第75話 幼馴染ちゃんと(偽)彼女さんは俺をからかいたい

 …………ふぅ。

 肩までお湯に浸かった俺は、思わず吐息を漏らす。お風呂ってなんでこんなに気持ちいいんだろうな。

 俺は別に、無類のお風呂好きと言うわけでは無いのだが、それでも疲れている時のお風呂は最高だと思う。まあ、右足は濡らしたらダメだから、ビニールで防水加工されてるんだけど。

 癒しといえば、健全な男子高校生にとって、美少女って癒しだよな。目の保養にもなるし、囲まれたりしたら元気にもなるだろう。色んな意味で。

 でも、たった今俺はわかった。

『癒し×癒し=最高の癒し』では無いということに。

「失礼しま〜す♪」

 そう言って早苗が、体に巻いていたタオルを投げ捨てて湯船に飛び込んできた。体を隠すものがなくなったせいで、目のやりようにさらに困る……と思ったが、笹倉が入れて置いてくれた白い入浴剤のおかげで、湯に浸かっている部分は見えなくなっていた。なんともご都合主義なもんだ。まあ、水面に丸い島が2つ浮かんでいるのは、やっぱり悩ましいけどな。

 でも、これって2人でもきついのに、まだもうひとりいるんだよな……。

 俺はそっと視線をシャワーの方へと移す。そこには一糸まとわぬ姿の笹倉がいた。ちょうど、勢いよく出るシャワーを体に当てて、ボディーソープの泡を洗い流している所だった。

 湯けむりとはよく言ったもので、見えては行けない部分だけが湯気で見えなくなっている。こっちもなかなかにご都合主義だな。健全な男子高校生としては、見えてしまうと色んな意味でやばいので、正直助かった。

「失礼するわよ」

 綺麗に流し終わった笹倉が、手で胸などを隠しながら、ゆっくりとお湯に入ってくる。その綺麗な足、太ももに思わず見蕩れていると、「み、見ないで!」と顔を押されてしまった。


 笹倉が肩まで浸かると、湯船からお湯が少し溢れ出す。互いに肩が密着していることから、高校生3人が入るには、やはり小さすぎたらしい。

「ああ〜!狭いからこうなっちゃっても仕方ないよね〜♪」

 突然早苗がそう言ったかと思うと、胸を腕に押し付けてきた。

「ちょ、やめろって!さすがにやりすぎだ!」

 振りほどこうとするも、狭すぎて不可能。柔らかいお山と両腕にホールドされて自由が効かない。助けを求めるつもりで笹倉の方を見ると、彼女の瞳が怪しく光った気がした。

「あれま!足が滑ってぇ〜♪」

 左腕にも柔らかい感触が伝わってくる。微かにドクッドクッという心音も聞こえてくるような……。右も左も柔らかいものに囚われて……これが本当の軟禁ってか。

「あおくんの腕……私のより太いね♪さすが男の子♪」

 耳元で早苗がそう囁く。

「碧斗くんったら、緊張してるの?肩に力が入ってるわよ?」

 笹倉が吐息を漏らしながら、背中をツーっと撫で上げてきた。反射的に体がビクッと跳ねる。

「や、やめろよ!」

「ふふ、声が裏返ってるわよ?」

 意地悪な笑みを浮かべる笹倉。身体を洗ってもらうことの危険はなんとか乗りきったが、このままでは俺もただでは済まないかもしれない。わかりやすく言うと、貞操が危ないのだ。

 一応言っておくが俺は童貞だぞ?最近周りに女子が増えたような気もするが、誰にでもかんでも手を出すような悪男では無いつもりだ。何故か唯奈との悪い噂は流れてるけどな。

 そもそも、なんで俺が唯奈に手を出さないといけないんだよ。むしろ手を出されそうになった側だってのに。

 そう言えば、あいつってかなり前に、俺のおかげで生きられてるとかなんとか言ってたよな。自分を変えるためにギャルになったとか。黒髪時代の彼女も一度見てみたい…………って、こういうのが噂に繋がるんだろうな、やめておこう。


