第95話 俺はユニット事情について考えたい

 早苗からしっぽを奪い取り、手芸部部室でスカートに空いた穴を塞いでから戻ってきたのは、ちょうどコスプレコンテストが始まる頃合いだった。俺達は足早にステージの上が見えやすい位置に移動する。

「ではこれより、コスプレコンテストを開催しマース!」

 特設ステージの上でそう高らかに宣言した黒沢さんがどこか、ペガサス・J・ク〇フォードに見えた。主に語尾と司会役用に着替えた衣装のせいだろう。やたらスパンコールがキラキラしている。

「ブラボーブラボー!」

 これは多分、意識的に真似してるな。

 まあ、そんなことはどうでもいい。大事なのは司会よりも、出場者の方なのだから。

「では登場してもらいましょう!今年のコスプレコンテスト出場者はこの方々です!」

 黒沢さんがそう言ってステージ端に移動すると同時に、裏から1人ずつコスプレをした女の子が登場してくる。

 1人目が舞台の真ん中に立った所で、黒沢さんはマイクを口元に持ってくる。

「では、出場者の紹介をさせていただきます!まずは1番奥の方から!」

 彼女の声に合わせて一歩前に出たのは、髪色に特徴のある女の子。腰まである彼女の長い髪は、大部分が黒色だが、右目と右耳の間の一束分だけが、綺麗な青に染められている。

 そして、そのワンポイントに合わせるかのように、身に纏っている衣装やミニ帽子、イヤリングなどのアクセサリーも、全て青系の色で揃えられていた。


「彼女の名前は西門にしかど 雲母きららさん。我が校の3年生で、同学年の男子からは姉さん、女子からはお姉様と呼ばれるほど、優しくてしっかり者。本日のコスプレ衣装は……アイドル、ですかね?」

 黒沢さんにしてはなかなか上手い紹介じゃないか……と思ったら、舞台下で男子生徒がカンペを構えていた。なんだか業界の裏をみてしまった気がするが、コンテストを円滑に進行するためには必要な事なのだろう。

 紹介された雲母さんは、その豊満な胸に手を当てながら、観客に向けてぺこりとお辞儀をする。そして次の出場者の為に舞台の端の方に移動した。

 だがその瞬間、舞台袖からひとつの影が彼女目掛けて駆け寄る。

「キララ、あなたどうして紹介文に本物のアイドルだって書かなかったのよ!周知してもらういい機会でしょう!?」

 そう言って雲母さんの肩を掴んだのは、雲母さんと同じく腰まである長い赤髪を、左目と左耳の間の一束分だけ真っ黒に染めている女の子。

 俺も全校生徒を知っている訳では無いから一概には言えないが、あの赤髪の女の子はおそらく、この学校の生徒ではないだろう。

 あのキリッとした目付き。耳の奥、脳の中心部まで鋭く届いてきそうな綺麗な声。年齢よりも明らかに幼く見える顔つきと凹凸のない胸元。

 あんなにも特徴のある女の子が、我が校で有名にならないはずがないからな。その点では、俺はある種の確証を持っていた。


 この学校にいれば、廊下を歩いただけで、嫌でもそういう情報は入ってくる。噂好きの多い学校ってのはそういうものなのだ。

 そんな中でも、あの特徴的な赤髪と綺麗な顔立ちについては見たことも聞いたことがなかった。『お人形さんみたい』というのはあんな顔のことを言うんだろうな。

 だが、お人形さんは彼女のように、不満そうな顔をしたりはしないだろう。他の女の子の肩を掴んで、怒りをあらわにしたりなどはしないだろう。

 もしリ〇ちゃん人形がそんなことをしてきたら、俺でも腰を抜かして逃げ出すと思う。決して「いつも笑顔のリ〇ちゃんがキレた〜!」と、ギャップ萌えなんてしないと思うから。

