第94話 幼馴染ちゃんは俺に飼われたい

 制服に着替え直した後、他クラスの店をブラブラと散策していた時のこと。

「コスプレコンテスト?」

 目の前の人物から手渡されたチラシを見つめながら、笹倉が首を傾げる。

「うん!秘密の優勝商品もあるし、是非笹倉さんには出てもらいたいんだ!」

 にこやかにそう言う彼女は、その名を黒沢くろさわ 凛音りんねと言った……ような気がする。生徒会の人のみが着ることを許される、黒い生徒会Tシャツに身を包んだ彼女は、確か学校一秘密が苦手ということで有名だったはず。それがどういう意味での苦手なのかを俺はまだ知らない。

 そんな黒沢さんは、その瞳をキラキラとさせて笹倉を見つめる。

「笹倉さんが出たら、きっと盛り上がると思うんだ!人もいっぱい集まるだろうし!……本当は投票料として一票につき10円ずつ巻き上げるのが目的なんだけど、それは言わなくていいよね!」

 ああ、なるほど。確かに彼女は学校一……いや、世界一秘密が苦手かもしれない。今の言葉だけでそう納得出来た。

 今言うべきではないことを自分から言ってしまって、その上その事に本人が気付いていないのだから、苦手どころか秘密を作ることすら出来そうにないな。簡単に言えば、心の声がダダ漏れって訳だ。

 まあ、当然黒沢さんの言葉を聞いて、笹倉は眉をひそめる。

「お金集めのために私に出ろってこと?」

「へ?なんでそれを……って、違うよ?あくまで文化祭の経費を稼ぐためにお願いするだけで……」

 黒沢さんは慌てて首をブンブンと横に振る。後に続く言葉がないことから、コンテストで集めたお金が文化祭の経費になるというのは本当らしい。

 それでも笹倉は乗り気ではないようで、小さくため息をついてから、俺の腕に体を寄せた。

「碧斗くん、行きましょう」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 歩き出そうとする笹倉の前に慌てて立ちはだかる黒沢さん。その頬から汗が滴り落ちて、彼女の必死さが伝わってくる。そんなに参加者が居ないのだろうか。

「秘密の優勝商品は『何でも言う事聞いてもらえる券』だよ?!魅力的でしょ?」

 黒沢さんが「最後の手段!」と言わんばかりにその情報を掲示した瞬間、笹倉の瞳がイヤに光る。

「よし、乗った!」

 黒沢さんの手を握って、凛々しい笑顔を見せる彼女。あれ?この流れ、なんだか既視感が……。

「ってか、秘密の優勝商品なのに、内容教えていいのかよ……」

 俺の呟きは誰の耳にも届くことは無かった。



「わ、忘れてた……んですか……?」

「本当にすまん!演劇のことで頭がいっぱいで……」

 コンテスト用に設置された簡易更衣室の前で、俺は後輩に頭を下げていた。その後輩というのは、青いチャイナドレスに身を包んだ魅音だ。

「私、ずっと待ってたんですよ?なのに一向に先輩が顔を見せないから……」

 心がボロボロだと言わんばかりに萎れた顔をする彼女。俺は演劇が終わったあと、魅音と教室で待ち合わせをしていたのだ。

 それはもちろん彼女の脱フード作戦のため。その約束をすっぽかしていたために、俺を探しに来たらしい。

「この格好をみんなに見られて、死ぬほど恥ずかしかったんですから!死にませんけどっ!」

「ご、ごめんって……何が奢るから許してくれよ……」

「駅前にオープンしたカフェのチーズケーキなら許してあげないこともないです!」

 ほっぺを膨らませる魅音にそう言われ、俺は思わず財布の残金を確認する。あそこのチーズケーキは濃厚で美味しいと評判だが、高校生の財力では、手を出すのは危険と言われているほどお高いのだ。もちろん俺にとってもそれは同じで……。

「そういうとこはちゃっかりしてんのな……」

 いくら約束をすっぽかしたといって、お財布にダメージを与えてくるのはなかなかに鬼畜だ。

 そりゃ、可愛い後輩が美味しそうにスイーツを食べる姿は、想像するだけで頬が緩みそうになるが……。

「俺の懐が痛むんじゃ意味ないんだよな……」

「それなら先輩の分は私が払うので、私の分は先輩が払ってください!」

「……それ、意味あるのか?」

 ただ単に、自分の食べたものの代金と同じだけを、相手のために払っているだけのような……。


 お弁当に入っているウィンナーをあげたら、お返しにウィンナーを貰った……みたいな?


