第70話 俺は試合の実況がしたい

 放送部の仕事をするのは初めてな俺のために、御手洗さんがお手本を見せてくれることになった。

「まずは1人でやってみせるから、その後で一緒にやりましょう」

 その言葉に内心ほっとしていた。一応読むべき原稿はあるらしいのだが、体育祭を盛り上げるためにも、ある程度のアドリブ力が求められるらしいのだ。

 いきなりでそんなことが出来る自信はなかったし、御手洗さんには感謝だな。今のうちにしっかり目で盗んでおこう。


「台風の目の次は、3年生女子による騎馬戦!いつもは大人しい女子が勝利に向けて牙を向く!勝ちの笑顔か負けの涙か、皆様応援よろしくお願いいたします!」

 御手洗さんが次の種目の入場アナウンスをする。この短い言葉だけでわかる。彼女は放送部に向いているのだ。

 そもそも持ち合わせた聞き取りやすい声のトーン。生活の中で手に入れた、下からすくい上げられるような盛り上げ方。そして、数々の場面を乗り越えてきたからこその賜物とも言えるそのアドリブ力。

 今だって、彼女は手元の原稿にはないセリフを口にしていた。この機転と対応力、俺には見上げても雲に隠れて見えないほど高い場所にありそうだ。


 選手らが入場し、全員が4人1組の騎馬を組んだ後、御手洗さんは試合開始のコールに移る。

「では、正々堂々と戦いましょう!よーい、スタート!」

 彼女の声と同時に、教員の1人が笛を鳴らす。

 火蓋の落とされた戦いは混戦を極めた。なぜなら、うちの学校では、騎馬戦に時間制限を決めていないからだ。

 いくらか前の校長が、『どうせやるなら、最後までやろうや!それにたくさんの人でやった方が楽しいし、その方が見応えもあるじゃろ!』と言ったのが理由らしく、制限時間以外にも、タイマンだった試合が、4チームごちゃ混ぜで行われるようにもなった。

