第71話 幼馴染ちゃんは俺と〇〇がしたい
「もう、どうして私がよりにもよって小森さんとペアなのよ。しかもアンカーだなんて……」
くじの結果が出てからと言うものの、笹倉は同じことばかり言っている。
「わ、私だって……笹倉さんとなんて……うっ……」
「そんなフラフラな状態で言っても、全くダメージにならないわよ。ほら、肩貸してあげるから」
これから午後の部が始まると言うのに、早苗の足取りはまだおぼつかなかった。そんな彼女を自然な動きで支えてやる笹倉。口ではどう言っても、なんだかんだ面倒見いいよな。
でも、早苗は大丈夫なのか?そんな状態で走ったら放送事故レベルのことが起きそうな気もするけど……。
『では、午後の部を始めさせて頂きます!』
全員の点呼が終わると、放送部のアナウンスが聞こえてくる。午前の部後半担当だった御手洗さんではなく、1年生の
水口と火口……偶然とは思えないよな。クロ〇ファイアーくらい打てそうなコンビだ。
『午後の部の最初は、我が校で最も歴史の長い部活、チアリーディング部のパフォーマンスです!』
『皆様、盛大な拍手でお迎えください!』
二人の『どうぞ!』という声と同時に、入場門からチアリーダーの服に身を包んだ少女たちが、満面の笑みで駆け込んでくる。青と黄色のコントラストが眩しい。
観客と化した生徒たちに手を振りながらも、最短距離で各々の立ち位置に着き、パフォーマンスのモードへと切替える。さすがは魅せることに全力な集団だ。その一瞬で会場も静まり、俯くか彼女らの姿に視線が集まる。
音楽が流れ始め、一定のリズムでポンポンのシャカシャカという音が耳に届いてくる。
そして演舞が始まった。
「えっと……どういう事ですかね?」
チアリーディング部のパフォーマンスは正直言ってすごかった。人が高く持ち上げられたり、クルクル回りながら飛んだり。あれ、パンツ見えるんじゃね?あ、見せパンってやつかな?なんて場面も多くあった。思わず釘付けになってしまったものだ。
だが、それは彼が登場するまでの話だった。
その彼というのはお察しの通り、千鶴である。
「ど、どういうことって……」
なんと、彼はゲストとして、チアリーディング部のパフォーマンスに参加したのだ。もちろん『ブロンドちゃん』の姿で。
彼によると、『ブロンドちゃん』として校内を歩いていたいた時、チアリーディング部の人とばったり会ってしまって、体育祭で一緒に踊って欲しいと頼まれてしまったらしい。そして断り切れず、参加する流れに……。
今の彼は着替え直して来ているため、男の姿なのだが、チアリーダーの服を着ている姿を彼の家で見たことがある俺は、複雑な気持ちにならざるを得なかった。
「……どうだった?」
千鶴は呟くようにそう聞いてくる。
「ん?何がだよ」
「わ、わかるだろ?」
俺が聞き返したことに彼は少し顔を赤くして、耳元に顔を寄せできた。そして、他の人には聞こえないように小声で言う。
「か、可愛かった……?」
少し震えているその声から、彼の心情は察せた。だから、彼の顔を見ることなく、これから始まろうとしている女子玉入れの景色を眺めながら答えた。
「ああ、可愛かった。魅せたいって気持ちがすごく伝わってきた。頑張ってる姿がすごいグッときた」
そんな俺の横顔を千鶴はじっと見つめてくる。そして、はにかみながら、
「褒めすぎだって……」
そう言って少し体を寄せてきた。
さすがに学校という場所では、これが限界だと思ったのだろう。一応、俺と千鶴が仲良いというのを知っている人はそれなりにいる。距離が近いくらいで彼がどうこう言われることは無いだろう。俺はほもだと言われるかもしれないけど。
彼の気持ちに応えるように、俺からも少し距離を縮めてやる。肩の触れるような距離。改めて見てみると、彼の体には男らしさというものは感じられないほど色白で細い。身長は俺より高いくらいだが、今の彼はいつもよりも小さく見えてしまう。
俺は無意識のうちに、彼の頭へと手を伸ばしていた。そして、優しく撫でてやる。
「……ん?どうしたの?」
彼は突然のことに不思議そうな、でもどことなく嬉しそうな表情を浮かべた。
「髪の毛、はねてたぞ」
咄嗟に嘘をつく。撫でたくなっただなんて言えなかったから。
それでも彼は、満面の笑みで「ありがと♪」と言って、それからほんの少しだけ頭を近づけた。
「まだはねてるから……」
彼の表情は見えないが、求められていることは分かる。
「……仕方ねぇな」
俺はわざとらしくため息をついて、もう一度彼の頭に手を伸ばす。本当は少し嬉しかった。
「……っ!?」
一瞬、玉入れをしている笹倉に睨まれたような気がしたけど、気のせい……だよな?
