第76話 俺と幼馴染ちゃんと+1は買い出しに行きたい

「はい!では、文化祭の内容はこれで決まりでいいですね?」

 文化祭委員が黒板に書かれた文字を指差しながらそう言うと、クラスメイトたちは揃って首を縦に振った。


 今は連休明け、火曜日の放課後。今日から文化祭の準備を始めるということは前から決まっていたことだが、それはもちろん強制という訳では無い。

 部活だったり用事だったりもあるだろうからと、参加は自主的に申し出てくれた人のみとなっている。

 まあ、何もしないで当日だけ楽しむということに罪悪感を感じる人も多いみたいで、少なくとも一日はみんな手伝ってくれるらしい。


 話し合いが終わると、大半の生徒が帰る用意をして教室から出て行った。無力を感じている俺も帰ろうと思ったのだが、早苗が家の鍵を絶対に渡さないと言うので、仕方なく残ることに。今日は咲子さんが小説の打ち合わせがあるということで出掛けているから、鍵がないと家に入れないのだ。

 早苗はどうやら、手伝いに残ると言った笹倉に対抗心を燃やしているらしい。まあ、手伝う人は多い方がいいが、鍵くらい渡してくれてもいいのに……。

 俺の脚を心配してなのかもしれないから、強くは言えなかったんだけどな。

 とりあえず出店ということで、場所はまだ決まっていないが、どこであっても店を建てなければならないことに変わりはない。

 この学校では、毎年出店するための店は、生徒たちが手作りすることになっている。もちろんそのための予算は学校が出してくれるから、その点は問題ないのだが、高校生なので建築については無知だ。屋台や店に求められる、清潔感や丈夫さをしっかりと確保できるかどうか。ここが一番の難所なのだ。


 かといって、せっかくの男手である俺も、怪我のせいで直接何か出来るわけでもなく、「私も!」と半ば無理矢理着いてきた早苗と、実は文化祭委員だったけど他の人に任せてサボっていた、紫っぽいショートヘアーが目立つみなみ 七海なみと共に、店を作る材料の買い出しに出かけることとなった。

 笹倉と唯奈は、他の文化祭委員と共に、出店場所を巡る話し合いに駆り出されている。出店内容やその規模によっては、学校の入口近くに置いたり、あえて奥の方に置いたりと、配置は意外と重要なのだ。

 ほら、メイド喫茶なんかが入口付近にあると、きっと人気が出るから、人混みのせいで入りずらくなったりするだろ?まあ、そのメイド喫茶ってのが俺達のクラスの出店内容(仮)なんだけどな。

 それにしてもまさか、笹倉が「メイド喫茶にしましょう」なんて言い出すとは思わなかった。利益を求めての発言なのかもしれないが、あの笹倉がねぇ……。

 まあ、最近の彼女は何かとデレの部分が多いからな。かつてのクールさも少しずつ欠けていっているような気がする。

 はっきりと言われたことはまだ無いが、元々偽者として始まったこの関係を、あの夏の日、正直なところ、笹倉から壊してくるとは思っていなかった。それとは正反対に、俺の方が揺らいじゃってるんだけどな。

