第84話 俺は演劇メンバーを成長させたい

 翌日の放課後。俺は早苗たち演劇メンバーと共に、空き教室に集まっていた。

 今日は他のクラスが体育館を使うということで、俺達は別の場所として、ここを手配されたのだ。でも、練習するにあたって問題はない。

 笹倉も言っていたからな。『演劇に舞台もセットもいらない』って。昨晩徹夜して調べ練習した演劇のテクニックを、俺はこれからこいつらに叩き込む。

「よし、練習始めるぞ!」

「「「「「「「はい!監督!」」」」」」」

 監督と呼ばれるのも、少し気持ちが良くなってきたかもしれない。


 俺はとりあえず、『主演者』『副演者』『音響』『その他』に分けて指導することにした。

 演劇には楽器の演奏と同じで、全体を見て分かることと、分けて見ないと分からないことの二つがある。

 前者はやはりバランスの問題だろう。世界的なオーケストラの演奏の中に、1人だけ超下手なリコーダー役がいれば、聞き手はどうしてもそこに違和感を感じてしまうと思う。それは明らかにバランスが取れていないからだ。

 例えるなら、シーソーだろう。シーソーは中心部分にいくら重いものを乗せ続けても、台が傾くことは無い。しかし、ひとつでも中心ではないどこかに置いてしまえば、そちらに重心が傾いてしまい、シーソー台は地面につくことになる。つまりバランスが取れなくなる。

 ただ、この例えには矛盾点があって、シーソーなら反対側に重りを乗せれば均等になり平行になるのだが、人間における味覚、聴覚、視覚を刺激する分野ではそうはいかない。

 大好きな食べ物と大嫌いな食べ物を同時に食べたからと言って、普通の味になる訳ではないし、心地のいい音と雑音を同時に聞いたからと言って、平然としていられる訳でもない。

 上手い踊り手と下手な踊り手が2人でダンスをした所で、それが平均に見える訳では無い。最後のは例外もあるが、〇〇の場合もあるというのはバランスが取れていない不安定な状態ということになる。

 演劇を成功させるには、運に頼っていてはいけない。実力で魅せなければならないのだ。


 しかし、ここまで語っておいてなんだが、バランスの話が出来るのは全員がある程度の実力を手に入れてからになる。早苗たちの演技では到底その域には達しておらず、だからこその個別指導が必要なのだ。マンツーマン指導のト〇イさんもきっとそう言っている。

「よし、じゃあまずは音響から始めるぞ」

「はーい」

 俺は緩めな返事をした響さんを連れて、隣の教室へと移動した。



 俺は机と椅子を一組用意して、そこに響さんを座らせる。

「じゃあ、始めようと思うんだけど……響さんって2年A組……だよね?」

 俺は恐る恐る聞いてみる。A組で間違いないはずなのだが、どうも彼女の印象が薄い。そういえば、いつも教室の隅で機械をいじっていたような気がする。彼女はあまり周りとつるまないタイプの人間なのだろう。

「そう。私、あなたと同じクラス。覚えられてなくても、いつもの事だから大丈夫」

「そ、そっか……ちゃんと覚えるようにするよ」

「……」

 彼女は無言で頷く。大人しいというか、人見知りというか……少しコミュニケーションを取りにくい相手だな。まあ、反応はしっかりしてくれるし、指導するにあたっては問題ないだろう。

「響さんはいつから音響的なのをやってるの?」

「ん……5年前くらい……」

 指折り数えて答えを口にする彼女。

「5年も?長いな……」

 想像以上の長さに驚いたのも確かだが、その割に実力に見合ってないなという驚きも、俺の中にあった。

「……今、その割に下手って思った?」

 ……え?見抜かれてる?

