第96話 俺はアイドルさん(青)にアドバイスしたい
「ルールを説明します!」
そう言って黒沢さんがルール説明を始めた。だが、あまりにも下手すぎたため、俺の頭の中で簡単にまとめたものが以下だ。
『魅力アピール対決』では、司会者が独断と偏見を全開にして、観客の中から出場者の異性(今回の出場者は女子のみなので男性)を指名して選出する。
選出者はステージに用意した椅子に座ってもらい、出場者はステージに登場した順番に1人ずつ選出者と向き合ってもらう。
アピール開始の合図とともに黒沢さんがタイマーをスタートさせるので、とにかく選出者を照れさせるまでのタイムを競う対決……というわけだ。
照れるの基準は『口元を隠す』、『顔の一部が赤くなる』、『面白さからではない笑顔を見せる(照れ笑い)』など色々あるが、タイマーを止めるのも黒沢さんなので、結局はこちらも彼女の独断と偏見だ。
ちなみに、出場者は選出者に対して、犯罪行為やそれに近いものでなければ、何をしても構わないというルールになっている。
あくまで『照れさせる』事が終了条件なので、暴力だったり脅迫だったりはないと思うが、なんだか怖いからあんまり選ばれたくないな……。
そんなことを思いながら少し俯いていると。
「では、関ヶ谷 碧斗くん!コンテスト司会の権限を使って、あなたを指名します!」
「はぁ!?」
ピンポイントで指名されてしまった……。これぞ、『授業中、問題の答えが分からなくて俯いていたら、何故かピンポイントで先生に当てられる』の法則!
多分、シャルガフより人生に役立つから覚えておくといいだろう。
ちなみに、『分かります!』という顔をしていても当てられるから気をつけよう。
「指名理由は俯いていたから!それと噂で名前を知っていたから!観客なのにステージを見ないなんてダメだよ!罰として照れ地獄送りの刑!」
ほら、やっぱり……。
「えっと、拒否権は……」
「あるわけないよ?コンテストを盛り下げるつもり?」
ガチのトーンで言われたその言葉に、俺は腰を上げざるを得なかった。
……これからの人生、絶対に俯かない。顔上げて生きていこう。
そう心に決めて、俺は重い足を引きずるようにステージへと向かった。どうして俺が公衆の面前で照れなきゃならないんだよ……。
順番がステージに上がった人からということなので、1番手は自然と雲母さんになる。その他の5人はは、対決に影響が出ては行けないからという理由から、選出者……もとい俺の視界に入らない位置に待機してもらっているらしい。
出場者と選出者の姿がよく見えるように、椅子は観客に対して垂直方向に設置されている。つまり、俺の恥ずかしい姿がよく見えるというわけだ。
「碧斗さん、あくまでも公平な対決なので、誰か一人だけ特別扱いすることのないように!」
黒沢さんから意外にもしっかりとした注意喚起をされ、しっかりと頷いて見せた俺は、目の前に立つ彼女、西門 雲母を見つめる。
俺はこれから彼女に照れさせられるんだ。
このフレーズだけを聞くとどことなくエロく聞こえなくもないが、あくまで健全な照れだから安心してくれ。あっても15禁程度だろう。
「では、スタート!」
黒沢さんの合図とともに、舞台に置かれた大きなタイマーが動き始め、同時に雲母さんも動き始める。
「じゃ、じゃあ……失礼しますね……」
そう言いながら俺の肩に手を置き、たどたどしい動きで顔を近づけてくる彼女。
そんな彼女の顔は息のかかりそうなほど近くで止まり、その目は俺をじっと見つめてきた。
「……」
「……」
うん、すごく整ったな顔つきだ。これだけ近くで見ても肌はすごく綺麗だし、パーツひとつひとつが美少女の素質を持っているように見える。高校三年生という大人でも子供でもある時期だからか、その両方の魅力が見え隠れしたりもするし、どことなくいい匂いもしてくるあたり……さすがだ。
もう照れる要素は十分に揃っている……のだが、俺の顔はむしろ引きつっていた。だって、肩に触れる手や彼女の瞳、唇が小刻みに震えていたから。
今は夏と秋の中間くらいの季節。少なくとも寒いということは無いはずだ。つまりこの震えの正体は……。
「雲母さん、緊張してるんですか?」
俺の問いかけに、彼女は肩を跳ねさせる。これはもう、図星だって言っているようなものだろう。
「肩に力が入ってますし、表情が固いです。それではいくら俺相手でも、照れさせることなんて出来ませんよ?」
俺はメンタリストでも、恋のスペシャリストでもないから、アドバイスみたいなことをしたら鼻につくだけかもしれないけれど、こんな間近で失敗する人間を見ていて、そのまま放っておけるような性分では無い。
「笑顔は女の子を割増で可愛く見せると言いますから、肩の力を抜いてください。それから、相手を照れさせる時はこんな感じで――――――――――」
