第85話 俺は脇役も成長させたい
練習四日目、体育館にて。
「おお、ロミオ!どうしてあなたはロミオなの!」
おお……!普段の早苗からは想像できないような声量と躍動的な仕草。完全に
「例え両親に反対されようとも、憎しみという壁を越えて僕達は結ばれる!」
栗田さんもかなり
まあ、『主演者』コンビは個別での練習の時、既にそれなりの実力は見せてくれていたからな。栗田さんに引っ張られながら、練習を経て早苗もちゃんと上手くなっていっている。
それから音響の響さんもだ。彼女が自宅で使っていると言っていた機材が学校に届いてからというものの、明らかに音響のレベルが変わった。
マイボールやマイバチというものがあるように、音響にもマイ機材というのが存在するということだろう。慣れほど頼れる要素はないからな。
小道具や照明もあれから変わりなしで上手くやってくれている。聞いたところによると、小道具担当の彼は美術部で、照明担当の彼女は数学教師を目指しているらしい。そっちの『証明』ではないのだが、満足そうなので良しとしよう。
このメンバーの誰もがまだまだ伸びしろを持っているし、どんどんと伸ばしていきたい気持ちも山々なのだが、やはり問題点を残したままでは先に進めない。
「マチナサーイ!」
「ニガスナー!ジュリエットヲツレモドセー!」
『副演者』の柳田さんと宮本くんだ。彼らの棒読み演技が一向に成長しないのだ。身振り手振りやタイミングが完璧なだけに、見ているこっちが惜しい気持ちになる。
彼らのことは諦めるしかないんだろうか…………なんて、簡単にへこたれる俺じゃない。ちゃんと彼らのことも成長させる。そのための準備を今日はしてきたのだ。
俺はポケットの中にあるスマホに手を伸ばし、既に用意してあった一文を彼へと送信した。その直後――――――――。
バタン!
体育館の扉が勢いよく開かれて、覆面の男が飛び込んでくる。
「な、なんだぁ!?」
わざとらしがったかもしれないが、俺も一応驚いたふりをしておく。反応無しで自分が怪しまれたら意味ないからな。
突然のことに他のみんなも目を丸くしていて、まるで時間が止まったように舞台の上で固まっていた。
……よし、今だ!
俺が覆面の男に目で合図をすると、彼も小さく頷いて舞台へと駆け上がる。そして柳田さんと宮本くんに襲いかかると、王様女王様役として頭に乗せている王冠を奪って舞台から飛び降りた。
「あ、ちょっと!」
「返せよ!」
2人は慌てて取り返そうとするが、覆面の男は振り向きもせずに、そのまま瞬足で別の扉から逃げていってしまった。
もちろん柳田さんと宮本くんもすぐにそれを追いかける。
「待ちなさーい!」
「逃がすな!あの覆面を連れ戻せぇぇ!」
そう言いながら走っていく2人の背中を眺めながら、俺は密かに笑みを零した。
「やれば出来るじゃないか」
わかりやすく言えば、作戦成功ってことだ。
覆面の男……もとい千鶴には、ある程度の場所で王冠を捨てて逃げ切ってくれと頼んでいたから、しばらくすると柳田さんと宮本くんが疲れた顔で帰ってきた。2人とも運動ができる方じゃないっぽいからな。あの千鶴には到底叶わなかったのだろう。
まあ、この作戦を引き受けてくれる代わりに、次の休みは千鶴と過ごすことになったのだが、それは別にいいだろう。久しぶりにゲームでもしに行くとしよう。最近新作買ったって言ってたし。
「2人とも、疲れてるところ悪いが、もう一度だけ通しでやってみようか」
俺の言葉に一瞬嫌そうな顔をした2人だったが、結局は首を縦に振ってくれた。そして肝心の成果なのだが――――――――――。
「ロミオ、私はお前を誇りに思うぞ!はっはっは!」
「ええ、だからロミオ、私達のために隣の国の姫と結婚してちょうだいね?」
控えめに言って、すごく上手くなっていた。走った後ということもあって息づかいに多少の問題はあったが、それ以外は素人の高校生としては完璧だ。これなら文化祭で見せても恥ずかしくない。
「よし、じゃあ今日はここまでにしよう!文化祭まであと2日!できる限りの事はやろう!」
「「「「「「「はい、監督!」」」」」」」
練習を終えた俺は、早苗に先に帰ってもらってから、1年生の教室へと向かった。実は、とある人物に『演劇の練習後でいいので、教室に来てください』という手紙を貰っているのだ。まあ、俺と関わりのある1年生なんて一人しかいないから、予想はついている。
俺は1年C組の教室の扉に手をかけると、少しだけ開いてこっそり中を覗いた。中にいた人物は俺が予想していたのと同一人物で、待ちくたびれたのか、隅の席でうたた寝をしていた。
俺は音を立てないようにそっと教室に入ると、後ろ手に扉を閉めて彼女に近づく。夕日のオレンジを布団代わりにして、気持ちよさそうに眠っている彼女……魅音が俺を呼び出した張本人で間違いなさそうだ。
