第106話 (偽)彼女さんと幼馴染ちゃんは競い合いたい

 猫カフェで働いていて、気付いたことがある。


 笹倉はテキパキとしていて、注文をとるのも正確で、料理を運ぶのだって上手い。まるでこういう仕事の経験があるように見える。

 だが、早苗はその逆で、注文をよく間違えるし、机の脚に自分の足をひっかけて転びそうになることも多々ある。というか、既に何度か料理を床にこぼしている。

 これだけを聞くと、早苗がダメダメで笹倉が完璧。客の目も笹倉に傾く……と思うのだが、それが意外と早苗の人気も高いのだ。

 守ってあげたくなってしまうゆるふわな見た目や、その頑張っているが故のドジ、一番大きいのは愛想の良さだろう。

 彼女は注文を聞く時、繰り返す時、料理を運ぶ時、終始笑顔なのだ。それはきっと、作られたものではなく、彼女の心から溢れ出るもの。真似しようと思ってできるものでは無いと思う。

 言うなれば、常時デレ中のネコ。おしりから垂れるしっぽを忙しなく振りながら、一生懸命お客様ご主人様のために働いているのだ。これはもう、キュン死もありうるレベル。


 対する笹倉は少々表情が固く、言動が業務的。言うなれば常時ツン中のネコ。お客様ご主人様にちょっと素っ気なく、やることをやればサッと居なくなってしまう。

 寂しさを感じてしまうが、その反面、短い時間に詰め込まれた奉仕の心を感じられるだろう。

 ただ、彼女には最終奥義とも言える武器がある。

 忙しい時は気にしていられないのだろうが、少し仕事が落ち着いた時にだけ見せる、しっぽや耳をいじる仕草……あれがたまらん。

 ほんのりと頬を赤くしているあたり、やはりその格好が恥ずかしいのだろう。

 業務に集中している間はクールビューティ。少しの休憩では赤面ビューティ。そのギャップに気付くことが出来た客は少なくはなく、皆胸のあたりを押さえながら店を出ていく。


 どちらも魅力的なカフェ業務ネコだ。俺もどちらかを指名しろと言われたら、3時間くらい悩んだ末に、『2倍の料金払うから2人とも……』と言って断られるだろう。まあ、この店に指名制度はないんだけど。

「ねえ、あおっち。そんな熱い眼差しを向けて、何を考えてるのかにゃ〜?」

 突然そう言われたかと思うと、耳を何かふわふわしたもので撫でられた。思わず体がビクッと跳ねる。

「って、唯奈さん!!い、いきなり何するんですか……」

 振り返るとそこには唯奈が、自分のおしりから伸びるしっぽを握って立っていた。さっきのふわふわしたのはしっぽの先端か……。

 これで撫でられた時、一瞬背中がゾワッとした。気持ちよさでも、気持ち悪さでもない何かを感じた気がする……なんか怖い。

 そんなことを考えながら、撫でられた方の耳を手で隠した。

「むふっ♪あおっちはお耳が弱いのかにゃ?それなら唯奈お姉さんが耳かきをしてあげてもいいにゃよ〜?」

 にやにやと口元を緩ませながら、まさに猫なで声で首を傾げる彼女。俺は無意識に耳かきをされている自分を想像してしまい、慌てて首を横に振る。

「け、結構です!耳かきくらい自分で出来ます!」

 俺がそう言って唯奈から一歩離れると、彼女は不満そうな表情を見せた。

「人にしてもらうからいいのににゃ〜?」

「あの、その語尾……恥ずかしくないんですか?」

「う、うるさいにゃ!役ににゃりきってるんだにゃ!」

 指摘されたせいで無駄に意識してしまったのか、さらに『にゃ』が増えた彼女は、ぷいっとそっぽを向いてしまった。女の子のこういうところってずるいよな。俺みたいなやつは、その可愛さには勝てないんだから。

「ところで、何か用があったんじゃないですか?」

 俺がそう聞くと、唯奈は「あ、忘れるところだった!」と言って、俺の耳に口を寄せてきた。また耳攻撃かと思って警戒したが、伝えたいことがあるだけらしい。

「私、あおっちのためにイベントを考えました〜♪」

「俺のためのイベント?」

 俺のためって、一体どんなイベントだろう。唯奈がエロゲを実況してくれるとかだろうか。でも、それだとイベントと言うよりか単なるサプライズだな。サプライズと言っても驚きの方の。

 そもそもクラスメイトがそんなことしているのを観るって、逆に罰ゲームな気もするし、びっくり以外の感情は湧かないと思う。ただし、彼女が登場人物の役になりきって、艶かしい声で実況し始めない限りは。

