第87話 俺はフードさんの趣味を邪魔しない

 本来の頼みである『衣装の縫い直し』を依頼してから30分後。

「小森さん、出来たわよ」

 美里先輩がそう言って早苗に手招きをした。早苗が離脱したことで、暇つぶしがてらトランプで遊んでいた俺と東雲くんも手を止めて、美里先輩の方を見る。

「じゃあ着てみて貰えるかしら?」

 そう言った彼女から衣装を受け取った早苗は、一時的に着ていた服(幼稚園生のスモックみたいなやつ)の裾を揺らしながら、跳ねるような足取りで部室奥の試着スペースであるカーテンの向こうへと消えた。


 数分後。

「じゃーん!」

 そう言いながら飛び出してきたのは、完璧に修復……どころか、リボンが追加されたり刺繍が施されたりしていて、さらに美しくなった衣装に身を包んだ早苗。

「どう?似合ってる?」

 さすがは女の子だ。かわいい服を着たからか、キラキラとした笑顔でスカートをヒラヒラとさせ、それと同時に追加された頭のリボンも大きく揺らす。控えめに言ってすごく似合ってる。

「あ、ああ……すごくかわいい……」

 俺が無意識に口にしたその言葉を聞いて、早苗はぽっと顔を赤くする。『似合ってる』じゃなくて『かわいい』と言ったのが効果的だったのだろう。

「えへへ……よかった♪」

 照れているのか、両膝の内側を擦り合わせてモジモジとする彼女。その仕草が愛らしくて、俺は彼女に歩みよると、そっと頭を撫でてやった。

「ん♪あおくんに撫でられるのすきっ♪」

 早苗はそう言いながら、気持ちよさそうに少し頭を寄せてくる。

「私、ロミオよりあおくんと結婚したい♪」

「ロミオが聞いたら泣き崩れるぞ、それ」

 早苗の満足そうな表情を見て羨ましくなったのか、気が付くと東雲くんも美里先輩に頭を撫でてもらっていた。なんとも微笑ましい光景だ。

 ところで、この2人は本当にただの先輩後輩なのだろうか。確かに東雲くんは女の子のような容姿をしているが、生物学上は男なわけだ。優しくしてくれる美里先輩に惚れる可能性もあると思うんだよな。世の中には百合というものが存在するし、女子&見た目女子という組み合わせも俺的には全然アリなのだが……。

「空くん、よーしよーし♪」

「……♪」

 まあ、今のところはパッと見、お姉ちゃんと弟って感じだな。正直恋愛の匂いは全くしない。だが、恋心というのは突然芽生えるもの。まさにアスファルトに咲く花のように、どこに顔を出すのかは誰にも分からないのだ。

「あおくん!もっと撫でて撫でて!」

「ああ、こうか?」

「んふふ♪」

 まあ、俺が気にすることでもないか。俺は早苗のふわふわとした髪の毛を撫でながら、少しだけ頬を緩ませた。犬のような触り心地、やっぱり癒されるなぁ……。



「じゃあ、先に通しで練習しといてくれ。俺もすぐに帰るから」

「わかった!練習だぁ〜♪」

 新しい衣装を着て張り切っている早苗が、手芸部の部室から出ていったのを確認して、俺は美里先輩の方を向き直った。彼女の隣には相変わらず東雲くんがいるが、彼は俺の話に興味が無いらしく、ただただカル〇スの原液に炭酸水を少しずつ混ぜている。

 正直なところ、カル〇スの原液と炭酸水は、何対何で混ぜればいちばん美味しいのか、17年生きてきた今でもわかっていない。

 あれ、いつも大体で混ぜちゃうんだよな。誰か教えてくれ……カル〇スの黄金比を。

 まあ、そんな話はどうでもいい。俺が美里先輩に切り出そうとしているのは他でもない、魅音のお願いについてなのだから。

 俺は美里先輩に、後輩に奏操 魅音という子がいて、彼女は事情があってフードが欠かせないという話。それから俺が先程思いついた、魅音が人に顔を見せられるようになるための作戦を伝えた。

