第73話 俺は(偽)彼女さんのやる気を守りたい

 部活動対抗リレーの次のクラス対抗リレーも終了し、残す競技もあと一つとなった。

「なかなかに接戦ね」

 ここまでのポイントは、B組D組は大差なく400点前後、A組C組は共に450点程。

 最後の競技、二人三脚競走の配点からして、優勝準優勝はA組とC組に確定している……はずだったのだが。

『突然ですが、ルールの変更を行います!最終競技で1位になったチームには1000点!1000点ですよ〜!』

「…………」

 アナウンスを耳にした生徒たちは、しばらくの間固まる。そして―――――――――――。

「「「「よっしゃぁぁぁぁぁ!!!」」」」

「「「「ええぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」」

 2種類の声が響き渡った。一方は優勝を諦めていた者達から。もう一方は優勝の可能性を感じていた者達から。

 俺たちA組はもちろん後者だ。

「なんで!?体育祭にバラエティ精神なんていらないのよ!」

 笹倉も俺の隣で、拳を握りしめながら若干キレていた。

 確かについさっきまで、下位2チームはやる気を失ってましたよ。死んだモルモットみたいになってましたよ。いや、こういう時は死んだ魚の方がいいのか?それよりかは死んだカエルの方が…………って、カエルの死に様を見たことなかったな。

 でも、だからって上位2チームの今までの頑張りを潰さなくてもいいだろ。

 何も頑張ってない俺が言えることじゃないけどさ。

『さてさて、盛り上がってきましたね〜♪』

「「「「どこがだよ!」」」」

「「「「イェェェイ!」」」」

 まあ、ある意味団結力は高まった……のかな?




 全校生徒がグラウンドに並び、まず1年生から二人三脚をしていく。

 接戦の末、1000ポイントを獲得したのはB組。2位で500ポイントを獲得したのはA組。なけなしの250ポイントと100ポイントを手にしたのは、それぞれD組とC組だった。

 魅音も頑張っていたのだが、周りの視線が恥ずかしかったのか俯いてしまい、フードのせいで前が見えず、曲がる予定のコーンを通り過ぎても走り続けてしまった。

 ペアの人も止めようとしていたのだが、緊張度MAXの時って周りの声が聞こえなくなるんだろうな。元陸上部で走力がある上に速かったせいで、グラウンドの端にある木にぶつかるまで、彼女が止まることはなかった。

 だが、実際魅音のせいで負けたと言われてもおかしくない状況であるにも関わらず、彼女のクラスメイトたちは、一切彼女を責めていなかった。泣きそうな顔で謝り続ける彼女を、みんな優しく慰めてあげていたくらいだ。

「なんだ、愛されてんじゃねぇか……」

 これは、フードが取れる日も近いかもしれないな。


 その次は3年生の番だ。

 どうして2年生を最後に回すのかは分からないが、他の競技もだいたいこの順番なので、特に文句はない。

 結果的に、1位C組、2位A組、3位B組、4位がD組となった。

 ここまでのポイントの合計は、A組&B組&C組が1500点ほど。D組だけが約700点と、次のレースで1位をとっても3位以下が確定してしまい、優勝争いから脱落した。

 突然のルール変更に驚いたものの、逆にこれが効果的だったのかもしれない。クラスメイトたちはみんなやる気に満ち溢れている。

「やってやるぞぉぉぉぉ!」

「勝つわよっ!」

 最終結果は全て2年生に託されている。他の学年が見守る中、俺達は入場門へと向かった。




 今年初めての入場行進。出場しない俺も、一応最後列で見守っていろとのことだ。ただ、スタート位置に着いた時、俺はふと、何かもわっとしたものを感じた。俗に言う、嫌な予感ってやつだ。

 だが、俺はその理由にすぐさま思い至った。

 さ、早苗がまだ帰ってきてねぇ……。

 まだ保健室で寝てるのか?あいつ、寝たらなかなか起きないからな……。もしこのまま帰ってこなければ、笹倉のペアが居なくなり、彼女は競技に出られなくなる。それだけは何とか防いでやりたかった。