彼女の机の一つ前から椅子を貰って向かい合うように座ると、フードで隠れていた顔が少しだけ見えた。
改めて見ても、彼女は綺麗な顔立ちをしている。本心では隠すのが勿体ないと思っているが、それは彼女の意志を無視する発言になるわけで、それだけは避けたい。俺は彼女がどうしてフードを被っているのかも知っているわけだしな。
「……」
「すぅ……すぅ……」
じっと見ていると、起こしたくなくなってしまう。その幸せそうな寝顔をずっと見ていたい。心地いい寝息の音をずっと聞いていたい。このあたたかい空気をずっと感じていたい。その全てが疲弊した体の癒し要素になっていて、無意識にそう思ってしまう。
「……ん……あ、おはようございます……」
だが、俺の願いは届くはずもなく、彼女が目を覚ましたことで途絶えた。
「ああ、おはよう。もう夕方だけどな」
俺がそう言って窓の外を指差すと、魅音は「えっ!?」と驚きの声を上げる。
「わ、私、そんな長い時間寝てたんですか!?ま、まさか……起きるまでずっと待って……?」
「いや、さっき来たところだから安心していいぞ?」
あわあわと慌てる彼女をそっと宥めて、俺は本題に移った。
「それで……俺への用事ってなんなんだ?」
「えっと、それはですね……」
魅音はなにやらモジモジしている。話しずらい内容なのだろうか。それなら話せるようになるまで待つつもりだが、その必要もなかったらしい。少しすると、彼女は自分から口を開いてくれた。
「私が脱ぐお手伝いをしてください!」
話してくれたはいいものの、そのお願いは突拍子もなくて……。
「ぬ、脱ぐ……?」
俺も思わず彼女の言葉を繰り返した。魅音ってそんな大胆な子だったっけ?
俺が困惑していると、彼女はすぐに顔を真っ赤にして大袈裟に首を横に振った。
「ち、違うんです!勘違いなんです!」
「勘違い……なのか?」
「は、はい!私が言いたかったのは、『フードを』脱ぐのを手伝って欲しいってことです!」
「あ、そっち……?」
いや、そっち?じゃないだろ!魅音の性格を考えたら普通に考えてそっちしかないだろうが!てか、そもそもそっちじゃない方ってどっちだよ!
ああ、一瞬でもおかしな妄想をしてしまった俺をどうかお許しください……アーメン。
俺が許しを請いながら祈りを捧げていると、魅音は何を思ったのか、突然意地悪な笑みを浮かべた。
「ふふ、他には何があるんですか〜?」
魅音のからかうような口調に、一瞬ドキリとしてしまう。一体誰に似たんだ……。
だが、その胸の高鳴りも、彼女の顔が目に入るとすぐに気持ちが落ち着いた。
落ち着いたと言っても、気分が冷めたとかではない。それは、自分と彼女が同じ表情をしていると分かったことへの安心感だった。
魅音は耳まで真っ赤にして照れていたのだ。
「魅音、お前……」
「み、見ないでくださいぃぃ!」
意地悪かもしれないが、そう言われると見たくなるのが人間というもの。自分で言って自分で恥ずかしがっているなんて、いじりたくなるに決まってるだろ!
俺は必死に隠そうとする彼女の顔を無理に覗き込む。だが―――――――――。
「や、やめてくださいよぉ……」
顔を隠す手の、指の間から覗かせた彼女の目が潤んでいるのに気がついて我に返った。
「ご、ごめん!調子に乗りすぎた!」
慌てて彼女から離れ、机にぶつけるくらい深く頭を下げる。
「あ、いえ……私こそすぐに泣いちゃってごめんなさい……」
魅音も同じように頭を下げてくれる。何も悪いことをしていない相手に頭を下げさせるほど気分が悪いことは無いので、すぐに頭を上げてもらう。それから、ごほんと咳払いをすることでひとまず気まずい雰囲気を追い払う。
「まだ顔を見られるのは怖いのか?」
俺の質問に彼女は小さく頷いた。
体育祭の時の彼女は、仲間に支えられてちゃんと楽しそうだった。だからもう問題は無いと思っていたのだが、やっぱりまだ中学の時のことがどこかで残ってるんだな。
「よし、わかった。俺がお前をフードなしの1人前にしてやる!」
「ほんとですか!?よろしくお願いします!」
まだ頬が少し赤いが、魅音は心底嬉しそうな笑顔を見せてくれる。
「出来れば文化祭までに脱ぎたいです!」
「それはさすがに無理だ!」
さっきの恥ずかしがり様を考えれば、あと三日で脱フードは不可能に等しいだろう。だが……。
「そこは先輩パワーでなんとか……」
うるうるとした目でお願いされてしまうと、イエスマン気質の俺には到底断りきれない。
「ぜ、善処します……」
まあ、後輩のために一肌脱ぐか……脱フードだけに。
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