 もしそんな奴がいたら、俺は引きずってでも精神科医に連れていくと思う。その後でキレるリ〇ちゃん人形は焼却炉に放り込もう。

 萌える前に燃やす。燃え尽きてしまえば、そいつもきっと正気に戻るだろうよ。


「私は本物のアイドルなんかじゃないから……!」

 雲母さんはそう言うと、肩に置かれたままの手を強引に弾き、顔を背ける。

「……じゃあもう知らない!」

 赤髪の彼女もまた不機嫌そうに顔を背け、辺りには嫌悪な雰囲気が漂う。

「……えー、楽しくなってきましたね〜」

「どこがだよ!」

 場違いな司会に、俺は思わず観客席からツッコミを入れる。今は当たり障りのないことを言って逃れればいいものを……と思ったがよく見てみれば、彼女の視線が泳いでいた。

「え、えっと……2人目の出場者の紹介をさせていただきますね」

 予定していなかった状況に、黒沢さんも焦っているのだろう。おもむろに舞台下のカンペをカンニングしながら、観客たちに目を向けることも無く、淡々と紹介をはじめた。

「彼女は東條とうじょう 紅葉くれはさん。2人組アイドルユニット、はろ……はろ……はろ……」

 緊張からか、それとも単に文字が読めなかったからか、同じ言葉を何度も繰り返す黒沢さん。そんな彼女を見兼ねて、舞台下から「ハローレイン!」という声が掛けられる。

 それを聞いた黒沢さんは安堵の表情を浮かべながら、「英語読めなくて……危うくバカがバレるところだったよ……」と呟いた。いや、全部マイクに拾われてるんだけどな。

「紅葉さんは2人組アイドルユニット『HelloRainハローレイン』のメンバーで、見ての通りの美人さん!」

 黒沢さんの紹介に、満足そうに胸を張る紅葉。

 そう言えば、つい最近『HelloRain』というユニット名を聞いたことがあったな。確かバラエティ番組だったと思う。

 でも、その時は確か紅葉単体で出演していて、もう一人は出ていなかったはず……。

 舞台上を見てみると、鼻につく笑顔を浮かべる紅葉のその右には、彼女のことを良くは思っていないであろう表情で、その横顔を見つめる雲母さんの姿があった。

 これってもしかして――――――――――。

 俺の脳裏には、とある仮説が浮かんできていた。


 コンビだからといって、漫才のボケとツッコミが2人とも売れる訳では無いことと同じで。


 多人数アイドルグループでセンターとその後ろで踊る人とで別れるのと同じで。


 同じ鶏肉でも、焼き鳥よりも鍋の方が好きという人がいるのと同じで。


 …………いや、最後のは違う気がするな。でも、伝えたいことは伝わっていると思う。

 同じアイドルユニットに所属していても、アイドルが客に魅せる仕事である以上、その客からの人気の格差は生じざるを得ない。

 この2人のギスギス感は、きっとそれが原因で発生しているのだ。

 事実、観客たちの中からはチラホラと、「雲母先輩ってアイドルだったの?」という声が聞こえてきていた。俺も彼らと全く同じ気持ちだ。

 この学校にアイドル級のイケメンや美人はいても、本物マジモンがいるなんて話は聞いたことがなかった。

 アイドルであるということは、少なくとも活動はしているはずだ。それなのに、その噂が広がらない理由として考えられることは2つしかない。


 1つ目は、雲母さんが噂の蔓延を防いでいる。


 雲母さんの紹介文から察するに、彼女は人望に厚い人間だ。だが、噂は人望では対処できない。

 話さないでと言われれば、逆に言わなければ気が済まなくなってしまうのが人間の性。そして一度口を割れば、あとは決壊したダムのように、秘密を吐き出し続けてしまう。

 それを完全に止めるには、暴力や権力、とにかく相手よりも上であるということを利用した圧力で、そいつの口を縫うしかない。だが、雲母さんはおそらくそういう類の人間ではない。

 逆を言えば、むしろそんな怖い先輩の噂の方が流れてくる確率は高いはずだ。

 だが、事実としてそんな噂は微塵も存在していなかった。これが示すのがもうひとつの可能性。


 彼女は噂が立たないほど人気がないアイドルである……ということ。


 こちらならば、紅葉とのギスギス感の説明もつくし、周知されていない事実にも合点がいく。

 だが、そうなると逆に、どうして自分から周知されに行かないのかという疑問が残ってしまう。紅葉との格差を気にするのなら、まずは友達などに話して、そこから人脈経由で自分を知ってもらえば……。

 そこまで考えて、俺は「そうじゃないんだよな」と首を横に振った。もちろん、知ってもらわなければ人気にはなれない。

 いくら面白い動画投稿者でも、その存在に気が付かれなければ底辺に変わりはないのだ。

 でも……そうだとしても……視聴者が身内ばかりであることに意味が無いのと同じで、ファンが知り合いばかりでは世間的にも、そして最も、雲母さん自身的にも、意味が無いことだったのだ。


 だって、彼女の目指しているのは『紅葉との格差を無くしたい』であろうに、ファンの数やSNSのフォロワー数など、目に見える数字では追いついても、その価値に差がありすぎる。

 そんなの、バレンタインに貰ったチョコの数を、義理チョコと本命チョコとで勝負しているようなものじゃないか。


 いや、義理でも貰えたらすごい嬉しいんだけどな。でも、あくまで例えだから気にしないでくれ。


 とにかく、雲母さんは数字で勝ちたいんじゃなくて、その本質で勝負したかった。だから、自分から素性を明かすことはしなかった。

 でも、それは紅葉によって無理矢理、生徒たちが知ることになってしまった。だが、雲母さんもある程度は話す決心をしていたと思う。

 そうでなければ、アイドルの格好をしてステージに上がったりなんてしないはずだろう?こういう場であれば、友達だけに知られるわけじゃない。他の学校の生徒も来ているから、広報力はかなり高く、自分が怪訝しているズルっこにはならない。……これが自分が紅葉に勝つための『最後の第一歩』。そう考えたのだろう。


 彼女らのことを深く考えているのは、どうやら俺くらいのようで、黒沢さんの出場者紹介は気がつくと次の人へと移っていた。

 3人目と4人目はごく平凡な女子高生たち。彼女らには悪いが、正直、笹倉と比べれば敵ではない。

 彼女が5番目に登場してきた瞬間、俺はそう確信した。一度見たはずのチェック柄のアイドル衣装コスプレも、ステージに上がると数割増しで輝いて見える。黒沢さんの衣装はステージじゃなくても輝くけど(光構造状に)。

 6番目、最後に登場した魅音も、その容姿と衣装のセクシーさとのギャップで、観客らもかなり盛り上がっていた。

 雲母さん、紅葉、笹倉、魅音。それぞれが違ったファン層を集めそうな4人。これならかなりいい勝負になりそうだ。

『HelloRain』の内部事情は個人的に少し気になるが、素人が無闇矢鱈むやみやたらに首を突っ込んでいい案件ではないので一旦置いておこう。

 とりあえずは笹倉の応援と魅音の成長を見守ることを最優先事項にして……。

「出場者のみなさんの紹介も終わったところで、コンテスト第一競技に移りたいと思います!その競技とは!じゃじゃーん!」

 黒沢さんの掛け声とともに、舞台袖から生徒会の2人がやって来て、紙を大きく広げた。そこに書かれていたのは―――――――――――――。


『魅力アピール対決』


「ルールを説明します!」

 黒沢さんの声がここら一帯に響き渡った。

 このコンテスト、まだまだ一波乱ありそうだ。俺の本能がそう告げていた。

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