 その作戦というのが以下の通りだ。


 俺が少し前に読んだラノベに『他人に顔を見せられない臆病な女の子』というキャラがいたのだが、彼女は主人公のおかげで、変装した状態なら顔を見せられるようになったのだ。普段の自分とは全く違う姿になることで、他の人からも別人だと思われるし、自分も新しい何かを見つけることが出来る。

 早苗が着替えている時に気がついたのだが、手芸部の部室の隅に置いてあるダンボールには、手作りの衣装などがたくさんしまわれていた。

 正直なところ、魅音はかなり可愛い部類に入る。衣装借りて魅音を着飾ってやれば、学園のアイドルの称号も手に入れられるはずなのだ。

 魅音は普段からフードを深めに被っているため、その素顔を見たことがある奴はそう多くない。体育祭のときですら被ってたくらいだからな。

 だからこそ、その未知のスペックを余すことなく駆使して、色んな人と交流してもらうことで自信をつけてもらい、最終的な目標としては、みんなの前で変装を解き、正体が彼女であることを明かす。

 そして今度は変装少女ではなく、『奏操 魅音』としてクラスメイト達と楽しく会話をし、他人に対する不信感というものをとっぱらってもらう。

 これで脱フード完了……というわけだ。


「……そういう作戦なんですけど、どう思います?」

 俺の問いに美里先輩は優しい笑顔で頷いてくれた。

「その魅音ちゃんって子の頑張りにもよると思うけど……少なからず経験値にはなると思うわ」

 どうやら美里先輩も賛成してくれるみたいだ。それなら、明日からでも魅音には衣装を着せて、慣れさせておかないと。

 ……いいや、明日からじゃ遅いな。

「美里先輩、着るだけで目立つようないい衣装ってあります?」

「ええ、もちろん♪」

 彼女はぐっと親指を立ててみせると、衣装の入った箱を運んできてくれる。中に入っているのはメイド服、警官服、旧型体操服ブルマetc……。どれを着せても魅音なら似合いそうだが、どれもこれもコスプレとしては在り来りなんだよな……。

「気に入るのがなければ作るわよ?2時間もあれば、ご要望の物が作れると思うから……」

 そう言って様子を伺ってくる美里先輩。

「……いや、その必要はありませんね」

 俺は彼女の申し出を断った。なぜなら、その『いいもの』を見つけてしまったから。その衣装を持ち上げながら、俺は密かに笑みを零す。

 これを着せれば、絶対に作戦は上手くいく。間違いない……!

「じゃあ、これを借してもらいますね」

「ええ、サイズの変更とかもできるから、何か問題があったらまた来てね♪」

「はい!ありがとうございます!」


 その後、衣装を持って体育館に戻った俺は、演劇の練習が終わるなりすぐに、魅音へとRINEでメッセージを送った。

『魅音、家の場所どこだ?』

 ちょうど暇だったのか、すぐに返事が返ってくる。

『え、どうかしたんですか……?』

『お前にプレゼントがある。文化祭関係のものだ。今からお前の家に行って渡したい』

 さすがにいきなりだからな。家に行くということに動揺したのだろう。既読がついてから数分後、ようやく『分かりました』というメッセージとともに、家の場所を示した地図が送られてきた。

 それを見たところ、俺の家から魅音の家まではそう遠くない。俺は早苗と一緒に家に帰ると、鞄を置いてからすぐに魅音の家へと向かった。

 俺の急いでいる様子に早苗が、「なんの用事?まさか……不倫?」と疑ってきたが、しっかりとただの届け物だと伝えてから出てきた。変な勘違いをされて怒られても困るからな。

