかかりそうだ。幸い待ち時間を過ごすための休憩所(イスあり)が用意されていたため、ステージに上がる前に疲れる……なんてことは無さそうだけど。
「では、一番の方から順番にどうぞ!」
風紀委員の女の子にそう言われ、座っていた他校のJKが、その隣のJKに「じゃあ行ってくるね〜」と言いながら、舞台へと向かうべく腰を上げた。
自然とその背中を目で追いつつ、俺はふと思う。『あのJKは緊張しないんだろうか』と。正直に言えば、俺はすごく緊張している。先程、簡易的な開会式があったのだが、舞台袖から覗いただけでも、観客達の視線の多さに圧倒されそうだった。
時間も遅くなってきているし、おそらくみんなほとんどのクラスの出店を見終わってしまったのだろう。目新しいのはステージで行われるイベントだけ。なら、自然とそこに人が集まるのも頷ける。
そんな場所に単身で乗り込んでいけるJK……末恐ろしいまでのメンタルだな。俺が1番手だったら、絶対に初期の早苗みたいになるぞ。要するに震えて何も言えないってことだ。
「私、実は―――――――――」
そんな声が聞こえてきて、打ち明けが始まったんだと分かる。このペースなら思っていたよりも時間はかからなさそうだ。舞台に上がって、挨拶と自己紹介、それから打ち明けたいことを叫ぶ。それで終わりだ。頭の中で何度もシミュレーションすれば、緊張も薄くなっていくだろうし、待ち時間は有効に使おう。
そこまで考え、俺は1人で納得する。そして脳内シミュレーション開始。
まず舞台に上がって、司会者の隣に立ったら観客に向けてお辞儀。それから名前と学年を言って、それから―――――――――――――あれ?
そこで俺のシミュレーションはストップした。そう言えば、何を打ち明けるのかを決めていなかったな。ていうか、そもそも俺に打ち明けることなんてあったっけ?面白そうだからと参加してみたものの、よく考えたらそこまで打ち明けたいことも無ければ、面白いことが言える訳でもないし……。
もしかして俺、選択をミスったのか……?
「あ、そうだ!笹倉は何を打ち明けるんだ?」
思いつかないなら、他の人から聞いて参考にすればいい。その考えに至った俺は、すぐに笹倉に聞いてみた。
だが、彼女は「ここで言っちゃったら驚いてくれないでしょ?後のお楽しみよ」と教えてくれなかった。早苗に聞いても同じような返しをされた。
笹倉とは反対側に座っていた、80代くらいに見えるおじいちゃんに聞いたところ、「ワシは今年で112歳になるんじゃ、フォッフォッフォ」と言われて普通に驚いた。主に『フォッフォッフォ』という笑い方をするおじいちゃんが実在するということに。
その後、入れば飛ばし世界大会で優勝したことがあると打ち明けたおばあちゃんや、バツ7を経て今の奥さんと結婚したと打ち明けたサラリーマン、暗殺者として悪の組織の幹部7名をターゲティングしたものの、1人も仕留められずに引退したことを打ち明けた大学生のお姉さん等、様々な暴露を耳にした。
本当なのか嘘なのか、わからないものも多かったが、こういうのは追求してはいけない娯楽だと割り切って、思考回路を停止させる。
ちなみに元暗殺者(?)のお姉さんは、舞台に上がってきた黒服達にどこかへ連れていかれてしまった。きっとあれも雰囲気を盛り上げるための演出だよね。うん、そうに違いない。
そして47人目、早苗の順番が回ってきた。彼女は
少々緊張気味であったものの、「がんばってくる!」と覚悟を示し、しっかりとした足取りで舞台へと上がっていった。途中でつまずいた気もするけど、見なかったことにしよう。
何となく心配になった俺は、過保護だろうかと思いつつも、舞台袖から早苗を眺めることにした。
「お名前は?」
司会者にそう聞かれ、彼女は震える声で「こ、こみょり さにゃえでふ!」と答えた。
「小森 早苗さんですね!いい名前です!」
なんで伝わってんだよ……とツッコミそうになるも、その声はなんとかギリギリのところで引っ込める。同じ学校なんだから、元々知っていてもおかしくはないからな。
「学年は2年生ですね?リボンの色でわかります!」
「そ、そうです!」
それから早苗は司会者といくらか会話をした。おそらく、緊張を解いてから次の段階に進もうという、司会者なりの気遣いだろう。
そのおかげか、声色だけでもリラックスしていることが分かるくらいになり、それを見計らって段階は次へと進む。
「では、小森さんに暴露して頂きましょう!」
司会者がそう言って舞台中央から退くと、ドラムロールが鳴り響き、夕日が沈んで暗くなったステージ上をいくつかのスポットライトが駆け巡る。何度見ても無駄に凝ってるよな。
「実は私は―――――――――――――」
早苗が口を開いた瞬間、デデン!という効果音が響き、同時に、全てのスポットライトが彼女を一点に照らし出す。
「私……好きな人のパンツをカバンに入れて持ち運んでますっ!」
「はぁぁ―――――むぐっ!」
思わず叫びそうになって、いつの間にか背後にいた笹倉に口を塞がれる。確かに彼女のステージを邪魔するのは悪いと思うが、好きな人のパンツって、俺のってことだろ?明らかにその方が悪いじゃねぇか。
ていうか、いつの間に盗みやがったんだ?そう言えば、小森家の洗濯は咲子さんがやってくれてるんだったよな。つまり、洗濯する前、した後の下着を盗み出すことくらい、2人が共謀すれば赤子の手をひねるようなものなのか……。
俺もいちいち下着の数の確認なんてしていないから、うっかりしていたな。これからは気をつけよう。ついでに早苗からも取り返しておこう。匂いなんて嗅がれたらたまったもんじゃない。そんな瞬間を目撃したら、俺でも恥ずか死ぬわ。
とりあえず今は我慢するとして、早苗の暴露が終わったということは、俺は次の112歳のおじいちゃんが終わったその後ということになる。まだ何言うか決まってないんだが……。
どうしようか……と悩んでいるうちにおじいちゃんの
頭の中が真っ白なままステージに上がった俺は、何言か司会者と会話し、少しずつ心を落ち着けていく。こうなったら心を決めるしかない。何も言わずに後ろ指を差されるくらいなら、おかしなことを言って笑われる方がまだマシだ!
「実は俺――――――――――――――」
ステージに響く盛大なドラムロールが、俺の背中を押してくれた。
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