第81話 俺はギャングさんの世話を焼きたい

 サクサクサク……コツコツコツ……。


 早苗の家でお世話になっている間は、滅多に料理をすることがなくて、腕がにぶっているかもと思っていたのだが、特段そんなことは無かった。


 シュッシュッ……グツグツグツ……。


 久しぶりな割にはかなり上手くできたんじゃないか?母親直伝のミネストローネ。我ながらこれがかなり美味いんだよな〜。トマトを主体としているにも関わらず、中に入る具材たちの味を邪魔しない。それどころか、むしろトマト側から引き立て役に買って出てくれたような……まあ、とりあえず美味い。


「……ん?あれ、私……?」

 どうやら彼女が目を覚ましたらしい。

「ようやくお目覚めか。もう夕飯時だぞ?」

 机に二人分の料理を並べながら、ソファーから体を起こして、寝ぼけ眼でこちらを見つめる南に、そう声をかけた。

「……あれ?ここ私の家よね?なんで関ヶ谷がここにいるのよ」

 不思議なものでも見たかのように、目をぱちくりとさせて首を傾げる彼女。それに合わせて、寝癖で出来たアホ毛も揺れる。

「お前が公園で寝たからだろ。いくらお前のことが憎くても、あの状況で放っておけるほど、俺も腐ってねぇよ」

 スプーンとお箸を探し出して、自分の分と彼女の分とを並べる。

「連れ帰ってきたってこと……?その脚で……?」

「ああ、なかなかに重かったぞ」

「……は?」

「か、軽うございました……」

 殺気を感じたので慌てて言い換える。

「あ、そうだ。制服なんだが、砂まみれだったから今洗ってるところだ。俺の使ってる洗剤と違ってたから、どれ使えばいいかわかりにくかったけどな」

「……へ?洗ってるって……」

 俺の言葉を聞いて、南は素っ頓狂な声を上げる。そして自分の体を見下ろしてから、やっと今の自分の格好が変わっていることに気がついた。

「じゃ、ジャージ……ってことは、あんた、私を着替えさせたの!?」

 まあ、予想の範囲内の質問だよな。俺も正直、着替えさせていいものかと悩んだし。

 まあ、着替えさせてからも、ジャージのサイズが大きめだったせいで、なんだか悩ましい感じになっちゃったんだけど。

「仕方ないだろ?上も下も砂まみれで、払っても取れなかったんだから」

「し、仕方ないって言っても……」

 南は頬をほんのりと赤くして、それから胸元を腕で抑えた。

「あ、下着の色とかは心配しなくていいぞ?さすがに見るのはまずいと思って、目隠しして着替えさせたからな」

「なんかその方がエロくない!?」

 彼女のツッコミもごもっともだ。でも、俺はそういうフェチの人じゃないということを分かってもらいたい。

 というか、いくら相手が女子といえど、さっきまで「刺してくれ」と言っていた奴の下着を見て興奮するような性癖は持ち合わせていない。

 着替えさせている時だって、昂った方のドキドキよりも、いつ目を覚まして刺しに来るかというドキドキの方が強かった。

「まあ、もう穢れてっからいいんだけどさ……」

 南が漏らした言葉に、俺のふざけた思考回路が吹っ飛ぶ。その短い文章には、長さ以上の重みがあったから。

「お前、そんなことまでされたのか……」

「……」

 南は何も言わずにただ頷いた。

 これ以上は踏み込んでもいいのかが分からず……。

「とりあえず夕飯出来たぞ」

 そう言って彼女を食卓に招いた。



「……おいしい」

 俺の手料理を口に運んだ南の第一声がこれだった。メニューはハンバーグとミネストローネ、それと惣菜という冷蔵庫の中にあったものを使った簡単なものだったが、それでも南は美味しそうに完食してくれた。

 自分が作ったものを全部食べてもらえると、やっぱり嬉しいもんだな。これからは咲子さんの料理、残さないようにしよう……。

「関ヶ谷って料理上手だったのね。なんだか意外だわ」

「まあ、一応一人暮らしだからな」

 感心した風の彼女にそう返しながら、皿をまとめて流し台へと運んだ。汚れが多いものをサッと水で流してから食洗機へと入れる。

 洗浄開始のボタンを押してから南の元へ戻ると、彼女は申し訳なさそうな表情を見せた。

「悪いわね、そんなことまでさせて」

「ああ、気にするな。俺が好きでやってる事だ」

 俺がそう言うと同時に、軽快な音楽と女の人の声が聞こえてきた。『〜♪オフロガワキマシタ』というやつだ。聞いたことがある人も多いと思う。

「お、沸いたみたいだな。お前が寝てる間に入れといたんだ、入ってきたらどうだ?」

「何から何まで……あ、そうだ♪」

 南は一瞬ニヤリと笑うと、俺の近くまで来て腕に抱きついてきた。

「ね、一緒に入ろ♪」

 胸をグイグイとしつけてくるこの仕草……最近流行ってるのか?笹倉も早苗もしてきたことあるよな。そのおかげで、動揺を顔に出さないまでには耐えられるようになったんだけど。