 話を戻すとして、童貞の俺はもちろん美少女に貞操を奪われるなら喜んで受け入れるつもりだ。でもな、それは俺に好きな人がいない場合に限る。

 割と本気で笹倉早苗で悩んでいる俺からすれば、ここは抵抗する以外に選択肢はないのだ。だって、行為に至った時点で、その相手が本命になることが確定してしまうから。

 いわゆる『もうお嫁に行けない……責任取って結婚して!』ってやつだな。難しい言葉で言うと、既成事実。子供なんでできてしまったら、俺は一生頭が上がらないだろう。きっと軟禁どころじゃ済まないぞ。

 咲子さんの本で勉強したから知っている。恋する乙女というのは、汚い手を使ってでも好きな人を手に入れるものなのだ。事実、咲子さんも汚い手を使って早苗の父親を手に入れたと言っていた。まあ、あの結婚は失敗だったって嘆いてたけどな。

 あの時は、愛娘の幼馴染になんて話してるんだと思ったものだが、まさか自分がその被害者となる日が来るとは思いもしなかった。

『人生何事も自分事』。

 昔聞いたこの言葉の意味が今ならよくわかる気がする。

「ねえねえ、あおくん♡」

「あ・お・と・くん♡」

 両サイドから聞こえる脳を溶かされそうな甘々ボイス。その発信者は一糸まとわぬ美少女×2。もちろん俺も何も身につけていない。

 もしかしたら、二人がかりで襲われることだって考えられる。そうなれば、俺は抵抗できないだろう。実際、健康な状態だった時に早苗に寝込みを襲われたことがあったが、全く抵抗できなかったからな。

 こんな時はどうするべきなのか、ググッておけばよかった……。そう後悔し始めた俺はふと、とある番組でゲストの女性が、『危ない目に合いそうな時の対処法』について話していたことを思い出した。

 彼女は確かこう言っていた。

『危険を感じたら全力で走れ』と。

「お先に失礼します!」

 俺は勢いで2人の腕を振りほどき、左足の力だけで浴槽から飛び出すと、ふろ場の扉を開けてバスタオルを掴み、できる限り全速力で早苗の部屋へと向かった。

 幸いなことに、2人は追いかけてこなかった。廊下を濡らしてしまったことへの罪悪感と、全裸で家の中を走ったなんとも言えない爽快感に浸りながら、俺は自力で服を着ることにした。

「くそぉ……幼馴染と(偽)彼女が俺の平穏を邪魔しすぎる……」




 10数分後。

「いい湯だったわね」

「お粗末さまです♪」

「その言葉、こういう時に使うものだったかしら?」

 そんな他愛ない話をしながら部屋に戻ってきた笹倉と早苗は、せっせとカーペットについたお茶の染みを落としている俺を見て、話題を変えた。

「さっきの碧斗くんの慌て様、面白かったわね〜」

「ふふっ、あんなところは昔と変わってないんだもんね〜♪」

 反応したら負けだ。そう思った俺は、聞こえないふりをする。それを察したのか、2人は少し声を大きくして話を続けた。

「碧斗くんって、意外と可愛いところがあるのね!」

「たくさんあるもんね!実は人混みが嫌いだったり、実は女の子に弱かったり、実は苦いものが苦手だったり!」

 さすがは早苗、俺のことをよく知っていやがる。女の子に弱いとか、苦いのが苦手とか、言ったことないはずなんだけどな。なんで知ってるんだろうなぁ……?

 それはともかく、かなり恥ずかしいが反応してはいけない。いじめやからかいは、反応すると面白がってエスカレートするものなのだ。無視が一番の得策なのだ。

「「むむっ……」」

 ついには、某有名カードマンが出てきそうな台詞を口にしながら、2人は眉をひそめてしまった。やはり我慢の勝利なのだ。…………と思ったのだが。

「碧斗くんの、可愛かったわ〜♪小森さんが言っていた通り、小さかったわね」

「でしょ〜?最後に一緒に入ったのが小学生の時だったけど、あんまり変わってなかったもん!」

 こ、こいつらは一体なんの話をしているんだ?というのは、まさかとは思うがアソコの事なのか?男にはついていて、女にはついていないものなーんだ!っていう引っ掛けなぞなぞで、小学生男子がよく間違える方の答えのやつか!?

