第68話 男子も女子も棒引きがしたい

 2番目の種目は男子の棒引き。もちろん、怪我をしている俺は女子に混ざって応援だ。正直、ちょっとだけ気まずい。笹倉と早苗が両サイドにいてくれなかったら、孤独死してたかもしれない。

 ていうか、一応体育祭には出るなというドクターストップはかけられているものの、自分的にはもう走ってもいいと思うんだよな。

 形式上松葉杖は使っているが、本当は無くても歩けたりする。手の方の怪我はほぼ完治しているし、そもそもの話、骨折じゃなくてヒビが入っていただけなのだから、そこまで深刻なものでもない。

 むしろ、走っているみんなの姿を見続けて、俺まで走りたくなってきたくらいだ。

 ほら、隣の芝生は青いって言うだろ?あれ、意味違うっけ?


「ふぁいとー!」

 左にいる早苗が、同じチームのみんなにエールを送る。その声に、男子たちはニヤけ顔で手を振っていた。女子の応援は強し。

 それに見習って、俺も「がんばれー!」と声を出す。男子たちは、真顔でその声を無視した。なんでだよ。

 その様子を見ていた笹倉が、肩を震わせながら笑い始める。

「おい、笑うなよ……」

 ほんのちょっとだけ傷ついた。



 結果から言えば、A組は圧勝だった。

 まず、塩田が目を疑うほどの瞬足で棒をかっさらい、1本ゲット。

 そこからもう一度戦場に舞い戻った彼は、敵勢10人が握る棒をたった1人で互角に引き合い、元々引っ張っていたチームメイトたちを他の棒に分配。

 増軍したことで他の棒も難なく自陣に引き込み、最後の1本までもを全員で奪い取った。

 総当たり戦なので、これを3試合分。つまり、合計15本の棒を奪って勝利したのだ。

 言うならば、戦略と力のベストマッチ。かつてのおデブキャラの脂肪の下に、こんなにも素晴らしい可能性が詰まっていたとは、誰も思わなかっただろう。

 ありがとう、塩田!そして、彼を痩せさせてくれた唯奈もありがとう!ライ〇ップもびっくりだ!


 男子の勇ましさに、女子はみんなメロメロ。退場門をくぐって帰ってきた彼らに、盛大な拍手が送られた。

「塩田くん、かっこいいー!」

「頭もいいし、力も……文句なしじゃん!」

 そんなことを言いながら彼にベタベタする女子もちらほらいた。それでも彼は、他の男子のように鼻の下を伸ばすことも無く、優しい笑顔でこう言った。

「僕はあの1本を奪われるのを止めていただけだよ。5本の棒は、全員の力で手に入れた棒なんだ。みんなありがとう!」

 くぅぅぅ!塩田、やっぱりお前は最後までイケメンだな!





 男子の棒引きがあれば、女子の棒引きもある。さっきは応援する側だったけれど、今度は私たちが戦う番。気合いを入れていかないと。

 想像できると思うけど、棒引きにおいては、女子の方が力勝負な一面があり、その闘争はより激しいものになる。

 普段は「え~!か~わ~い~い~♪」なんて言っている可愛い文化の中に生まれたぶりっ子軍団も、今日ばかりはその本性を表すのだ。



「この棒は私たちが頂くんじゃぁぁぁ!寄越せぇぇぇ!」

「ひゃっはぁ~!1本ゲットだぜ!……そこの奴ら、散れぇぇぇ!」

「ククク……闇の魔術の前に、貴様らは無力。魅音、やってしまいなさい」

「け、ケケケ……こ、この先へは行かせぬ。通りたくば私を倒してから……ふみゅぅ……た、倒されましたぁ……」


 そう、まさにこんな感じ。

 普段はお淑やかなあの子も、図書室で勉強するような文学少女も、みんなまとめて豹変する。ストレスでも溜まってるのかしらね、特に後半は。

「ねえ、あやっち」

 いつの間にか隣に来ていた唯奈が話しかけてくる。「なに?」と聞くと、彼女は小さめの声で作戦について話し始めた。

「比較的力の強い3年生には、棒の引き留め役をお願いしようと思っているんだけど……あやっちはどう思う?」

 彼女が言うには、3年生が左の2本に絞って棒を引き止める、つまり、奪わないし奪わせないという状態を相手陣地ギリギリでキープしてもらい、『もう少しで奪える』と思った敵にその2本へと人員を割かせる。