 右頬に思いっきりビンタをしたら、左頬に思いっきりし返された……みたいな?


 100円ロッカーを利用した時に、鍵を開けたら100円が返ってきた……みたいな?


 いや、どの例えも絶妙に分かりずらくて、微妙に意味が違うな。まあ、ニュアンスは伝わってくれただろう。

 俺が「仕方ないな、今月のコロ〇ロは諦めるか」と言いながら、胸ポケットに財布を入れると同時に、簡易更衣室のカーテンが揺れる。

「碧斗くん、どうかしら?似合ってる?」

 そう言って、カーテンの向こうから出てきた笹倉が着ていたのは、どこかで見覚えのある衣装。

「あれ?それ私の……」

 魅音も俺と同じような反応を見せた。それもそのはずだ。だって、笹倉が着ているのは、魅音が薫先生に取り上げられた『アイドルの衣装』だったのだから。

「奏操さんの?これ、コンテストの貸し出し衣装として置いてあったわよ?」

 まじか、あの仮面女教師。生徒から取り上げたものを勝手に備品にしやがったぞ。

「それにしてもこの衣装、すごく着心地がいいわね」

 笹倉はそう言ってその場でくるりと回る。スカートがふわりと揺れて、ちらっと一瞬だけ、健康的な太ももが顔をのぞかせた。

「確かにすごく似合ってるな」

 俺が正直な感想を伝えると、過去は嬉しそうに両手でマイクを握りしめた。

 魅音もかなり似合っていたが、笹倉が着るとまた別の良さ出てくるもんだな。

 笹倉が魅音よりも少し背が高いこともあって、スカートが際どすぎず長すぎずという、いい感じの長さになっている。おかげで足を動かす度に覗く肌色がいい目の保養になっていた。

 正直なところ、俺は今、猛烈にあの太ももにスリスリしたい。男性の諸君ならば、きっとこの気持ちに共感してもらえるはずだ。できれば、あのハイソックスになりたいとさえ思っている。あの健康的な太ももと脚を優しく包み込んで―――――――――。

「まあ、碧斗くんが気持ち悪い顔になるくらいには似合ってるってことでいいわよね♪」

「否定はしないな!」

「……先輩、よくドヤ顔できますね」

 もしこれがギャルゲーだったら、多分魅音からの好感度は50くらい下がってると思う。好感度が低いと見えなくなる世界だったりしたら、俺は彼女の世界から抹消されているだろうな……。