 だって、俺の前に並んでいる彼女の表情が、やる気に満ち溢れていたから。

 体育祭、最後の最後で彼女をがっかりさせたくない。そうは思っても、みんなどんどんとバトンを繋いでいって、列も徐々に前へと進んでいく。

 笹倉の表情も、少し強ばってきた。

「笹倉……?」

「……」

 声をかけてみるも、気付いていないのか、俯いたまま反応してくれない。

「笹倉!」

「っ!?な、何かしら?」

 2度目でようやく振り向いてくれた。ただ、その目からは、いつもの真っ直ぐさは失われていた。相当不安を感じているのだろう。

 走行している間にも、彼女の順番はもう4組後だ。今から早苗が目覚めても、完全に手遅れ。もうどうしようもない。

 そう、諦めの感情を抱いた瞬間だった。

「……ん?」

 肩に何かが触れる。振り返ると、1番手として既に走り終えた唯奈が俺の肩に手を置いていた。

「ここでやれなきゃ、あおっちじゃないよ♪」

 いつものニヤニヤ顔でこちらを見つめる彼女。そのたった一言で、俺の気持ちは180度転換した。

 松葉杖を唯奈に預け、笹倉の手から足を結ぶマジックテープを取る。

「ちょっと、碧斗くん!?」

 驚く笹倉を無視して、俺の左足と彼女の右足を結ぶ。前を見てみれば、もう誰もいない。今走っているペアが帰ってくれば、次が笹倉の番……つまり、俺の番だ。

「笹倉、行くぞ」

 両足で立つことに痛みは感じない。彼女の肩に手を回し、しっかりと引き寄せる。肩を密着させ、目を見つめれば、俺の意図を理解した彼女は小さく頷いてくれた。

「……笹倉さん!関ヶ谷くん!頼んだ!」

 帰ってきた2人は、一瞬驚いた顔をしたものの、俺の手にしっかりとバトンを渡してくれた。その瞬間、笹倉の表情が変わる。

 いつも通りのキリッとした目付きで真っ直ぐに目指すべき場所コーンを見据え、一気に前へと踏み出す。他のチームも皆アンカーにバトンが渡り、どこが勝ってもおかしくない状況だった。

 どのチームも『1・2・1・2』と掛け声をしている。だが、俺と笹倉はただただ走るだけ。不思議と彼女と心がリンクしているような感覚だった。

 コーンを曲がり、残り半周。あとはスタート位置の線を1番に超えればいいだけだ。

『どのチームが1番だ?わからない、分からないぞ〜!A組?いや、C組か!いやいや、D組だ!と思ったらみんな並んでいる!?頑張れ!頑張れ!』

 放送部の実況も盛り上がってきた。

 それなのに、こういう時に少し足が痛んでくる。もう治ったと思っていたが、まだ完治はしていなかったのか……。

 でも、もうゴールは目の前だ。あと少し、あと少し…………。

「あと少しだからもってくれぇぇぇ!」

 俺はそう叫びながら、思いっきり右足を踏み込んだ。

 ―――――――――ピキッ!

「……あっ」

 嫌な音が響いたと思った瞬間、俺の体は笹倉と共にゴールラインへと転がり込んでいた。


 グラウンドは大歓声に包まれた。




「笹倉、悪かったな……」

「何謝ってるのよ。むしろ、私がお礼を言うべきだわ」

 彼女は両手を膝の上で重ね、病院の診察台に寝転ぶ俺を見つめた。

「ありがとう、優勝させてくれて」

 そう、俺達A組は見事体育祭で優勝することが出来たのだ。ゼロコンマ何秒の世界での勝負に勝った俺は、代償に治りかけていた右脚の骨にもう一度ヒビを入れることとなった。

「本当に大丈夫かい?治る前にまた怪我するなんて……」

 脚を見てもらっていた山根先生も、これにはさすがに苦笑いしている。

「ははは……名誉の傷とでも言ってくださいよ」

「ただのヒビだよ、僕にとってはね」

 相変わらず手の内の読めない人だ。

「まあ、ある程度運動したことで、骨が刺激されたのかな?そこまで治るのに時間はかからないはずだよ」

 彼はそう言って病院の奥へと消えていった。


 再度足をぐるぐる巻きにされた俺は、松葉杖を手に小森家に帰った。この様子だと、文化祭が終わるまで早苗の家にお世話になる恐れもあるな。

 可能性じゃなくて恐れって言ってしまうあたり、早めに治さないとまずそうだ……。

 ちなみに、早苗は勝敗を知る前に体調不良で家に送られたらしい。キス(顎)で発熱にまで至ったんだとか。本当に純粋で単純なやつだよな。帰ったら看病してやるか。

「今日はありがとう。碧斗くんのおかげで、去年の何倍も楽しかったわ」

 小森家の前につくと、笹倉がいきなりそう言った。

「いや、それは俺の台詞だ。笹倉のおかげですごい楽しかったぞ」

 俺がそう返すと、お互いに微笑み合う。細めた彼女の目が、夕日のオレンジ色を反射していて、まるで宝石のようだった。

「それと……あのお願いを叶えてくれてありがとう。迷信だとしても、あれだけは信じてたから……」

 お願い……というとあれだよな。『二人三脚で一緒に走った男女は永遠の愛で結ばれる』的なやつだよな。

「ああ、偶然叶える形になっただけだけどな」

「それでも嬉しかったわよ」

 彼女は心底嬉しそうに、綺麗な笑顔を見せた。

「じゃあ、またね」

 笹倉はそう言ってから帰っていった。そのどことなく心の弾んでいるような後ろ姿を眺めながら、俺はあのラブレターのことを思い出していた。

「『あなたの一番になりたい』……か」

 これはれっきとした、愛の告白ってことでいいんだろうか。海での『キスくらい誰とでもできる』みたいなのでは無いということだよな?

 それはそれで心が舞い上がるほど嬉しくて……同時に沈むほど不安なことでもあった。

 もう一番だ。そうはっきりと言ってやりたいけれど、今の俺にはそれが出来ない。笹倉と早苗を指すメトロノームの針は、止まっていた場所から少しずつ揺るぎ始めていた。

 けれど、今の俺はそんなことで頭を抱えるのではなくて、優勝できたことを幼馴染に報告する男子高校生でありたいのだ。

 だから、玄関の扉を開いて、大きな声で言うのだ。

「ただいま!早苗、優勝したぞ!」

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