第79話 ギャングさんは猫耳を探したい
笹倉と別れてから今日で1週間。
あの日から俺の生活は一変した。いや、どちらかと言うと笹倉の(偽)彼氏になる前に戻ったという方が正しいのかもしれない。
朝は別々に登校するし、昼食は早苗と二人で食べる。それに、彼女から話しかけてくることが無くなった。俺が話しかけようとしても、コロ助に邪魔されるし……。きっと、そうしろと指示されているんだろう。
笹倉と関わるようになってからは騒がしいくらいに色々あって、そんな日常を面倒だと思うこともあったけど、何かといつも楽しかった。
それが突然早苗と2人になると、どこか静けさが目立ってしまって、少し寂しさを感じてしまう。同じ教室にいるのに、別々の空間にいるみたいな気がして、心にぽっかり穴が空いたようとはよく言ったものだと思わされる。
そんな変化にクラスメイトが気付かないはずもなく……。
「別れたんだってさ」
「えー!やっぱり、浮気かな?」
「色んな女の子とイチャついてたもんな〜」
「いやいや、浮気相手は男だろ?」
教室では勝手な噂が囁かれていた。
浮気については、正直強く否定はできない。先日の早苗との件があるからな。彼女のおかげで何も起こらなくて済んだものの、もしあの時拒まれなければ、俺は確実に一線を超えていた。
でも、相手が男という噂はどこから出てきたんだ?この学校に、まだ俺をホモだと思ってる奴がいるってのか?人の噂も七十五日と言うが、もうとっくに超えてんだよな……。ことわざもあてにならないってことか。
「あはっ♪関ヶ谷くん、笹倉とはあれっきりなのよね?」
「……ああ、おかげさまでな」
放課後、俺はまた南に買い出しへと連れ出されていた。今一番見たくない顔だってのに……。
「ちょっとこっちに来て♪」
あざとくウィンクをしながらそう言う南に引っ張られて、俺は路地裏へと連れ込まれる。それと同時に、彼女の顔から明るさが消えた。
「ふふ……予定よりは少なかったけど、笹倉にダメージを与えれてスッキリしたわ〜」
おそらく、南は本当の顔を滅多に他人に見せないのだろう。前回の買い出しの時の帰り道だって、早苗がいるからなのか明るいキャラだったし、今だって誰にも見られていないことを確認してからキャラを変えた。
裏の自分と言うやつを見せたがる人間なんていないだろうし、正常といえば正常だが、彼女のそれにはあまりに差がありすぎる。
「なあ、なんでお前はそこまでして俺たちを別れさせたかったんだ?」
俺がそう聞くと、南は「は?」と威圧的な目で俺を睨み、仕方ないというふうにため息をついた。
「言わなかった?私は笹倉が嫌いなの。スクールカーストの塊みたいなあいつが大嫌い。だから、あいつの悲しむ顔が見たかっただけ」
それだけの理由で俺はこんなに辛い思いをしなくてはならなかったのか。そう思うとやるせない気持ちになる。
でも、俺にはもうひとつ聞きたいことがあった。
「なんでそんなに嫌ってるんだよ」
俺にはどうしても、笹倉がそこまで嫌われるようなことを彼女にしたようには思えない。去年のことをあまり知らないから、絶対にそうとは言いきれないが、一緒に過ごしてきた中で俺の知る笹倉は、絶対にここまで恨まれるようなことはしない人間だ。
まあ、その俺の知る彼女が全部偽物だったかもしれないんだけど。
「そうね、それなら教えてあげてもいいわよ。その代わり、先に買い出しを終えてからね」
南はそう言うと、口角をにっと上げた。
「あはっ♪行こっか、関ヶ谷くん♪」
徹底的に作り込まれた表の彼女。それに手を引かれて、俺は路地裏を出た。
すぐにでも拒絶したかったけれど、彼女の胸ポケットでギラリと光るコンパスの針のせいで、なくなく従うしかなかった。
文化祭の出し物の件だが、2年A組が第一候補にしていた『メイドカフェ』が2年B組と被ってしまったらしく、公平なじゃんけんの結果、A組は敗北した。つまり、俺達はメイドカフェを開けないということになったのだ。
それでも諦めきれなかったクラスの男子たちは、無理にでも女子のかわゆい姿が見たいと、ダメ元で『猫カフェ』を提案したところ、見事に許可が下りたのだ。
ただ、この猫カフェ、ただの猫カフェではない。
猫アレルギーの人が文化祭を見に来る可能性も考えると、猫を学校に連れてくることは出来ないということで、A組の生徒が猫耳としっぽを付けて接客することになったのだ。もうメイドカフェよりも上のランクをいっている気がするのは俺だけだろうか。
男子も付けないといけないのが少し恥ずかしいが、女子の猫耳姿はかなり貴重なわけで、プラマイゼロどころか、逆立ちをしてもお釣りが来るレベルでプラスだ。