 てか、『小森さんが言っていた通り』って、今どきの女子高生は、みんな学校や家でそんな話をしているのか!?

 てかてか、いつ見たんだよ!風呂場ではちゃんと隠していたはず…………あっ、そうか!風呂から飛び出した時に隠してなかったもんな……。

 声で反応はしなかったものの、表情に出てしまっていたのだろう。こちらを見た2人がニヤリと笑った。

「千鶴くんのよりも小さかったよ!千鶴くんのは大きいし、手術で取っちゃった方がいいかもね!」

「あら?そんなのいつ見たのよ。私はあまり話さないから、まだ見た事ないわね……」

 いや早苗、本当にいつ見たんだよ!今のは千鶴のアソコを見たってことなんだよな?俺が知らない間にそんな関係になっていたのか?そもそも、それを俺の目の前で言っちゃっていいのか?

 笹倉も見たことないって、一生見なくていいよ!俺のだけ見てれば……ってそれもおかしいんだけどさ!

 ――――――てか、よく考えたら取っちゃうってなんだよ!女装好きだからか?俺のことが好きだから、アソコいらないよねって話なのか?いくらなんでもそれは酷いだろ!百歩譲っても、これが女子高生の会話とは思えない。下ネタが過ぎる……。

「お、お前ら!変な話するなよ!」

 さすがに耐えきれず、俺は大声でそう言ってしまう。だが、2人は揃って首を傾げるばかり。

「碧斗くん、変な話ってなんのことかしら?」

「とぼけるなって!俺のあ、アソコが小さいだとか……千鶴のが大きいから取っちゃうだとか……」

 はっきりとは言いづらい内容に、俺も言い淀んでしまうが、その様子から察したのか、笹倉が何かを思いついたような顔をした。

「碧斗くん、勘違いしているんじゃないかしら?」

「か、勘違い……?」

 俺が聞き返すと、彼女はしっかりと頷く。

「私たちが話してるのは、碧斗くんの背中にある『ホクロ』のことよ?ほら、生まれつき左肩甲骨の位置にホクロがあるんでしょう?」

「……へ?ホクロ?」

 確かに俺の背中にはホクロがある。小さい時に早苗に言われてから気付いたのだが、このホクロ、体が成長してもあまり大きさが変わってないんだよな。

「小森さんによると、千鶴くんの腰にも大きめのホクロがあるらしいのよね。そんなものに興味はないのだけれど」

 な、なるほど……2人はホクロの大小の話をしていたのか。アソコだなんて言うから、アレの事かと思ってしまったじゃないか……。

「…………で?」

「ん?」

 笹倉がグイッと距離を詰めてくる。その目は興味津々というか、どこかキラキラとしていた。

「碧斗くんは、一体なんの話しをしていると思ったのかしら?」

「そ、それは……」

 さすがに放送禁止ギリギリの用語を口にすることは出来ない。俺にだってプライバシーポリシーがあるのだ。意味は知らないけど。

「何を想像してたの?ね?教えてくれるわよね?」

「知りたいなぁ♪教えて!ね?教えて!」

 グイグイと詰め寄ってくる2人。こいつら、絶対に分かってやってるだろ……。俺の幼馴染と(偽)彼女がむっつり過ぎる……ってか?

「し、知らん!もう忘れましたっ!」


 俺はそう言ってベッドの上の布団に包まり、3時間彼女らの追求から逃れ続けたものの、最終的には女の武器とやらに負け、口を割ることとなった。



 いやぁ……やっぱり美少女の作る夜ご飯女の武器を取引に出されたら勝てないよな。

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