 4チームの中で、残る色がひとつになるまで終わらない戦い。伝説によると、暗くなるまで終わらなかったこともあるらしい。多分嘘だろうけど。

 中央に立てば四方から敵に責められる。角にいれば逃げ道を失う。必勝法のない4チーム制騎馬戦。組み合う騎馬たちを見ていると、俺もなんだか心が湧いてきた。

 その気持ちを察したのか、御手洗さんが俺にマイクを差し出す。そして、マイクに拾われないような小さな声で「今の気持ちをそのまま言葉にするんです」と言った。

 俺は大きく頷いてマイクを受け取ると、一度深呼吸をしてから声を出した。

「なかなかに白熱しております!帽子を奪えばいいだけの簡単なルール!なのにポニテを引っ張られている方もいる!後ろ髪を引かれる思いとは、まさにこのことでしょう!」

 思いのままに口にした実況。それでも、生徒達は一層盛り上がったような気がする。

「ナイスです♪」

 隣の御手洗さんも、親指を立てながら楽しそうに笑ってくれていた。

 これ、ちょっと楽しいかもしれない。


 その後、俺は男子200m走、男子騎馬戦、クラス対抗リレーと、女子騎馬戦も合わせれば4つ連続で放送部の仕事を担当することになった。

 去年は競技に出る側だったから、全く違った角度から見ることが出来て新鮮な気分だった。

「また困った時は声をかけさせてもらいますね!」

 御手洗さんにそう言われ、俺はそれを快く了解してから笹倉たちのいる場所へと戻った。




 午前中の競技はさっきのクラス対抗リレーで終わり。俺達は、昼食を食べるために教室に戻ってきていた。

「それにしても疲れたわね~」

 笹倉が下敷きでパタパタと顔のあたりを扇ぎながらため息をつく。

「まあ、この時期にしてはまだ暑いもんな」

 俺は、暑さでのびてしまった早苗の額に、保冷剤を当ててやりながらそう言った。

 俺はテントの日陰にいたけど、彼女らは日差しにあたり続けてたんだもんな。熱中症だって考えられる。

「あぅぅ……目の前がゆらゆらする……」

「大丈夫か?そんなに辛いなら保健室に行くか?」

 見てみれば確かに顔色が悪いし、倒れてしまってはいけない。早めにゆっくり休ませた方がいいかもしれないな。

「だ、大丈夫……ご飯を食べれば元気になれると思うから……」

 そう言う早苗だが、どこからどう見ても大丈夫そうでは無い。かと言って、無理矢理どうこうするのも違う気がするしな……。

「そ、そうか……無理せずに何でも言ってくれよ?」

 俺の言葉に早苗は小さく頷く。

「じゃあ、結婚して……そしたら元気になる……」

「まだ余裕ありそうだな。よし、笹倉が持ってきてくれた熱々のコーンスープを飲め」

「ご、ご勘弁を……」

 早苗はそのまま力尽きたように机に突っ伏してしまった。

「こいつ、本当に大丈夫なのか?」

 俺がそう呟くと、笹倉がクスクスと笑う。

「そうやって寝ていれば、いくらかは元気になると思うわよ?それより、私の作ってきたお弁当はどう?」

 彼女はそう言って首を傾げる。

 今、机に広げられている大きな三段弁当は、笹倉が作ってきてくれたものなのだ。入っているのはおにぎりだったり、たこさんウィンナーだったり、ミートボールだったり。小学校の運動会を思い出しちゃうなぁ。

 それらを口に運べば、懐かしさからか心が温かくなる。家で食べても美味しいんだろうけど、こういう日に食べるのは、もっと美味しく感じるよな。

「いや、文句なしに美味しい。作ってきてくれてありがとうな」

 その返事を聞いて、笹倉は嬉しそうに「どういたしまして♪」と言って笑った。

 確かにこのお弁当は完璧だ。でも、俺にはひとつ気になることがあった。

「なあ、笹倉。これはなんだ?」

 俺は、端の方に入っている小さな白い玉を指差して聞く。いや、答えはわかっているんだが、一応の確認だ。

「え?たま〇ボーロのこと?」

 ……やっぱりそうなのか。

「笹倉、なんでた〇ごボーロが弁当に入ってるんだ?」

 俺の質問に、彼女は何を言っているの?と言わんばかりの顔で答える。

「たまごボ〇ロはお弁当につきものでしょう?いつも入ってたもの」

「それはお前の家だけだ!」

 いや、たまごボー〇が入っていることは、特にありえない話ではない。確かに美味しいからな。でも、何も生で入れることは無いだろう。

 せめて袋に入った状態で、弁当箱の外側にあって欲しかった。おやつ感覚でつまみたかった……。

「そんなに文句があるなら、碧斗くんにはもうお弁当は作ってあげないから!愛妻弁当も無しになるわよ!」

「ボ〇ロ大歓迎です!じゃんじゃん入れてください!お願いします!」

 ボー〇が入ることを条件に愛妻弁当が手に入るなら、喜んでボ〇ロを受け入れるつもりだ。だって、大好きな人が作ってくれるご飯ほど美味いもんはないだろ?(キメ顔)


「はーい!じゃあ、みんなこっちに注目してくださーい!」

 突然、体育祭委員の女子が教卓に手をついてみんなの視線を集めた。

「みんないますね~!じゃあ、午後に行われる『二人三脚』のペア決めを行いたいと思いまーす♪」

 彼女の言葉に、クラスメイトたちがざわつき始める。

 二人三脚自体についての説明は無用だろう。

 うちの学校の二人三脚は、特別な理由がない限り全校生徒参加型になっている。噂によると、いくらか前の校長が二人三脚の全国大会で優勝したというのが理由らしい。

 スタート位置から20m程の距離にあるコーンでターンして戻ってくる、そして次の二人へバトンタッチ……というのがルールになっている。

 特に規定はないが、男子は男子と、女子は女子とペアになるのが暗黙の了解だ。まあ、体が密着するわけだからその方が安心だろうな。

 俺が休めば男子16人、女子14人とぴったり15組作ることが出来るから、ちょうどいいと言えばちょうどいいのかもしれない。出ても文字通り足を引っ張るだけだろうし。

「じゃあ、男子はこっちから!女子はこっちから!それぞれくじを引きに来てくださーい!」

 委員が2つの箱を掲げて笑顔でそう言う。

「じゃあ、引きに行ってくるわね。ほら、小森さんも起きて!」

 眠っている早苗を起こして、無理矢理連れていく笹倉の背中をぼーっと眺めながら、俺は小さくため息をついた。

 笹倉のお願い、叶えられなかったな……。

 心の中で密かにそう呟いて。

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