体育祭の目玉と言えば、男子棒倒しだろう。俺の学校では、2年生が守備、3年生が攻撃を担当することになっているのだ。1年生はまだ体の小さい人もいて危ないからな。
まあ、そんな危ない競技に俺が出るわけにもいかず、例によって俺は笹倉と早苗に挟まれて応援をするのだ。そうは言っても、こちらはこちらで危ない状態だった。
「早苗、保健室に言ってきたらどうだ?本当に顔色悪いぞ」
早苗の顔色は昼休みよりもさらに悪くなっている。無理して玉入れに出たせいだろうか。
「嫌だもん……笹倉さんにあおくん、取られちゃうから……」
こんな時までそんなことを……。
俺がどうしようかと悩んでいると、笹倉が口を開いた。
「小森さん、よく考えなさい。あなたが倒れて心配するのは誰?あなたの大好きな碧斗くんでしょう?」
「……」
早苗は小さく頷く。
「私、勝負に卑怯な手を使うのは嫌いなの。あなたが休んでいる間は碧斗くんに何かしたりはしないわ。だから、安心して寝てきなさい」
勝負に卑怯な手を使うのは嫌い……か。棒引きでその卑怯な手を使ってた割には、いいことを言いますねぇ……。
「ほら、碧斗くん。連れて行ってあげて」
彼女にそう言われ、俺は早苗と一緒に保健室に向かった。半分寝ているような、そんな頼りない足取りで歩く彼女を見ていると、相当無理をしていたんだなと感じてしまう。
保健室に入ると、こんな時に限って先生がいない。
「先生を探してくる」
早苗をベッドに寝かせてから、そう言って保健室を出ようとするが、彼女に腕を掴まれて引き止められてしまった。
「先生がいないとどうにもならないだろ?少しの辛抱だから待っててくれ」
いつものわがまま。子供のように駄々をこねて、思い通りにならなければ不貞腐れる。そんな姿も可愛いとさえ思える。俺はなんだかんだ幼馴染に甘くて、結局はいつも言うことを聞いてやって……。
……でも、今日は少し違っていた。
俺を離そうとしない彼女の表情に写っていたのは、不満ではなくて悲しみだった。泣きそうな顔でこちらを見つめ、「行かないで……」と小さな声で呟く。
俺を引き止める手には、いつの間にか力はほとんど入っていなかった。
「……わかったよ。先生も今日みたいな日はすぐ戻ってくるだろうしな」
俺はそう言って、早苗に背を向ける形でベッドの端に腰掛ける。ギィ……と軋む音が保健室に響いた。
少しの静寂の後、早苗が弱々しくも口を開いた。
「ねぇ、あおくん……」
その声は掠れていて、耳を澄まさなければ聞こえないくらい小さい。けれど、他に誰もいないこの空間では、俺の耳に染みるように届いてきた。
「なんだ?」
そう聞き返すと、彼女は苦しそうに言葉を続ける。無理をしなくていいのに。そう伝えようかと思ったが、何も話さない方が辛いから口を開いたのだと分かるからこそ、何も言わなかった。
「……笹倉さんのこと、好き?」
なぜそんなことを聞くのか。それは分からないが、答えは決まっている。
「ああ、好きだ」
俺の答えにふぅと息を吐く早苗。
「じゃあ……私は……?」
「……え?」
突然の質問に少し動揺してしまう。
「嫌い……?」
背中を向けているから、彼女の表情を見えない。でも、振り向くことも出来なかった。
「いつも迷惑かけちゃうし、邪魔するし、馬鹿だし、何も出来ないし……」
弱々しい声で痛々しい言葉を並べていく。聞いているだけで、胸に穴が空いていくような気がした。
「私、あおくんのお嫁さんになりたい。ずっと……ずっとずっと前からそれが夢だったの。絶対に変わらない夢なの……」
泣きそうな声で必死に言葉を紡ぐ。振り向いて抱きしめてやりたい。泣かなくていいんだと言ってやりたい。
心はそう言っているのに、体が動いてくれなかった。
「もう、諦めた方がいいのかな……」
絞り出すようなその言葉に、俺は心臓を貫かれたような気がする。短い言葉に、彼女の努力や苦労が全部詰め込まれていて、その全てが俺の一言で、簡単に砕け散ってしまいそうだった。