ま、笹倉の猫耳姿はマジマジと拝めそうにないんだけどな……こいつのせいで。
俺は、ドン〇キホーテの中で猫耳を探す南の後ろ姿を睨みながら、心の中でため息をつく。
『探し物はなんですか、見つけにくいものですか、それならここに探しにおいでよ。ドンキならなんでも見つかるよ』というCMで有名なだけあって、どこを見ても商品棚がある。
ビリビリグッズのような面白そうなものがあると思えば、普通の服が置いてあったり、時計などの日用品があると思えば、大人の玩具が置いてあったり……。
さすがにそのエリアに近づける訳もなく、先程から意識して避けながら歩いているんだが……。
「あ、猫耳あった♪」
南がそう言って手に取ったのは確かに猫耳だ。カチューシャ型になっていて、色も色々ある(ダジャレじゃないよ)。
女子がこれを付けて接客をしている姿を想像すると、少しほっこりするし、これでOKなんじゃないかと思ってしまう。でも、ひとつ大きな問題があった。
この猫耳が置いてあるのが、さっきから警戒していた大人の玩具と同じエリアなのだ。少し横を見てみれば、口では説明できないようなものも置いてあって、反射的に顔を逸らしたくなる。
同じ場所にあるということは、この猫耳もアダルトなものになるわけなんだが、どこからどう見ても普通の猫耳なんだよな。他に置き場所がなかったとかならいいんだが、文化祭の予算で間違ってもアダルティなものを購入するわけにはいかない。
もっと言うと、そんなものを31個もレジに持って行きたくない。
だから、俺は念入りに試着用の猫耳を観察する。そのおかげで、俺はあることに気がつく事が出来た。この猫耳、カチューシャの部分に専用のワイヤレスイヤホンが隠されていたのだ。それを引っ張り出して耳に着けてみれば……。
『―――――――』
「っ!?」
猫耳の正体に気が付いた俺は、慌ててそれを棚に戻す。
「ん〜?なにか聞こえたの?」
南が首を傾げながらそう聞いてくる。だが、俺は必死に首を横に振った。
実はこの猫耳、本当にアダルトフルなものだったのだ。イヤホンを耳に着けた瞬間、艶かしい女性の声が聞こえたから間違いない。
「な、何も聞こえない!こ、壊れてるんじゃないかな〜?あはは……」
そう言いながら、俺は慌てて背中に猫耳を隠す。こんなものを聞かせたら、激怒した南に今度こそ刺されるかもしれない。そう考えると、絶対に猫耳は渡せなかった。
「まあ、いいよ〜♪それ、家にあるし♪」
「……え?」
「いただきっ!」
「ああ……!」
一瞬の隙を突いて、呆気なく猫耳は南の元へと渡る。
「あはっ♪家にあるなんて嘘だよ〜♪どれどれ〜?」
彼女はべーっと舌を出したあと、猫耳を頭にはめて、イヤホンを装着した。
ああ……俺の人生もここまでか……。
そう落胆したのだが……。
「は?なにこれ……落語?」
あまりの意外さに素の彼女が出てしまっているが、俺はすぐに彼女の片耳からイヤホンを外して自分の耳に付ける。
――――――――――――確かに落語だ。
え、でもさっきは間違いなく女の人の息絶え絶えな声が聞こえていたはずだ。俺だって、落語家のおじさんと高揚した女性の声くらいは聞き分けられる。絶対に聞き間違いではないはずなのだ。
猫耳を前にして首を傾げる俺たちを不思議に思ったのか、店員のお兄さんが声をかけてきた。
「なにか気になるものでもありました?」
「え、あ、はい……これってなんなんですか?」
俺がそう聞くとお兄さんは眉をひそめて、「あ、またあいつ、置き場所間違えたな……」と呟いた。
置き場所を間違えたってどういうことだ?
「あ、ごめんなさいね。この猫耳、本当はアダルトコーナーじゃなくて、手前の普通の棚に置いてあるはずだったんですよ。新人がいつも間違えちゃって……」
「えっと……つまりこれは大人の玩具では……」
「ないですね。これ、近くの電子機器と自動で接続される、ただの猫耳型ワイヤレスイヤホンですから」
なるほど……。カチューシャはおそらくケースと充電器の役割を果たしているのだろう。
いやぁ、アダルトグッズじゃなくて良かった!もしそうだったら、俺は今生きていられたかどうかすら怪しいもんな。
でも、どうしても考えざるを得ないことがひとつある。猫耳がワイヤレスイヤホンであるということはわかった。でも、それなら何かと接続されていないと音は聞こえないのだ。
百歩譲って何らかに接続されたとしても、そんな近い距離に、女性が息絶え絶えになっている映像を見ていた人がいたってことになる。
…………ドンキって怖いところだなぁ。
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