 この恋は笹倉に捧げようって決めたのに……。

 そんな俺の心情を知らない早苗は、笹倉が居ないのをいいことに、いつも以上にベタベタしてくる。

「ふふふ♪制服デートだねっ♪」

 わざとなのか、腕に胸を押し付けてきたりもする。彼女も大人になったもんだ。男心の掴み方ってのを理解し始めている。

「ただの買い出しだろ?重いからまっすぐ歩け」

「むっ……女の子に重いなんて言ったらダメなんだよ!」

「はいはい、早苗の体重はりんご3個分ですよ〜」

 そんな会話をしていると、少し後ろを歩いていた南がクスクスと笑い始めた。

「ん?いきなりどうしたんだ?」

 振り返ってそう聞くと、なんとか笑いを抑えた彼女が上がったままの口角で答えた。

「あはっ♪いやぁ、やっぱりふたりは仲良しさんだなって♪」

 南特有の『あはっ♪』という笑い方。彼女とはあまり接点がないし、聞く機会も多くはないのだが、聞く度に思うことがある。陽気だな……と。

「まあ、長年の付き合いだからな。これくらい普通だろ」

 俺がそう返すと、彼女は「ふーん?」と探るような目で俺を眺め、納得したように頷いた。

「うんうん♪幼馴染ね〜♪」

「なんだよ、その意味深な言い方は」

 いわゆるギャルという部類に入るであろう南 七海の雰囲気は、どこか唯奈と似ていて、同時に全く似ていない。

 何度も言うが、彼女との接点はあまりないから全てを知っている訳では無いが、どこか嘘くさいのだ。だから、俺にとってはあまり得意な人間ではない。

 いつだったか、笹倉も似たようなことを言っていた。あの人とだけはどうしても上手く関われない気がすると。

 それと同じことを感じているのか、早苗も南が話し始めると何も言わなくなり、離れていくと話し始める。意識的に避けているような感じだ。

 直接なにかしてくる訳では無いが、その作られている感が拭いきれず、どうしても一歩引いた目で見てしまう。

 まあ、ただの勘違いってことも有り得るし、顔には出さないようにしてるんだけどな。



「はいは〜い♪ここで木材とか色々買う予定だよ〜♪」

 南はそう言うと、木材や鉄板、ガスコンロなども置いてある大きな建築材店へと、俺たちを手招きした。

「おお、思ってたよりも大きいんだな……」

 店の中は無駄に天井が高く、中央の道の左右には、巨大な棚がいくつも並んでいた。まるで国立図書館みたいだな。行ったことないけど。

「えっと〜?必要なのはあれと……これと……」

 メモに書かれた文字と商品を見比べながら、南はせっせとカゴに木材や釘を入れていく。

「あっ♪トンカチも必要かな?」

 南はそう言うと、手に取ったトンカチを軽くスイングし始めた。

「危ねぇだろ……。トンカチは学校にあるだろうし、ノコギリも同じだ。俺たちが買うのは材料だけでいい」

 俺が淡々とそう言うと、彼女は「ちぇっ」と不満そうな顔でそれらを棚に戻した。と思ったが、「マイトンカチがあった方が役立つかも♪」とか言いながら、結局カゴに入れていた。

 マイトンカチって……トンカチにMyもYouもねぇだろ。てかスイングするなって……こいつ、闇でも抱えてんのか?


「ん〜♪骨組みを作るのはこれで十分かな?」

 しばらくすると、南がカゴの中身を見せながらそう聞いてくる。

 そこには大量の1mを超える木材、繋ぎ目を固定するための金属板、それと釘などが入っていて、俺と早苗もいくらか抱えている。店と言っても、そこまで大きなものでもないし、おそらくはこれで足りるだろう。

 俺が首を縦に振ると、彼女は「あはっ♪次は壁と屋根だね〜♪」と店の奥へと歩き出した。


「ねね、関ヶ谷くん♪どの材質がいいと思う?」

 木の板が大量に置かれているコーナーで、南は首を傾げていた。確かに、種類が豊富すぎて選べない……というか、実際にどれがいいのかが分からないんだよな。木に詳しいわけじゃないし。

「そうだなぁ……万が一雨が降った時のためにも、防水性は高かった方がいいのか?」

「んー♪一応、骨組みにブルーシートを被せてから作る予定だから、防水性はあんまり要らないかな♪」

「そうか、それなら値段が高めの防水加工付きじゃなくてもいいな」

 余裕はあると言っても、予算は限られている。あとのことを考えれば、ここで大量に使ってしまうのは避けたいところだ。

 1番安いのはベニアなのだが、これがなんと言っても薄くてペラペラなのだ。何枚も重ねれば何とかなりそうだが、それではかなり手間がかかる。これじゃ壁になんて出来やしない。ただ、見栄えも良くて、清潔感がある素材なんだよな……。

「あはっ♪いいこと思いついた!」

 南が突然そう言ったかと思うと、しっかりしているけれど見栄えが悪くて値段が安い板とベニアを手に取り、板の上にベニアを重ねた。

「こうすれば、見た目もいいし、しっかりするんじゃないかな♪」

 彼女の提案に、俺は思わず「おお!」と関心の声を漏らした。確かに、それならベニアだけを大量に買うよりも値段も安くて済む上に、外観も綺麗にできる。

 それらを俺の持つ2つ目のカゴに必要そうな分だけを入れ、また南がメモに目を落とした。

「……そっか〜♪ね、小森さん♪あっちの方にブルーシートがあると思うから、大きいサイズを2つ取ってきてくれる?」

「ひゃ、ひゃいっ!」

 いきなり話しかけられて驚いたのか、肩をビクッと跳ねさせた早苗は、逃げるように駆け足で棚の陰へと消えていく。

 それを確認した南は、小さくため息をついた。

「さてと……」

 そう言ってカゴを床に置き、俺の方に視線を向ける。

「はぁ……だる……」

「……へ?」

 俺は一瞬、自分の耳を疑った。普段の彼女なら絶対に言わないであろう台詞が、聞こえたような気がする。

「ねえ、関ヶ谷って笹倉の彼氏なんでしょ?よくもまあ、あんなスクールカーストの塊みたいなのと一緒にいれるよね……」

 その目からは少し前までの元気さとか陽気さとかが失われていて、やる気ゼロの状態だった。

「はぁ……あんなのと居たら絶対に疲れる……」

 え、いや、まって……急にキャラ変わりすぎじゃない?これ、見せちゃっていい部分なんですか?絶対ダメなやつですよね!?

「え、えっと……南ってもしかして二重人格者だったりする……?」

 俺が恐る恐る聞くと、彼女の目が俺を睨みつけた。

「は?そんなわけねぇだろ。ばかなの?こっちが本当の私。いつもは無理してギャル気取ってんだよ」

 ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?

 俺は動揺を隠しきれないでいた。

 いや、嘘くさいなとか、八方美人だとかは思ってたけどさ…………まさか本当に闇抱えてるとは思わないじゃん!?

 ていうかなんで俺にそんなことを教えるんだ?ま、まさか……俺、死ぬのか?これは冥土の土産ってやつなのか?メイド喫茶だけに。

「って言ってる場合じゃねぇぇぇぇぇ!」

 彼女がカゴからマイトンカチを取り出そうとするのを見て、俺は慌ててその場から逃げ出した。

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