第72話 (偽)彼女さんは1番になりたい

「おかえりなさい、小森さんの調子は?」

 観覧席に戻ると、笹倉がそう声をかけてくれる。さすがに勘違いで気絶してるだなんて言えるはずもなく、「疲れてたのか、すぐ寝た」とだけ伝え、彼女の横に腰掛けた。

「あれ、綱引きは?」

 男子棒倒しの次は男女別で綱引きがあったはず。保健室にいた時間を考えれば、もうグラウンドに立っていてもおかしくないはずだ。

「男女とも、1回戦で負けたのよ……あれは卑怯だったわ……」

 笹倉の話を聞くには、男子では学校一体重の重い、相撲部の太田おおた 和重かずしげが体に縄を巻き付けて座り込み、女子は我が校の吉〇沙保里と呼ばれている、柔道部の吉野よしの 家守やもりが腰に縄を巻き付けて逆側へ全力疾走したため、全く歯が立たなかったらしい。

 敵が縄を引けなければ負けることは無いので、太田も作戦としては立派だと思うが、勝ち方としては確かにつまらない部分もある。先生達も首を傾げていたらしいのだが、ルール違反ではないため、どうも止めることは躊躇ったんだとか。

 そのままB組が男女ともに綱引きで優勝し、総合ポイント敵にはA組と競る結果となった。



 そして、ここらで一度気休めの競技。次に行われるのは、『部活動対抗リレー』だ。

 これは、勝敗によってつくポイントは無く、ただただ部活動の仲間と一緒にリレーを楽しむだけの競技だ。

 もちろん、部活に入っていない俺と笹倉はただ見るだけになるわけで……。

「笹倉さん!うちの部活、3人しかいなくて人数が足りないの!アンカーをお願いできるかしら?」

 突然笹倉に声をかけた見知らぬ女子生徒。笹倉自身は知り合いなのだろうか。「ええ、OKよ」と返事をして彼女について行ってしまった。

 部活動対抗リレーで代走って、あっていいものなのか?まあ、得点に影響があるわけじゃないから、問題は無いのかもしれないが……。

 ……ま、やることも無いしとりあえず応援するか。



 第1レース

 男子サッカー部VS水泳部VS剣道部VS野球部


 これまたメジャーなものばかり集まったな。確か、走る順番はくじで決めるんだっけ?それでこのトップバッターとは、仕組まれたのではと疑ってしまうな。

 ちなみに、この部活動対抗リレーは、部員の勧誘としても有効に使われる。そのため、みんなそれぞれの部活動に見合った格好をして走るのだ。

 サッカー部はドリブルをしながらだったり、剣道部は防具を付けて走ったり。スピードを意識する必要が無いため、笑いに走るものも多い。リレーだけに。

 その中でも、水泳部は一際目を引いていた。

 水泳部に見合った格好といわれれば、やはり競泳水着を思い浮かべるだろう。そしてその予想通り、水泳部一の美少女、木下きのした 杏奈あんなちゃんは競泳水着で登場した。

 全国に出場するほどの実力を持ちながら、綺麗な顔立ちと細い手足。競泳水着のおかげで、そのスタイルの良さが際立っている。

 普段は水の中でしか披露することの無い姿を、太陽の眩しいグラウンドで見られる。こんなにも幸せなことはあるだろうか。

 男子はみんな鼻血を堪えるのに必死だ。レースの結果なんてどうでもいい。少しでも長く杏奈ちゃんを見ていたい。それがみんなの願いだった。

 まあ、彼女はレースが終わると、他の水泳部員と共に更衣室へと帰ってしまったのだが。



 第2レース

 吹奏楽部VSチアリーディング部VS軽音楽部VSFDフリースタイルダンジョン


 いやはや、これまた音楽系の部活ばかりが集まったな。もしかして、裏で誰かが操ってるんじゃないか?こんな競技を操って何になるんだって話なんだけど。

 それにしても、FD部ってなんだよ。その存在を今初めて知ったんですけど……。

 フリースタイルダンジョンってあれだよな、語呂とか使って相手を罵り合うやつだよな。

 よくそんな部活の申請が通りましたね。オカ研が通ってる以上、どんなものでも通りそうだけどさ。

 ご想像の通り、吹奏楽部は色々な楽器を持って走り、チアリーディング部はチアリーダーの格好でトラックを駆け抜けた。FD部はマイクのようなものを持って走っていたが、人数が足りないのか1人で二人分の距離を走っていた。