 まあ、そんなイベントはありえないので、脳の片隅に置いておくとして……。

「どんなイベントなんだ?」

 俺がそう聞くと、唯奈は得意げにその寂しい胸を張る。そしてドヤ顔で言った。

「『猫カフェ2大看板娘対決』だよ!」

 猫カフェ2大看板娘対決……まあ、聞かなくても何となく予想できるが、一応聞いておくか。

「それはどういう感じのやつなんですかね?」

「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれた!」

 唯奈はそう言うと、どこからともなくホワイトボードを引っ張ってきて、置いてあったペンのフタをキュポッと外した。

「あやっちとさなえっち、この店の看板娘たる2人に、どちらがより人気かを決めてもらうんだよ!」

 まあ、そうでしょうね。ちゃんと予想通りの答えが返ってきたよ。

「ちゃんと大々的に2人の勝負を打ち出して、お客さん達に投票してもらう……ってのはどう?」

「どうと聞かれてもな……」

 確かにそれなら客足も伸びて、文化祭出店大賞にも手が届くかもしれないけど……でも、俺の一存で決められるものでは無いからな。

「それは2人に聞かないと分から―――――――」

「私はやるわよ」

 俺の言葉を遮るように、いつの間にか後ろにいた笹倉がそう言った。どうやら注文ラッシュが落ち着いたらしい。

「だって、小森さんに負けたままでは居られないもの!」

 やけに気合のこもった声。余程、コスプレコンテストでの敗北が身に染みたのだろう。握りしめた拳をワナワナと震わせながら、少しずつ俺に歩み寄ってくる。なんか怖い!

「私だって勝ち越してみせるもん!笹倉さんなんかに負けないもん!」

 そう言って俺と笹倉の間に割り込んだのは、もちろん早苗だ。彼女は笹倉を見上げると、「がるるるるる!」と威嚇し始めた。あれ、ここ猫カフェ……だよな?

「2人はやる気みたいだけど?」

 どうする?と俺に意見を求めてくる唯奈。まあ、こうなれば俺が首を振る方向は決まっているようなものだ。

「やる気があるならやってもらうか。ただし、ギブアップはナシだからな?」

 俺の言葉に、2人は「もちろん!」と力強く頷いた。それを聞いた唯奈は、「よし!張り切っていこ〜♪」と言いながらホワイトボードをくるりと回転させる。そこには『看板猫娘対決!ぜひ清き一票を!』と書かれてあった。用意早すぎるだろ……。

 それから唯奈は、店の奥から『看板猫娘対決!いい子揃ってるよ!』と書かれた看板を抱えて、店の外へと出ていった。

 売り文句がなんかキャバクラみたいだし、そもそもこの対決のこと、いつから考えてたんだ?看板が用意してあるってことは―――――――――――――あいつ、策士だな……。



 対決の準備に少し時間がかかっている。

 対決の応援を呼びかけて、投票の箱を作って、2人に準備してもらって……だけなら、10分もかからないのだが。

「まだ終わらないのか?」

「もう少し待ってね〜……あ、出来た!」

 嬉しそうな声を上げた唯奈は、俺にノートパソコンの画面を見せてくる。そこにはこの店の名前や場所、対決の内容、投票方法などが載っている。

 そう、彼女は看板だけでなく、猫カフェのウェブサイトまで作ってしまったのだ。

 どこまで本気ガチなんだよ……とも思ったが、投票の方法も直接ではなく、サイトに作った投票画面からしてもらうことにすると聞いて、俺は納得した。数える手間も省けるし、その方が効率的だからな。

「よし、これで準備完了♪対決、始められるよ!」

 唯奈はそう言うと、店の角にパソコンを開いて置く。そこには現在はどちらもゼロな投票の割合と、店の風景が映し出されていた。

 パソコンに取り付けられたカメラで店の風景を撮影し、サイトからそれを見れるようにしてあるんだとか。百聞は一見にしかずとも言うし、視覚的に2人の姿を見ることで、猫カフェに足を運びたくなる人もいるだろう……とのこと。

 まだ始まっていないと言うのに、唯奈の宣伝のおかげか、『楽しみ!』だとか、『はやくはじめろー!』だとか、ニコ〇コ配信のようなコメントが流れていた。これなら視覚的にも盛り上がりがわかるし、より効果的なんだろう。

「よし、2人とも準備はいいか?」

 俺の言葉にしっかりと頷いて見せた笹倉と早苗は、互いに猫耳を向け合う。

「さっきも言ったけれど、私、負けたままでは終わらないから」

「私だって負けないもん!あおくん……じゃなくてお客様のハートを掴むのは私だもんっ!」

 バチバチという音が聞こえてきそうなほど、激しく睨み合う2人。コメントもその熱にあてられて、さらに盛り上がってきた。

「よし、じゃあ対決スタート♪」

 唯奈の軽いその一声で、対決の火蓋は切って落とされた。

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