「そう言えば、魅音はコンテストに出ないのか?」

 せっかくコスプレしてるんだし、人目になれるって意味でもコンテストは最適な場だと思う。だが、魅音はあまり乗り気じゃないらしく、「い、嫌ですよぉ……」と呟いていた。

 だが、そんな所にまた彼女がやってくる。

「はいはーい、コスプレコンテスト参加者の方はこちらへどーぞー!」

 突如として現れた黒沢さんは、笹倉と魅音の背中を押して参加者用の待機場所へと連れて行こうとする。

「ま、待ってください!私は参加者じゃないですよ!」

 必死に抵抗する魅音だが、その動きは黒沢さんが何かを耳元で囁いたことで止まる。多分、秘密の優勝商品のことだろうな……。ここまで来たら秘密でもなんでもないけど。

「が、がんばりまふ!」

 まあ、これくらいでやる気になるなら、まだ可愛らしい方か。

 黒沢さんに連れられていく2人の背中を見送った俺は、急に一人になったことでどうしようかと首を傾げる。

「あーおーくん♪」

 後ろから聞き馴染みのある声で呼ばれ振り返ると、そこには早苗が立っていた。

「お前、どこ行ってたんだよ」

 体育館から出て少しした頃に、彼女は1人でどこかへ行ってしまっていたのだ。そしてやっと帰ってきたかと思えば、なにやらニヤニヤしている。

 よく見たら両手を後ろに回して、何かを隠しているらしい。

「早苗はコスプレコンテスト、出ないのか?」

 俺がそう聞くと、彼女は首を横に振る。

「出ないよ?だって……」

 えへへと楽しそうに笑った早苗は、隠していた何かを頭とおしりに装着する。そして俺に歩み寄ると、上目遣いでこう言った。

「私はあおくんにだけ飼われたいんだにゃ♡」

 彼女が装着したのは、猫カフェで働く時に全員が身につける猫耳としっぽ。それも早苗の髪色に合わせた三毛猫タイプのやつだ。

 犬系の幼馴染が猫耳を付けているってだけでも、十二分に胸キュンポイントだと言うのに、上目遣いと語尾の『にゃ♡』まで。

「ご主人様ぁ〜♡」

 こんな呼び方までされたら、普通なら惚れてしまうだろう。けれど生憎、俺は既に早苗のことが大好きだからな。理性にそこまで甚大な被害はない。

 いつもよりもちょっぴり、好きが大きくなってしまうくらいだ。

 甘えてくる彼女の頭を優しく撫でてやると、彼女は猫になりきっているようで、ゴロゴロと喉を鳴らした。その首をこちょこちょとしてやれば、今度は気持ちよさそうに目を細める。


 やべぇ……やっぱりすげぇ可愛いかも……。


「ね、ご主人様♪いいこと教えてあげよっか?」

 理性がとろけ始めそうになった頃、早苗のその声で正気に戻る。

「いいこと?」

 俺の問返しに元気に頷いた早苗は、くるりと体を反転させて、こちらにおしりを向ける。

「ほら、このしっぽの取り付けてあるところ、よーく見てみて!」

 そう言われ、俺は素直にしっぽとスカートの接地面を見つめる。

 ……………………。

「……あっ!?」

 数秒後、俺は気付いてしまった。このスカート……。

「お前、スカートに穴開けたのか!?」

 よく見ないとわからないが、早苗のおしりのしっぽは、彼女のスカートを貫いていた。つまり、しっぽはその中の下着に取り付けてあるということで……。

「邪魔だったからパンツも脱いできちゃった♪だからね、しっぽ、私のおしりに直接取り付けてあるんだけど……見る?」

 スカートの裾をつまんで、見えそうで見えない位置でヒラヒラとさせる早苗。どこでこんなこと覚えてきたんだ……俺の部屋にあったエロゲか!?

 俺が早苗の言葉に顔を赤くしていると、それを見た彼女はぷっと吹き出した。

「ふふっ♪パンツ穿いてないは嘘だよ?顔赤くして、ご主人様かわいい〜♪」

「か、からかうなよ……」

 本当に、こいつはだんだんやり方が大胆になってきて……まあ、俺もまんざらでもないって感じだからいいんだけどさ。実際、彼女とのこういうやり取りも楽しいし。でも……。

「ていうか、穴の空いたスカートなんてこれから使えねぇだろうが!どうするつもりだよ!」

 さすがにおしりの部分に穴が空いたままで学校生活を送るわけにもいかないだろう。

「一生しっぽ付き!」

「世間が許しても俺が許さん!」

「あ、でもこんなのじゃ制服プレイができない……新しいの買わないと!」

「むしろそれだったら興奮するな……あ、いや、何もしねぇよ?」

「えぇ〜?私の事襲ったくせにぃ〜♪」

「ショックで記憶が消えるまで尻を引っぱたいてやろうかな……」

「ご主人様になら、何をされてもご褒美ですにゃ♡」

 ……こいつ、何を言っても通用しねぇ。

 かわいいは正義って言葉、あれって嘘だったんだな。だって、こんなにもかわいい早苗に今、俺はイラッとしているから。

「早苗、ちょっと来い……」

「ご主人さ……し、しっぽは引っ張らないでぇ〜!」

 結論、可愛いにも悪はある。

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