 でも、軽音楽部か……。そういや元気そうだったな、。最後に会ったのはいつだっけ?予備のギターの弦が足に巻きついて取れなくなった時だったかな?偶然見かけた俺が、ペンチで切って助けてやったんだけど……2年になってからは1度も顔を見てなかったんだよな。演奏も好評みたいだし、今度久しぶりに会いに行ってみるか。



 第3レース

 茶道部VS日本拳法部VS華道部VSオカルト研究会


 いや、これまた日本風の部活ばかりが…………と思ったが、最後に異質なのが来たな。オカルトだよ、完全に西洋風だよ。

 茶道部は茶を立てながら、日本拳法部は技を見せながら、華道部は花を切り刺ししながら、それぞれ独特な走りを見せてくれた。

 それに対してオカ研はというと、『オカルト研究会、部員募集中!降霊術を見に来ませんか?』と書かれた紙を持って走っていた。

 結城はいいとしても、それを魅音にやらせんなよ。体育祭Tシャツにフード被っちゃってるじゃねぇか。これはかなり傷が残るぞ……。

 てか、降霊術だけはやめとけって伝えとかないとな。結城のやつ、またスカート燃えるぞ。

 もちろん、オカ研は部員2名のため、ほかの部活の倍の距離を走っていた。全部活強制じゃないんだから、無理するなよ。見ていてこっちが恥ずかしくなるから……。



 第4レース

 卓球部VS硬式テニス部VS軟式テニス部VSバドミントン部


 これ、もう誰かが仕組んでるだろ。なんでラケット競技だけで固まってるんだよ。いや、固めてるなら固めてるでいいんだよ?むしろ、まとまりがあるだけで見やすくはなるからな。

 でもさ、それならそうと言ってくれればいいのに、どうしてくじで決めたなんて嘘をついてるんだろうか。

 まあ、正直そんなことはどうでもいい。それよりも大事なのは、それぞれの部活のトップバッターの面子だ。


 卓球部。華奢な体にも関わらず、初手から強力なスマッシュを打つと言われている。別名『壁板のキャノン』、板橋いたばし 花音かのん


 硬式テニス部。コートで舞う半袖半ズボンの天使。その目にも止まらぬ速さのサーブは46%の確率でガットを破ると言われている、別名『型破りのゼノン』、世野ぜの 俊之としゆき


 軟式テニス部。あらゆる球の軌道を正確に見破り、最速で最前の立ち位置に移動する。彼の脳内計算よりも上回る球を打つ者はまだこの世にはいないと言われている。別名『既知のクレア』、仁昏にくれ 朝斗あさと


 そしてバドミントン部。バックステップが彼女の武器。頭上を超えた羽さえも、たった2ステップで捕らえる。今は亡き母とあの約束を交わした5歳の誕生日から、一度も羽を自陣に触れさせたことがないと言われている。別名『不落のキアナ』、我神わがかみ 姫亜奈きあな


 これだけの超人が並ぶとなかなかに壮観だな。読み上げられる名前もかっこいいし。俺の名前も珍しい方だと思うが、世野や姫亜奈には負けるな。

 これだけのスペシャリストが揃っていても尚、我が校が強豪校出ない理由。それは、何故かみんなプレッシャーに弱いのだ。

 試合前になると腹を壊しやすくなって、上手くプレーできなかったり、我神さんにあたっては、中学からずっと、全国1回戦で必ず体調を崩して棄権するらしい。

 期待を受けている分、緊張する気持ちは分かるが、何も全員が全員そうでなくても……。まあ、今は純粋に楽しめているみたいで、みんなラケットを手に接戦していた。あんな風に『The青春!』って感じのに憧れるよな。