 それに結婚してないから不倫じゃなくて浮気だろ。……ってかそもそも浮気にすらならねぇよ。事実上、今の俺には彼女が居ないんだからな。

 まあ、だからってかわいい後輩に手を出そうなんてことは考えていない。早苗もきっとそれくらいはわかってくれているはずだ。

 だって、本当に浮気を疑っていたら、彼女は無理にでも着いてこようとするはずだから。

 笹倉の時のように、無理にでも介入して、邪魔しようとしてくるはずなのだ。でもそれをしないということは、ちゃんと信じてくれているということになる。

 安心してくれ。俺にとっての恋愛対象は、早苗と笹倉以外にはいないから……。

 心の中でそう呟きながら、俺はようやくたどり着いた奏操宅のインターホンを鳴らす。

『はーい』

 魅音の声が聞こえた十数秒後、玄関の扉がガチャリと開かれた。

「関ヶ谷先輩、いらっしゃいです」

 扉の向こうから姿を現したのは、いつも見る制服姿とは一風変わった、私服姿の魅音だった。



 魅音の部屋に招き入れられた俺は、内心少しドキドキしながら、やわらかいカーペットの上に腰を下ろす。

「それで、プレゼントって言うのは……?」

 俺に向かい合うように腰を下ろした魅音は、首を傾げてそう聞いてきた。

「これだ、気に入るといいんだが……」

 俺はそう言って、衣装の入った袋を手渡す。魅音もどことなく不安そうな顔で、恐る恐る中身を覗いた。

「……あれ?かわいい服……?」

 だが、その内容が予想に反していたのか、少し嬉しそうな声を上げた彼女は、これをどうしたらいいの?とでも言いたげな顔で、俺の方を見つめてくる。


 袋の中に入っているのは、長袖のシャツに赤黒チェックのジャケットとスカート。黒いネクタイ、黒ニーソ、黒いハイヒール。それと、斜め被りをする黒のミニシルクハット。あとは小道具のマイク。

 実はこれ、少し前に話題になったアイドルのコスプレ衣装なのだ。


「魅音、文化祭まではその衣装を着て登校してもらいたい。文化祭の日も、それを着て活動してくれ」

「つ、つまり……コスプレをして歩く……ですか?」

 彼女の質問に、俺は力強く頷く。正直なところ、もう少し嫌がるかと思っていたのだが、案外飲み込みが早いんだな。

「なあ、魅音。もしかしてコスプレとか好きだったりするのか?」

 ふと浮かんできた質問を魅音に投げかけると、彼女は少し頬を赤くしながら、小さく頷いた。

「実は……オカ研の活動って言って、結城先輩に無理矢理魔女のコスプレをさせられたことがあって……」

 なるほど……それからコスプレにハマったと。人間、何が原因で新たな趣味に目覚めるか分からないな。

 でも、おかげでコスプレをすること自体には抵抗が薄くて助かった。これならすんなりと作戦を進められそうだ。

「じゃあ俺はそろそろ……」

 そう言って俺が帰ろうとすると、魅音が「あっ……」と声を上げる。どうしたのかと思ってみてみると、彼女は衣装の入った袋を抱きしめながら、下唇を噛み締めていた。

「……魅音」

「は、はい?!な、なんですか……?」

 彼女は肩をビクッと跳ねさせて、小刻みに震える瞳で俺を見た。名前を呼んだだけでこの反応とは……。

「お前、もしかして……コスプレを見てほしいタイプのやつか?」

「い、いえ!そ、そんなことは……」

 この驚いて慌てる仕草……どうやら図星だったらしい。

「自分の気持ちに嘘はつくもんじゃないぞ?俺の友達にもコスプレ好きがいる。そいつも初めは隠してたが、1度バレたらどんどんエスカレートしていってな」

 俺が笑いながら話していると、魅音はそっと袋の中に手を入れて、モジモジとしながら小声で言った。

「じゃ、じゃあ……少しだけ、いいですか……?」

 上目遣いで聞いてくる彼女に、俺は満面の笑みで答えてやる。

「ああ、もちろんだ!」



 その後、持ってきた衣装に加えて、魅音のコスプレコレクションを見せられ、彼女のファッションショーを楽しみ、気が付くと時計の針は9時を回っていた。

 慌てて帰ったのだが、「届け物をするだけでこれほどの時間はかかりません!」ということで、早苗にこっぴどく怒られてしまうこととなった。

 まあ、魅音の脱フードのことを考えたら、安い代償だけどな。


 文化祭までの練習期間はあと2日。

 なんとしても成功させたい……演劇も、脱フードも。

 あとは笹倉との関係修復も考えないといけないんだよな。むしろそれを最優先にしたいんだが……さすがにキャパオーバーだよな……。

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