俺はそう言うと、彼女の頭をポンポンと撫でながら。
「雲母さん、可愛いですよ」
いわゆるイケボとやらをイメージした声で、そう言った。頭を撫でるのには、相手を安心させる効果があると何かの記事で読んだことがある。そこに優しい言葉を乗せれば、さらに効果は倍増なんだとか。
「って感じで相手を褒めれば…………ってあれ?」
ふと目の前の彼女に目をやれば、何やら右頬と胸を抑えながら、虚ろな目でこちらを見つめていた。
「雲母さん、大丈夫ですか?胸が苦しかったり……」
「んー、胸は苦しいかも。でも大丈夫、だから……」
軽く首を横に振った彼女は、『俺を照れさせる』という目的も忘れてこちらに背を向けると、よろよろとした足取りで歩き出した。
「え、雲母さん?」
その奇怪な行動に、俺は思わず椅子から腰を浮かせる。反射的に彼女を止めようとしたのだ。
「あの……コンテスト中ですよ?」
俺の呼び掛けに、やっと正気を取り戻したらしい彼女は、はっ!っと顔を上げると、体を反転させてこちらに早足で戻ってこようとする。だが……。
「きゃっ!?」
未だ不安定な足取りの彼女は、途中で足を引っ掛けてバランスを崩し、身を投げ出すような形で両足が宙に浮いてしまった。
「え、ちょ!?」
脳が命令する前に動いていた体は、火事場の馬鹿力とやらのおかげか、何とか雲母さんが落ちてくる前に落下地点に滑り込み、自らをクッションにして彼女を受け止める。我ながら超人的なレスキューだと思った。
さすがに自分より年上の女子がモロ体の上に落下してきたのだから、受け止める際に「うぐっ!?」と異質な声は出てしまったけれど、それ以外に特に問題は無い。
「いてて……雲母さん、大丈夫ですか?」
俺の上でぐったりとしたまま動かない彼女に心配の声をかけると、彼女は俺の胸に顔をうずめたまま、「うう……」と唸った。
もしやどこか怪我をしたんじゃ……と思ったが、その考えは顔を上げた彼女が発した、次の言葉によってかき消される。
「君……カッコよすぎるよぉ……」
真っ赤な顔でうるうるとした瞳をこちらに向け、何か柔らかいものを俺の腹部に押し付けながら、ねっとりとした声でそう言ってまた胸に顔をうずめられる。
年上先輩(美少女)にこんなことをされて、しかも直接的に「かっこいい」と褒められて、これで何も感じないほど俺も腐ってはいない。
気がつけば、俺の顔は彼女と同じくらい赤くなっていた。
「はーい!そこまで〜!」
その表情が『照れ』と認識され、タイマーの数字が動きを止める。
「若干、選出者による出場者と体を密着させるという犯罪行為まがいなことはありましたが、ルールで禁止しているのは『出場者から選出者』の場合のみなので、この場では見逃すことにしましょう!」
「いや、完全に不可抗力だろ!?」
「通報したい方はご自由にどうぞ!」
「いや、みんなしないでね!?」
黒沢さんはひとしきりからかって満足というような顔をすると、タイマーの方に目を移す。こいつ、絶対許さん……。
「雲母さんの記録、4分22秒!このタイムが次からの出場者達の基準となりますよ〜!」
黒沢さんの司会によって、先程まで眺めていただけの観客たちが一斉に盛り上がる。
「イチャイチャ見せつけられただけじゃねぇーか!」
「雲母さんの泣き顔、超可愛いんだけど!?」
「俺写真撮ったぜ!2000円で取引だ!」
「ふっ、4000円でいいだろう」
「まじか!太っ腹!」
そんな声が聞こえてきていた。なぜ彼は、安く済むはずのものをわざわざ値上げしたのか、もっぱら謎だが、今はそんなことはどうでもいい。
背中の痛みと顔の熱さが引いてきた俺は、雲母さんを支えながら一緒に立ち上がる。
「大丈夫ですか?」
もう一度そう聞くと、彼女はただ小さく頷いて、急ぎ足に舞台袖へと帰っていってしまった。その背中を目で追うと、その先でこちらをじっと睨んでいる笹倉の姿が視界に入る。
うわ、すごい怖い……。あと4人後には彼女がこちらに来ると思うと、この後の対処の仕方は考え直さないといけないな。照れたら死ぬと思おう。そこまではいかなくても、それに近い状態にはなるかもしれないし。
笹倉を怒らせたら怖いことは、南の件で思い知ったばかりだからな……。
だが、そんな笹倉の姿に被さるように、彼女は現れた。
「雲母との格の違いってのを見せてあげるわ」
2人目の出場者、東條 紅葉は自信たっぷりな表情で、品定めするかのように俺を見据える。そしてこう言ったのだ。
「こんな男、10秒あれば十分よ」
全く、俺も甘く見られたもんだ。それなら俺も言わせてもらおう。
「いいや、5秒で足りると思います」
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