第88話 俺はフードさんを助けたい

 翌日、まだ歯磨きをしていた早苗を置いて、少し早めに家を出た俺は、魅音の家へと向かった。

 彼女が約束を破って、衣装を着てこないということはさすがに無いと思うが、顔を隠すフードがないので、そもそも学校にたどり着けるかどうかが怪しい。

 俺だって、アイドルのコスプレをして学校にいけと言われたら、おそらく校門の手前で止まってしまう。俺は魅音と違って普段から周りに顔が知られているから、『関ヶ谷がアイドルの服を着て登校してきた』という事実は黒歴史として卒業まで語られ続けるだろう。

 ひどい場合、『何を勘違いしとんねんww』というコメ付きで、学校新聞にも載せられるかもしれない。そうなれば俺は不登校になる自信がある。

 俺ですらそうなのだから、人見知り気質な魅音であれば、症状はさらに酷いものになるだろう。恥ずかしくて俯いて……それで事故に巻き込まれたりなんてことも十二分に考えられた。だからこそ、一緒に登校することにしたのだが……。


「魅音、出てきてくれよ……」

「や、やっぱり嫌ですっ!この格好で登校なんてしたら、一生笑われます!」

 昨日はあんなに乗り気だったのに、直前になって魅音が部屋に閉じこもり、ごね始めてしまったのだ。

「私だってバレたらどうするんですかぁ……」

「そ、それは……」

 いくら顔を知る者が少ないと言っても、バレない確証がある訳では無い。早苗を置いてきたのも、彼女が魅音の素顔を知っているからで、ドジな早苗なら、うっかり人前で魅音の名前を口にするなんてこともありえると思ったのだ。

 作戦外のタイミングで正体バレてしまうと、後に響いてしまう。だから早苗には文化祭当日まで何も伝えない予定だ。

 だが、こんなところで足止めを食らっているようじゃ、作戦なんてものは絶対に上手くいかない。俺が魅音の心を前に進めてやらないと……。

「なあ、魅音。お前はクラスのみんなと仲良くなりたいか?」

 突然の質問に、ドアの向こうの彼女も一瞬黙る。だが、すぐに「なりたいです……」という返事が返ってきた。

「それならバレるかバレないかなんて気にしてる場合じゃないだろ?バレても構わない!ってくらいの気持ちで行かなきゃダメだ」

 友達作りの分野は俺だって苦手だ。早苗と出会ったばかりの頃、どうすればいいのかが分からなくて、ひたすら彼女に話しかけ、無理矢理一緒に遊んだ。別に、あの頃は友達を作ろうと思って関わった訳じゃないが、どちらにしても、おそらくその方法は間違っていたんだと思う。

