第80話 ギャングさんは俺に〇〇されたい
猫耳としっぽを購入した俺達は、ドンキの近くにある人気のない小さな公園に来ていた。
どうやら南は約束通り、どうして笹倉をそこまで嫌うのかを教えてくれるんだとか。彼女曰く、「あはっ♪約束は守る女なのだよっ♪」ということらしい。
ちなみにだが、猫耳はワイヤレスイヤホンのやつじゃなくて、しっぽとセットになっているいい感じのが他にあったから、そっちにすることになった。
三毛猫、黒猫、ペルシャ猫……という感じで何種類かあったので、合計が31になるように適当に買っておいた。
南は自分用にと、その紫髪に似合う『チェシャ猫』の猫耳をカゴに入れていた。何かとのコラボ製品みたいで、それだけ他のより高かったんだよな……。
俺達が公園に入ると、砂場とベンチだけが見えた。特に遊具もない上にボール遊びが禁止されているため、子供達もここには滅多に来ないのだ。駅前にもっと立派な公園もあるからな。
まあ、他の人に話を聞かれたくない南にとってはそれが好都合だったらしく、ベンチに腰掛けると同時に目から光が消えた。
「……んじゃ、話していくとするわね」
ここまで来たということは、なんとなくで嫌っている訳じゃなくて、何かしらの理由があるということだろう。そこまでの想像は俺にもできているが、それ以上は何もかもが白紙のままだ。
ただ、これから話されることの全てが、素の彼女の声であることは間違いない。
俺は心のどこかで、その言葉の中から今の状況を打破するためのヒントが隠されているのではないか……そう思っていた。
「私が笹倉を嫌う理由……だっけ?」
緊張して背筋が真っ直ぐになっている俺とは正反対に、南は気だるそうにベンチに深く腰かけて、だらしなく脚を開いている。
目のやりどころに困るが、とりあえず遠くの街灯でも眺めておきながら首を縦に振った。それを横目で確認した彼女は、ゆっくりとした口調で話し始める。
「私、中学の時、ずっといじめられてたんだよ」
「……え?」
想像もしていなかった言葉に、俺は思わず驚きの声を上げた。
「はは、驚くのも無理はないか。ほら、これが昔の私」
そう言って南はスマホの画面を見せてきた。そこに写っているのは、黒髪ストレートにメガネという、真面目という言葉がぴったりな女の子。これがまさか中学の時の南だとはなかなか信じ難い。
「地味でしょ?自分でも分かってた。オシャレなんて興味なくて、校則だって一度も破ったことが無いくらい生真面目な性格だったよ……」
俺は特に何か返す言葉も見つからず、ただ小さく相槌を打った。
「いじめてくるのは決まってスクールカーストが上位の奴らばっか。いじめの理由はなんだったと思う?『地味でムカついたから』だってさ……ほんと、訳わかんないよね」
南の声に少しずつ熱がこもってくる。当時を思い出して怒りが湧いてきているのかもしれない。
「直接いじめてこない奴らも見て見ぬふり。私を居ないもの扱いして、自分が標的にされることから逃げてばっか……」
彼女は握りしめていた手を力なく下ろし、途端に弱々しい声で呟くように言った。
「でも、それは仕方ないことだってわかってた。みんな自分が1番可愛い。痛いのは嫌だ。怖いのは嫌だ。…………私も親友がいじめられてた時に逃げ出したから。だから、傍観者に関しては恨みも怒りも湧かなかった」
下唇を噛みながら、絞り出すように言葉を紡ぐ南。その声が耳に届く度に、彼女の辛い生活が浮かんでくるような気がした。
「お前の過去の事情はよく分かった。でも、それと笹倉とになんの関係があるんだ?」
俺がそう聞くと、南はため息をついた後、もう一度スマホの画面を見せてきた。そこには先程とは違う角度で撮られた彼女が映っている。
それを見た瞬間、俺は思わずあの名前を口にした。
「笹倉に似てる……!」
黒髪ストレートという髪型が同じこともあって、横から撮られた南は笹倉とかなり似ていた。もちろん小さな違いはあるけど。
「初めてあいつを見た時から、変な感情が私の中にあったのよ。その正体に最近気がついた……」