……でも、俺は知っている。彼女の諦めが悪いことを。俺への想いを初めて打ち明けてくれた日に、『女の子はしつこい生き物』なんだと言った彼女が、1番しつこい性格なんだと分かっているから。
「……『諦められるくらいなら本気じゃない。本気じゃないなら恋じゃない。私の恋は本気、だから諦めない』」
俺は、とある言葉を口にする。
「それって……」
「ああ、今思い出したんだが、お前が教えてくれた言葉だよな」
正確には、昔早苗が読んでいた絵本に書かれていた言葉だけど。
「早苗、お前はこの言葉を大事にしてただろ?こんな素敵な恋がしたいって言ってたよな?」
早苗は返事をする代わりに手を握ってきた。
「じゃあ、俺への恋ってのは、本気じゃなかったのか?諦めてもいい程度だったのか?」
「……ちがうもん」
彼女はさらに強く手を握ってくる。
「なら諦めるなんて言わないでくれ……悲しくなるだろ」
俺の絞り出した本心を聞いた早苗は、そっと手を離す。そして……。
「……ごめんなさい」
いつの間にか体を起こして、後ろからぎゅっと抱きしめてきた。
「お前、寝てろよ」
「少しだけお願い……。この方が元気になるから……」
そういう彼女から伝わってくる温もりのせいで、その全てが愛おしく感じてしまう。
「わかった、少しだけだぞ……」
固くなっていた体から力を抜き、彼女の与えてくれる安心感に身を任せる。
「ねえ、あおくん。ひとつ聞いてもいい?」
耳元で彼女が囁く。
「なんだ?」
俺がそう聞くと早苗は少し躊躇った。それでも、聞きたい気持ちが勝ったのだろう。
「あおくんは私と笹倉さん、どっちが大切……?」
「どっちって……そういうのは決められないだろ……」
俺が答えるのを躊躇すると、早苗は占めたとばかりに。
「じゃあ、私とキスしようよ」
そう言った。
「だってあおくん、笹倉さんとはキスしたもん。どっちが大事だって言いきれないなら、平等になるように私にもキスして」
早苗はそう言いながらも、前のように強いろうとする訳ではなく、あくまで受け身だった。
「……おねがい」
顔を赤らめ、目を閉じて唇を少しつきだす。そんな表情を見てしまえば、鼓動は高鳴り、断ることは出来なかった。
「……わかった」
俺はそう返事をして、早苗の方に体を向ける。そして彼女の両肩を掴み、ゆっくりと顔を寄せていく。
やがて、吐息がかかるほどの距離まで近付いた。こんなにも彼女の顔が近くに来たことがあっただろうか。いや、ない(反語)。
あと少しで唇が触れる。そんな時―――――――。
ガラッ!という音を立てながら、保健室の扉が開いた。
「あわっ!?」
それまでがかなり静かだったこともあり、突然の音に驚いた早苗は腰を抜かしてベッドに倒れててしまう。その彼女にキスしようと前のめりになっていた俺もまた然り。
「ガーゼはどこに………………って、あなたたち何やってるの!?」
早苗に覆い被さるようにして倒れていた俺を見つけた保健室の先生は、一体何を想像したのか、慌てて駆け寄ってきた。
キスの件はもちろん省き、事情を説明すると、先生は不思議そうな目で俺を見て、「体育祭の日は保健室じゃなくて、医務テントに来るものなのよ?」と言った。
そう言えばそんなことを開会式の時に言っていたような気がする。まあ、うっかりってのは誰にでもあるよな、仕方ない仕方ない。
ちなみに、早苗はというと。
倒れる時に俺の顎が彼女の唇に触れたのだが、目をつむっていたこともあって、それをキスされたのだと勘違いしたのかもしれない。
耳まで真っ赤にしながら、「きしゅ……しゅごい……」などと訳の分からないことを言って、ベッドの上で動かなくなってしまった。やっぱり、中身がまだまだお子様な彼女には、少し早かったらしいな。
俺は彼女をちゃんとベッドに寝かせ、頭を撫でてやってから、保健室を後にした。
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