 最終レース。

 文芸部VSESS部VS交通研究部VS奇術部


 文化部というまとまりはあるものの、最終レースは余ったからまとめちゃいました感が半端ないな。それでも、このレースから目を離せない理由が俺にはあった。

 ……奇術部の代走で笹倉が出ているからだ。どうやら、奇術部の部員は3名らしく、一人足りない。1人でいくら走ってもいいルールなので、おそらく誰も走りたがらなかったのだろう。だからこそ、部活としての注目を集めてくれる笹倉に頼んだのだろうな。勧誘の意味も込めて。

 俺の知る限りでは、奇術部と笹倉が何か関わっているところを見たことは無い。そもそも、奇術部って誰がいるんだ?見た感じ、2年生の教室がある階では見かけたことないな。


 そんなことを思っている間にスタートの合図が鳴った。

 文化部ということもあって走りなれていないのか、先程の運動部組よりかはかなり遅い。そうは言っても、1人トラック半周分、100メートルなので、いくら遅くても30秒もあれば次の人へとバトンが渡される。

 だが、運が悪いことに、1度目のバトンパス時に奇術部は最下位だった。次のバトンパスの時も同じ。

 1位との距離はそこまで広くはないが、スピードがあまり変わらないため、並ぶことが出来ないでいるらしい。

 そのまま3人目へとバトンが回る。残り1周だ。

 2位や3位を走っていた人は、幸運にも何かにつまづいて失速。ここで奇術部が2位に躍り出る。残すは1位のみだ。

 ただ、距離は先程よりも少し開いた気がする。残りだった半周で巻き返せるのか。それはもう彼女に賭けるしかなかった。

 そして、そこで笹倉にバトンが回る。

 後ろ手にしっかりとバトンを握り、リードの勢いを殺さないように、一気に腕を前に振り出す。その瞬間、彼女のスピードは急上昇。目を疑うほどの速さで1位との距離が縮んでいく。

 俺は、観覧席側にあるゴールへと近づいてくる笹倉の、その表情を見て理解した。どうして彼女が普通に走って遅いのに、こういう場面でここまでの能力を発揮できるのかを。

 彼女は、自分のために努力するよりも、誰かのために一生懸命になれる人間なのだ。それだけで短距離が遅い事の理由にはならないが、それは呪いかなにかだということにしておくとしよう。あの必死な表情を見てしまえば、つい胸も熱くなってしまう。

「笹倉ぁぁぁぁ!がんばれぇぇぇぇ!」

 俺のエールが届いたのかはわからない。だが、残り30mほどの距離で、彼女はそれまでよりもスピードを増した。

 そしてゴール手前、残り5m。

 ついに1位へと躍り出たのだった。


 何度も言うが、このレースに得点はない。だから、順位が発表されることも無い。ただ、みんな頑張ったと拍手が送られるだけ。

 そんな中、バトンを握りしめた笹倉が俺の座る場所の正面へと歩いてくると、立ち止まってこちらを見上げてきた。

 なんだろうかと思っていると、彼女がバトンを思いっきりこっち向かって投げた。バトンはクルクルと縦回転して、綺麗な放物線を描きながら俺の元へ。

 いくらプラスチックと言えど、当たればそれなりに痛いだろう。俺は手を伸ばしてそれをキャッチする。だが、その手に伝わってきた感触は、思ったよりも柔らかかった。

 手の中のバトンを見てみれば、いつの間にかプラスチックが紙に変わっている。一瞬、奇術部の要素はここか!?と思ったが、紙に何かが書いてあるのが見えて、俺は丸まったそれを真っ直ぐに伸ばしてみる。そこには……。


『あなたの一番になりたい』


 丁寧な字でそう書かれていた。

「お、お前なぁ……」

 思わず顔が熱くなる。さすがにこの不意打ちは卑怯だろ!ていうか、このために頑張って1位になったって言うのか?……おい、可愛すぎるだろうが!

 紙から視線を外して笹倉の方を見てみれば、奇術部の3人が彼女の隣でドヤ顔をしていた。全部シナリオ通りってわけかよ。してやられたな……。

 握っていた紙にもう一度視線を落とすと、いつの間にか元のプラスチックに戻っていた。

 笹倉からのあの言葉、何度でも読み返したかったんだけどな……。

 ちょっと残念だけど、今だけしか見れないラブレターってのも、ロマンチックでいいんじゃないか?

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