彼女は一息置いてから、低めの声で言った。
「私、いつの間にか笹倉と昔の自分を重ねちゃってたんだ……って」
そう言いながら、南は足元にあった石を蹴飛ばした。
「私と笹倉の横顔はこんなにも似ているのに、性格は真逆で……それだけの違いなのに私はずっといじめられてきて、あいつは初めから人気者だった。私はそれが悔しかった……」
南の目はだんだんと潤んできて、今にも涙がこぼれそうだった。それでも俺は、彼女の言葉に納得できないと言わんばかりに声を上げる。
「おい、そんなの笹倉は何も悪くないだろ!あいつはあいつとして過ごしてただけなのに、なんでそこに文句を言われなくちゃならないんだよ!」
南はその怒鳴るような声に一瞬肩を震わせたが、すぐにこちらを睨み返してくる。そして勢いよくベンチから立ち上がると、俺の胸ぐらを掴んできた。
「何も悪くないのは私も同じだろうがっ!私だって私として過ごしてた!なのに……なのに……!」
彼女はついに涙を零し、公園の砂を濡らした。俺を掴んでいた手からは力が抜け、弱々しく地面に座り込んでしまう。
「ありのままの性格で過ごしているだけで……ムカつくからと暴力を振るわれた……この私の気持ちが……お前なんかに……あいつなんかに分かってたまるかよ……」
地面についた手が砂を抉りながら握りしめられる。彼女はその手を振り上げて、思いっきり地面に叩きつけた。
そして、真っ赤に腫れた目で俺を見上げると、震える声で言う。
「私はな……髪も染めたし、髪型も変えた。メガネをやめてコンタクトにしたり、メイクだって勉強した。いじめられないように努力したんだよ!……それなのに……それなのにな……まだ
南は叫ぶようにそう言うと、よろよろと立ち上がって俺に近づき、胸ポケットから取り出したコンパスを俺に握らせた。
「お、おい!何やってんだよ!」
俺が抵抗しようとしても、意外に強い南の力で無理やり針先を彼女の腹に突きつけさせられてしまう。
「なあ……刺してくれよ……」
彼女は虚ろな目でそう呟く。
「いや、やめろって!」
力ずくで止めようとしても、針はどんどん南の腹へと食い込んでいく。
「何回自分で刺そうとしても、怖くてやめちゃうんだよ……。だから……な?お前が一思いにやってくれよ……私を助けると思ってさ……」
「お前の事情で俺の人生を台無しにするな!!!」
もう少し針が進めば、それは彼女の皮を突き破って肉を切り裂いてしまうだろう。もう猶予も余裕もない。俺は仕方なく実力行使に出ることにした。
「ふざけんなよぉぉぉぉぉ!」
残っている力を全て使って、コンパスを数ミリ彼女の腹から遠ざけた後――――――――――。
「…………かはっ!」
左足裏で彼女の胸を思いっきり蹴り飛ばした。
肺から空気が勢いよく排出されたことで体がショックを受け、力の抜けた手からコンパスが落ちる。蹴り飛ばされた体は大きく後ろに転がり、最後に『ゴツンッ!』という鈍い音を立てて動かなくなった。
「…………あれ、やりすぎた?」
もしかしたら死んじゃったり……と思ったが、駆け寄ってみると、彼女は寝息を立てていた。こういう時はどちらかと言うと気絶するべきだと思うのだが、現実はそんなコメディ映画みたいなことは起こらない。
さっきまでとは打って変わって、幸せそうな寝顔を見せる彼女をこのままにしておく訳にも行かず……かと言って学校に戻れば、他の皆にその経緯を聞かれてしまうだろう。ただでさえ帰るのが遅くなっているのだから。
俺はRINEの文化祭打ち合わせ用グループに『今日、南と俺は直接家に帰る』と送っておいた。
それから、多少の罪悪感を感じたが、南のポケットに手を入れて、彼女の家の住所の記されているものを探し出した後、家まで送り届けることにした。
彼女の家はここからそう遠くなかったが、女子1人に加え、猫耳としっぽそれぞれ31個ずつの入った袋を抱えての徒歩10分は、通行人の視線による恥ずかしさもあって、かなりの苦行だった。
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