「い、いや、そんなことは……」

「嘘つかなくていい。私、人の嘘がわかるから」

「嘘が……?」

 にわかには信じ難いが、俺の嘘は正確に見抜かれているし、これはもう信じるしかないだろう。

「そう。私は耳が良すぎたの。人が嘘をつく時の心臓の音の変化が聞こえてくる。……だから、人と話すのが怖くなったの」

 なるほど……そういう事だったのか。確かに誰かが嘘をつく度にそれがわかっちゃったら、嫌にもなるよな。その嘘の内容が分からないだけに、心が読めるよりもタチが悪いかもしれない。

「じゃあ、なんで演劇を手伝おうと思ったんだ?」

 俺の質問に、響さんは少し答えるのを躊躇った。でも、それは照れから来るものだったようで、少し頬を赤くしつつも答えてくれた。

「小森さんが誘ってくれたから……」

「早苗が?」

「うん。彼女からは嘘の音がひとつもしない。『一緒にたくさんの人の心を動かそうよ!』って。……初めて人を信じてみたくなった」

 あいつ、いつの間にか自分が持つ幸せな感情に誰かを巻き込めるまでに成長してたんだな。

「……そうか。じゃあ、音響は頼んだぞ!」

「うん、頼まれた」

 自信ありげに胸を張る彼女。機材がないと練習はできないし、やる気が聞けただけでも十分だろう。次の人と交代させるために空き教室に戻ってもらうように言うと、響さんはゆっくりと扉に向かう。だが、途中で何かを思い出したように立ち止まると、こちらを振り返った。

「あ、私、音響下手じゃないから。家にある機械じゃないとダメってだけ。明後日、その機材が学校に届くようにしとくから。……楽しみにしてて」

 そう言い残して扉の向こうへと消えていく。

「……ああ、楽しみにしてる」

 俺はそう呟いて、次の人が来るのを待った。



『その他』に含まれる舞台小道具、照明担当の2人には、とりあえずそのままでいいと伝えておいた。見ていた感じ、あの二人はそれなりに上手くやってるからな。下手に変えない方が得策だと思ったのだ。

 そしてその次の『副演者』なのだが――――――。


「えっと、2人はロミオとジュリエット、それぞれの家の両親を演じるんだよね?」

 俺の質問にしっかりと頷く柳田さんと宮本くん。

「じゃあ、とりあえずここで演じてくれる?もう一度見てから言いたいから」

「「わかった!」」

 2人はそう言うと、俺から少し離れて演技モードに入った。

「ダメダダメダ!ロミオトノケッコンハユルサンゾ!」

「ソウヨ、アノイエノモノトムスバラルコトハユルサレナイ」

「モシモムリニデモ――――――――」

「はいカットカット!」

 まだ演技の途中だったが、俺は思わず止めに入ってしまった。

「どこか悪かったですか?」

「教えてくれ、関ヶ谷!」

 キラキラとした目で詰め寄ってくる2人。あの下手さは自分でわからないものなのか?自分のいびきでは目が覚めないというのと同じやつなのか?

「いや、棒読みすぎるだろ。もっと役になりきれ」

「そんなこと言ったって……俺達も本気でやってるんだよ……」

「本気でそれならかなりまずいぞ!?」

「そこまで言うなら、関ヶ谷くんもやってみてくださいよ!」

「ああ、いいとも!お手本を見せてやるよ!」

 あまりの下手さを理解させるために、監督自らが演技をして見せることになってしまった。

 2人に見つめられながらというのは少し緊張するが、成長させるため成長させるためと自分に言い聞かせて、俺は台詞を口にした。

「だめだだめだ!ロミオとの結婚は許さん!」

 お、なかなかいいんじゃないか?

「そうよ!あの家の者と結ばれることは許さない!」

 もしや、俺って演技の才能ありなのか?

「もし無理にでも結婚するというのなら、ジュリエット……お前を王家から追放する!」

 ……や、やり切った。

「よし、どうだ?」

 俺が清々しい笑顔でそう聞くと、2人は眉をひそめた。

「「んー、何か違う」」

「お前らに言われたくねーよ!」

 お前らは『何か』どころか『全部』違うんだよ。

 はあ……これは険しい道になりそうだ。


 一通りの練習を終え、副演者の2人に次の『主演者』を呼んでもらう。ついに早苗の番が来た訳だが、前の2人のこともあって少し心配だ。

 あと一週間で演劇は成功させれるんだろうか……。もしかしたら、久しぶりに彼に頼るのもありなのかもしれないな。

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