 でも、今の俺はその間違いを後悔していない。早苗と一緒にいられることを幸せだと感じている。

 そんな俺だからこそわかるんだ。分からないならわからないなりに……目の前のことに真剣になるしかないって。

「魅音さん、そうですよ〜♪なにかを始める時は、みんな怖いものですし♪」

 突然聞こえてきた声に、俺は反射的にそちらを見る。階段を上る足音と共に現れた彼女に、俺は目を丸くした。

「さ、早苗……!?なんでここに……」

 俺の驚いた顔を見てクスッと笑った彼女は、こちらに歩み寄ると、小声で囁いた。

「あおくん、少し早く家を出たでしょ?それだけで怪しかったもん!昨日も変だったから、多分ここかなって♪」

 得意げに笑ってみせる早苗。

 そうだよな……昨日の届け物の件もあって、俺と魅音には何かあると思われていてもおかしくないもんな。まさか彼女にここまでの推理力があるとは……。

「ちょっとお前を侮りすぎていたかもな……」

「私、あおくんのことになったら、誰よりも強くて賢くなれる自信あるよ?」

 そう言って胸を張る早苗。彼女の言葉もあながち間違いじゃないのかもしれない。

「誰かのために誰よりも強くて賢くなれる……か」

 早苗の言葉が少しだけ心に染みた。お前のおかげで分かったかもしれない……。

「……魅音、もう無理矢理連れ出そうなんて考えないから、扉を開けてくれ」

 俺がそういった数秒後、鍵の開くカチャッという音が聞こえた。

 俺は扉を開けて中に入り、早苗もそれに続く。そして衣装を身につけたままぬいぐるみを抱きしめている魅音に歩み寄り―――――――――。

「俺が間違ってた、ごめん!」

 その場で土下座した。

「んぇ!?い、いきなりどうしたんですか……?」

 当然魅音は困惑する。それでも俺は頭を下げたまま、言葉を続けた。

「お前が不安がっているのに、無理に一人でやらせようとしたのが間違いだったんだ!」

 さっきの早苗の言葉に気付かされた。

 困っている人には、アドバイスをするだけじゃ足りない時もある。強くなり賢くなるというのは、その人のために考え、動くことが出来るということなのだ。

 俺はこれまで考えるだけだった。自分でも分からないところで、動くことから逃げていたんだ。

「だから……」

 俺は魅音の部屋のタンスを開くと、その中から新撰組コス用の着物を取り出して宣言する。

「俺もコスプレをして学校に行く!」

 自分も魅音と同じ立場になることで、彼女の不安を軽減してやる。これが俺に出来る最大のフォローだ。

「私もコスプレする!」

 早苗もそう言って金髪のウィッグと、背中の大きく開いたセクシーな黒いドレスを取り出す。彼女も魅音のために体を張ってくれるらしい。

「よし、3人でコスプレすれば何も怖くないよな!」

 俺の言葉に、魅音は心底嬉しそうな顔で頷いた。

「怖くないですっ!」

 そのキラキラとした笑顔を見て、俺は胸を撫で下ろす。行きたくないと言われた時には、諦めるしかないかと思ったものだが、早苗のおかげでなんとか上手くいったな。

 じゃあ、俺もこの着物に着替えて…………あれ?そう言えば着物の男と金髪の女の組み合わせって、どこかで見たことがあるような気がする。……気のせいだろうか。


 俺が気のせいでないことに気がつくのは、身の丈に合わないセクシーな姿で登場した早苗と並んだ時だった。

「ど、どんだけ〜」

「そろりそろり……って、これじゃコスプレっていうかモノマネじゃねぇか!」

 モノマネをしている人のモノマネをしてどうするんだよ。



 あれはさすがにないなということで、結局俺と早苗は、逃〇中のハンターのコスプレをして登校することになった。

 サングラスをかけ、きちっとした黒のスーツに身を包んだその姿は、我ながらかっこよく見えると思う。サングラスをかけたら大抵かっこよくなるんだろうけど。

 早苗も体に合うサイズのスーツがあったおかげで、きっちりときまっていた。役になりきっているのか、おしゃべりな口をきゅっと結んで、角を曲がる度にロボットのように右、左とゆっくり確認するその姿に、何度吹き出しそうになったか……。

 まあ、当然他の生徒からは忌避の目で見られ、逃げ出す奴もいくらかいた。魅音に見蕩れる男たちも、両サイドに立つ黒服の2人に恐れをなしてそっぽを向く。気分はター〇ネーターの登場シーンだ。さっきから頭の中であのBGMがなり続けている。

 そんな雰囲気に浸っていると、気がつけば校門の前に着いていた。しかし、見渡しても周りには誰もいない。

 あれ……?魅音を人気者にするためにやってるはずなのに、逆効果になってないか?


 その後、多くの生徒から『見知らぬアイドルがSP2人を引連れて学校に攻め込んでくる』という通報があったらしく、薫先生から呼び出しをくらうこととなった。

 結果、『登校中のコスプレ禁止令』を出され、衣装とスーツは取り上げられてしまった。作戦続行不可能。

 普通なら落ち込むところだが、俺はまだ諦めていない。だって禁止されたのは登校時のコスプレのみだ。授業中・休み時間・放課後……魅音の特訓時間はまだまだ残されている!

 俺は胸ポケットから取り出したサングラスを装着し、ゆっくりとした足取りで教室に向かった。気分は舘さん演じるあぶ〇い刑事のタカだ。

「俺のバズーカが火を吹くぜ」

 そう呟いてすぐに、誰かに聞かれてなかったかと焦ったのは、俺だけの秘密だ。


 ちなみに、その後サングラスも取り上げられた。さすがに体育の授業でサングラスをつけたまま柔道をするのはまずかったか。

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