第107話 (男)友達は俺を振り向かせたい

唯奈の『あんまり長くてもダレちゃうから、時間を決めよ〜♪』という要望を受けいれて、看板猫娘対決は制限時間を1時間と決めた。

画面に表示されたタイマーは着々と進み、客足もゆるやかではあるが、確実に伸びている。コメント欄もより一層激しく更新されていて、『笹倉派』と『早苗派』に別れての論争も起きているらしい。

SNSでの喧嘩はあまりよく思わない俺だが、こういうのは大歓迎だ。ヒートアップすればする程、この勝負も面白くなるからな。


そんな熱い戦場から1度外れて、俺はあくまで観戦者として端の方に座っている、千鶴の隣に腰掛けた。そして比較的小さな声で問いかける。

「お前は対決に出なくてよかったのか?こういうの好きだろ?」

千鶴は女装して注目を浴びるのが好きだ。ちゃんとしていれば、男だとバレる心配もないし、こんな勝負事には割り込んでくると思ってたのだが……。

「いや、俺が入ったら明らかにお邪魔だろ」

彼はそう言って首を横に振った。

「そうか?俺は三つ巴の方が面白くなると思うんだけどな……」

「碧斗って、時々そういう時あるよな」

俺の言葉に、やれやれと言わんばかりの呆れたような顔をする千鶴。ブロンドちゃんスタイルでそれをやられると、怒るに怒れないな……。

「そういう時ってどういう時だよ」

「お前は時々、馬鹿なのかってくらい鈍感なんだよ。俺も周りもみんな気付いてるってのにな」

「馬鹿はひどいな……。でも、俺が一体何に気付いてないんだ?」

俺の疑問に、千鶴は「マジで気づいてないのか……?」と一瞬心配の色を見せたが、忙しく動き回る看板猫娘たちに視線を向けると、やがて口を開いた。

「あの2人はな、この店の一番になりたくて頑張ってるんじゃないんだよ。お前の一番になりたくて、いいところを見せたくて走り回ってるんだ。それくらい気付いてやれよ」

「俺の、一番に……?」

そんなことは全然意識していなかった。ただただ、2人は互いに対抗心をぶつけ合っているだけなんだと思っていた。

でも、あれも全部、俺へのアピールのためなのか?

「もちろん文化祭を楽しみたいって気持ちもあるだろうな。でも、一番はやっぱりお前なんだよ。好きな奴に良く見られたいって思うのは、普通のことだろ?」

確かにそうだ。俺だってあの二人にかっこ悪いところは見せたくない。できればかっこいいと思われたい。その気持ちは一方通行じゃなかったってわけだ。

「でもさ、千鶴も一応、俺のことが好きなんだろ……?それなら戦ってもよかったんじゃ……」

俺がそう言って首を傾げると、千鶴はあからさまにため息をついて、そっぽを向いてしまう。

「……バカ。そういう所が鈍感だって言ってんだよ」

「え?あ、もしかして、ついに早苗一筋に決めたのか?それなら俺が対象じゃなくなってもおかしく―――――――――」

「違うんだよっ……!」

そんな言葉は聞いていられない!と言わんばかりに、俺の口を両手で塞いでくる千鶴。そんな彼を正面から見てようやく気づいた。


―――――――――――彼の目は少し潤んでいた。


「私が碧斗の恋愛対象に入ってないことくらい、とっくに気がついてるんだよ……!一度好きになった人を、簡単に諦められるわけないだろ……?」

千鶴は、怒りと悲しみと悔しさをぐちゃぐちゃに混ぜたような表情でそう告げた。そんな彼の言葉は俺の胸の奥にグサグサと突き刺さってくる。

『一度好きになった人を、簡単に諦められるわけないだろ……?』

この一言に、どれだけの重みがあるのか。笹倉との件があった俺には、十二分に伝わってきたから。


「……ごめんな、千鶴。確かに俺はお前を恋愛対象として見れてない」

「……うん、知ってる」

彼の気持ちが伝わってくるからこそ、本当の気持ちをちゃんと伝えないといけないと思った。今は悲しい顔をさせてしまうけれど、ずっと引きずって行くよりかはマシだと思うから。

「でも、お前がずっと好きでいてくれてるってのは、やっぱり凄く嬉しいし、お前の気持ちを受けいれてやりたいって想いも、俺の中にある」

言葉を紡いでも、千鶴の涙は消えない。ただただ、潤んだ瞳で真っ直ぐに俺を見つめて、「……知ってる」と呟くだけだ。

「でもやっぱり、俺は笹倉と早苗でしか悩めない。他の女子や千鶴に対して、可愛いと思う事はあっても、あの二人とは何かが違うんだ」

「……知ってる」

何も言っても晴れない千鶴の表情に、俺は心が痛くなるのを感じた。そして気がつくと頭を下げて、彼に向かって刃物を投げようとしていた。

「悪いけど、俺がお前を好きになる事は多分―――――――――」

「そんなことない」

でも、その言葉の刃物は彼に刺さる寸前で受け止められ、心臓まで届くことは無かった。確かに致命傷にはならなかったけれど、受け止めた手には傷を負わせてしまったかもしれない。

けれど千鶴は、そんな傷なんて気にしないとばかりに、俺を真っ直ぐな瞳で見つめると、首を横に振る。

「絶対にそんなことない。今は身を引くけど、諦めるわけじゃないから。私だって、頑張って碧斗にアピールするから―――――――――――」

彼はそういうと、メイド服の裾をぎゅっと握りしめた。

「いつか絶対に振り向かせてやるから!」

涙を溢れるがままにぽたぽたと落としながら、そう言いきった。

まあ、俺が笹倉一筋から早苗側に揺らいだように、この先何が起きるかわからない。もしかしたら千鶴のことを好きになるのだって、有り得なくはないのだ。だから、俺は否定することはしなかった。

「そうだな。もしかしたらって可能性はあるもんな……だから、全力でぶつかってきていいぞ?」

彼の全部を受け入れてやる。出来ているようで出来ていなかったことを、俺は今、しっかりと成し遂げた。

「あおとぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

俺の言葉に感動したのか、より一層激しく泣く千鶴。俺はその頭を優しく抱き寄せてやる。

「ごめんごめん、そんなに泣くなよ」

そっと頭を撫でてやれば、気持ちも少しずつ落ち着いてくる。

「碧斗が悪いんだから……」

泣いたせいで赤くなってしまっている。そんな表情を見せつけられたら、早くも心が揺らぎそうだが、そこは何とか耐え忍んで。

「ごめんって。何をしたら許してくれるんだ?」

そう聞いた。すると、千鶴はしめた!といわんばかりにニヤッと笑って、楽しそうな顔で言う。

「じゃあ、この前した『次の休みは私と過ごす』っていうの、ちゃんと守ってよね♪」

その表情の変わりように、俺は思わずため息をついた。

「どこからが演技だよ……」

そんな俺を見てむふふっ♪と笑った彼は、「初めから……って言ったらどうする?」なんて言ってからかってくる。

「お前は本当に、最後まで真っ直ぐでいてくれないよな……」

呆れたようにそう言うと、彼はチッチッチッと人差し指を横に振る。

女の武器は有用な時に使うものなのだよ♪」

千鶴はそう言ってドヤ顔する。俺はそんな彼を微笑ましく思うも、同時に騙された仕返しをしたいと思い、軽くデコピンをお見舞してやった。

「お前は女じゃねぇだろ!」

という言葉とともに。

まあ、「心は女の子だもん!」と返されて、なんにも言えなかったけど。

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