 その間にほかの三本を1年生&2年生がかっさらう……という作戦らしい。

「そんなの上手くいくのかしら。3年生が負ければ、一気に不利になるわよ?」

「うん、確かにそうなんだよね……」

 彼女はいつになく真剣な顔をしている。この勝負に勝つ方法を、本気で探しているということだろう。私はそう察した。だからこそ、首を横には振らなかった。

「じゃあ、それで行くわよ」

 必勝法なんてない。相手の力量も作戦も分からないのだから。なら、あやふやのままするよりも、形のある方法の方がまだ可能性はある。

 私が「それをみんなに伝えてきて」と言うと同時に、彼女は嬉しそうな顔で3年生のいる方へと走り出した。

「ふふ、勝つためにはシナリオを仕組んでおかないと……」

 ポケットの中にソレがあることを確認して、私は密かに悪い笑顔を浮かべていた。



 結果的に、赤チームの女子は二勝一敗、青チームと同率1位だったものの、手に入れた棒の数が1本多く、その差で優勝となった。

 全勝とはならなかったものの、棒引きのおかげで、赤チームのポイントは他のチームに大差をつけて1位。順調に優勝に近づいている。

「お疲れ様」

 俺は帰ってきた笹倉に労いの言葉をかける。必死に棒を引く彼女の姿はとても印象的だった。

「ふぅ、久しぶりにこんなに疲れたわね」

 そう言いながらタオルで汗を拭う。

「碧斗くん、そんなに見つめてどうしたの?」

「え?いや、なんでも……」

 汗で張り付いてしまうTシャツの中を拭く姿がちょっと色っぽくて、ついまじまじと見つめてしまった。さすがにこれを正直には言えないし……。

「そ、そうだ!さっき棒引いてる最中、笹倉のポケットからなにかが落ちたように見えたんだけど……あれはなんなんだ?」

 俺がそう聞くと、笹倉は「ああ、これのこと?」と言って、ポケットから紙のようなものを取り出した。

「これは……猫の写真?」

 それは、可愛らしい猫の写ったチェキだった。

「なんでそんなのを持ってたんだ?」

 モチベーションを上げるために好きな写真を見るというのはよく聞く話だ。彼女もそうなのだろうか。

「碧斗くんには分からないかもしれないけれど、女子は可愛いものを見た時、思っていなくても『かわいい』と言わなくてはならないの。そういう生き物なのよ」

「は、はぁ……」

「かわいいを口にすることに気を取られた愚かな女子から棒を奪い取る。それはもう快感でしかないわね。これが私の立派な作戦よ」

 そう言ってドヤ顔をする笹倉。

「どこが立派だよ!ただのズルじゃねぇか!」

「カ〇ジじゃ正攻法だもの」

「住む世界が違ってんだ!」

 あっちは2次元、こっちは3次元。お前はどこの住人だよ。そういう区別はつけて頂きたいところだ。

 そう言えば、早苗との大玉転がし対決の時も、同じような手口を使ってたよな。どうやら笹倉は、失敗から学ばないタイプらしい。

「ルール違反にならなかったから良かったものの……」

 俺がため息をついた瞬間。

「あなたが関ヶ谷さん?」

 突然そう声をかけられる。顔を上げてみれば、始めてみる顔があった。目元はシュッとしていて、鼻は高く、おかっぱの髪は全て同じ高さで揃えられている。真面目そうというか……学級会とかで『ちょっと男子!ちゃんとしなさいよ!』と言っていそうなタイプの女子だ。多分、ルールとか破ったこともないのだろうな。

「そ、そうだけど……」

 このタイミングで知らない人から声をかけられるというシチュエーション。まさか、笹倉のルール違反がバレたのか?!

『先生~!笹倉さんが悪いことしてます~!』と言いつけられちゃうのか!?

「頼む!許してやってくれ!」

 俺は深く頭を下げた。なんで俺が頭を下げなければならないのかは分からなかったが、とりあえず下げ続けた。だが、目の前の彼女はと言うと……。

「……は?」

 訳が分からないという風に首を傾げていた。

「あの……なんの事かさっぱりなんですけど、ちょっと来て貰えます?お願いしたいことがあるので」

「お願いしたいこと?」

 俺が聞き返すと、彼女は小さく頷いて、「詳しいことは後で話します」と言った。

 まあ、頼み事とあれば断る理由も特にないしな……。

「碧斗くん、どうせ暇でしょ?人助けでもしてきたらいいじゃない」

 いや、暇だとは思ってたけど、人に言われるといい気はしないな。まあ、超暇ではあるからいいんだけど。競技に出られない劣等感に押しつぶされそうだったし、ちょうどいいと言えばちょうどいい。

 まあ、とりあえず笹倉も行ってこいと言っているし、なんのかは分からないけどお手伝いしてくるか。

「わかった、行くよ」

 俺はOKの意を口にして腰を上げた。

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