「いや、無理だ」

 俺は彼女の誘いをキッパリと断る。こういうのはしっかりとNOの意志を示した方がいい。悩んだりすれば、その隙につけ込まれるからな。

「ええ〜?一緒に入ろうよ〜♪」

「それ、やめてくれないか?」

「……え?」

 突然言われたことに、理解できないと言わんばかりにきょとんとする彼女。

「そのぶりっ子みたいな声と仕草だよ。本当のお前はもうバレてるのに、なんで思ってもないようなことするんだよ」

「だ、だって……男の人はこういう方が好きなんでしょ?喜んでくれると思って……」

「それも嘘だろ?」

「……」

 図星だったのか、黙って俯いてしまう南。だが、すぐに俺の腕から離れて、開き直ったように笑いだした。

「あはは……その通りよ!誘惑して弱みを握れば、今日聞いた事の口止めができると思ったのよ!誰かに漏らされると困るもの!」

 …………まじか!ちょっと嫌な予感がしたからカマをかけてみたが、まさか本当に悪いことを考えていたとはな。彼女の誘惑に踊らされていたら、俺はきっととんでもないことになっていただろう。


 それはともかく、さっきのが当てずっぽうだったとバレないように、何かそれっぽいことを言わないと―――――――――――。

「……お前の気がそれで済むなら、俺は喜んで騙されたフリでもなんでもしてやるよ。でも、その前に一つだけ聞かせてくれ」

 俺は一呼吸置いてから、真っ直ぐに彼女の目を見つめた。

「ありのままで生きたいと思ってたはずのお前にとって、自分を偽ることはそんなに大事なことなのか?」

 彼女はありのままでいるだけでいじめられる理由が分からないと言っていた。そんな彼女が、今は自分から『ありのまま』を隠して生きている。

 俺には裏も表もバレているというのに、そこまでして偽り続けることに意味があるのか、俺にはそれがどうしてもわからなかった。

「だ、だって……本当の私を知ったら、みんな私を嫌いになるから……」

「本当にそうなのか?絶対にそうだと言いきれるか?」

「そ、それは……」

 答えづらい質問の連続に、南は激しく目を泳がせた。

 確かに素の自分を他人に見せるのは怖い。早苗だって、ずっと他人が怖くて俺の陰に隠れてばかりで……それでも周りを知ることで少しずつ成長しているのが俺にもわかった。

 そんな彼女を1番近くで見ていた俺だからこそ、南の気持ちもわかる気がする。

「少なくとも、俺は素のお前を嫌いじゃない」

 俺の言葉に、彼女は目を見開く。

「偽ってるお前は大嫌いだが、素のお前は清々しいまでに正直だからな。俺はありのままのお前の方が好きだ」

 俺の言葉も嘘偽りのない、正直で真っ直ぐなものだ。それがちゃんと南の胸に届いてくれたのか、彼女は少し嬉しそうに笑った。

 何かを企んでいるようなものでも、作られた笑顔でもない。彼女の心の底から湧いた笑顔だ。

「なんだ、ちゃんと笑えるじゃ―――――――」

 笑えるじゃないか。そう言おうとした矢先……。

「ぷっ!あははは!何そのセリフ!くっさぁ!あはははは!」

 一瞬でバカにしたような笑いに変わった。

「臭いとか言うなよ!これでも頑張って伝えたんだからな!」

「は、腹がよじれるぅ……くっ…ひぃ……」

 ついには腹を抱えたまま倒れ込んで、床の上を転げ回り始めた。この場にお堅い人がいたならば、女子としてあるまじき行為!とか何とか言われそうだが、俺はその姿を見てどこか安心していた。

 嘘偽りないありのままの南 七海。

 それが目の前にいることが確信できたからかもしれない。

 ひとしきり笑い終わった彼女は、立ち上がると、「じゃあ、素の自分をみんなの前でも出せるように、努力だけでもしよっかな〜」と独り言のように言っていた。

「じゃあ、俺はおいとまし―――――――」

「ダメだよ?」

 帰ろうとする俺の進路に南が割り込んでくる。

「いや、そろそろ帰らないと早苗が心配するから……」

「いいじゃんいいじゃん!今日は泊まってってよ!今まで溜め込んだ素の自分を全部解放したいからさ!どうせ明日休みなんだし!断る理由もないっしょ?」

「えっと……それは……」

 もう一度言っておこう。こういうのはハッキリとNOの意志を示した方がいい。悩んだりすれば、その隙につけ込まれるから……。

「その反応はないってことだよね!よーし、今日はオールだぁ〜!」

 思いっきりつけ込まれた……。どうせなら明日、早苗と出かける予定でも入れておけばよかったな……。

 そう後悔した時にはもう手遅れ。

「じゃあ、とりあえず一緒にお風呂に入るぞ〜!裸の付き合いってやつだ!」

「た、たすけてぇぇぇぇ!」

 意外に力の強い南に引きずられるように、俺は脱衣所に繋がる扉の向こうへと消えていった。

 その後、俺を見たものは誰もいない――――――――――なんてな。

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